第467話「〈銀の鍵〉を握らされて」



 目を開けると、あの書き割りか舞台のセットのようだった光景が、いつもの僕の部屋に戻っていた。

 さっきまで見ていたのは夢だったのだろうか。

 僕と〈社務所〉のみんなで人狼ゲームをやっていた、あの時間は……


『おい、戻ってこれたのかよ』


 顔を横に向けると、枕元に手のひらサイズのちっさいおっさんがいた。

 帽子と仮面を被った黒衣。

 かつて御子内さんに負けて、僕の夢に残滓だけが逃げ込んで来たアメリカ産の夢の殺人鬼サム・ブレイディであった。

 こいつが視認できるということは、今も僕は夢の中にいるということだろう。

 もうひと眠りすれば起きれるかな。


『無視すんな。俺だっててめえがあのままだと消えるしかねえから心配してたんだぜ。すこしぁ相手をしろって』

「……心配してた? おまえが僕を? いったいなんの冗談だよ?」

『俺がてめえを努力して楽しく苦しんで殺すためなら、心配の一つや二つはしてやるぜ』

「そういうスタンスなら仕方ないか。で、僕に何があったの? 客観的に見ていたのなら説明してくれないかな」


 サム・ブレイディはアメリカ人らしい「オーノー」というジェスチャーをして、


『てめえはこの夢の世界よりもさらに奥の、どこともわからねえ場所に連れていかれたみてえだった。こっちは四六時中、てめえを見張ってんだから間違いねえ』

「ストーカーも大概にしてね。どういう感じだったの?」

『ふわっと存在が消えた感じだ。こちとらここの住人だからわかるが、あれが幻夢郷からの誘いって奴かもしれねえな』

「幻夢郷。ぞっとしない名前だね。僕はそこに連れていかれたってことかな」

『だろうな。他人の夢に入り込むのは俺にもできるが、夢を見ている他人を拉致するなんて真似ができるのは、まずいねえはずだ。神か悪魔か、そのあたりだろう。―――てめえ、悪魔サタンにでも気に入られたんじゃねえのか』


 サタン、ね。

 確かにこれまでも色々な妖魅と出会ってきたし、へんてこりんな事件にも遭遇してきた。

 そうなると、サタンやらルシファーやらと対面しても何もおかしくない。

 なんといっても、僕が知っている限り御子内さんたちが本当に狙っているのは邪神の首級なのだ。

 魑魅魍魎など比べ物にもならないレベルの存在がいつ現われないとも断言できない。

 つまり、例えば、ついさっきでも。


『ところで、てめえが握ってんのはなんだ』

「―――握っている?」


 右手ががっしりと締められている。

 僕の意思ではないかのように。

 苦心して開けてみたら、なんと銀色に光る細長い金属があった。

 

(鍵? ―――だよね)


 普通のドアに使うものではない三角定規みたいな形状をしているが、直観的に「鍵」であると認識した。

 ただし僕のものではない。

 緻密な意匠が施されていて、とても高価な工芸品のようだったし、一度見たら忘れることはできそうもない品だった。

 唐突に、脳裏にこれが〈銀の鍵〉という神器であるという情報が飛び込んでくる。

 僕の知らない、だが、骨髄にまで沁みわたっているような知識。

 これを僕に預けたのは、僕に何かを強要させたがっていることだろう。

 さっきの人狼ゲームのことが浮かんだ。

 あのとき、僕は〈裏切者〉の役職だった。


 ―――ああ、あれは僕に裏切者になれという暗示だったのか?


 この〈銀の鍵〉がどういう風に僕に影響するかわからない。

 ただ、僕もすでに当事者の一人であることは間違いないようだった。

 

 平凡な、何の取り柄もない高校生が歩むには茨すぎる道な気がする。


「いや、そうでもないか」


 僕は気を取り直した。

 どうせ僕一人じゃない。

 きっと同じ道を並んで歩いてくれる女の子がいる。

 それに彼女の親友たちだっている。


 これからどんなことが起きようと、御子内或子と仲間たちがなすすべもなく敗北するなんてありえない。

 だったら、僕は彼女たちについていけばいい。

 時には邪魔をする小賢しい謎を解いて、疲れ切った彼女たちのために世話を焼いて、もしかしたら命を賭けて窮地を救えばいいだけのことだ。

 なにも難しいことはない。

 それに理由もいらない。


 なぜなら、僕は彼女たちが大好きなのだから。





 ―――この先、何があろうとも。



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