第466話「舞台はどこか?」
GM 「皆さん、一日目の夜がやってきました。……人狼さん、人狼さん、おはようございます。目を開けて下さい」
音子が顔を上げた。
相方の或子はさっき追放されていた。
さすがに初っ端に自白して一回目に追放されなかったのが、不思議なぐらいである。
GM 「今日、襲う人を一名選んで下さい。指で示して下さい」
音子は京一を指名した。
藍色が占い師であることはわかっているのに、「あえて」である。
このとき、音子は人狼ゲームに勝つということ自体を考えていなかった。
GM 「ありがとうございました。今夜襲われる人が決定しました。……占い師さん、占い師さん、おはようございます。目を開けて下さい」
藍色はさっきと同じように顔を上げた。
その顔にはありえないほどの緊張感が漂っている。
GM 「占い師さん、今夜は誰を占いますか。占う人を指で示して下さい」
藍色が指名したのは、てんだった。
藍色の判断では人狼は別の人間だった。
なのに、藍色が優先したのは別のことであった。
すでにこの人狼ゲームそのものを彼女は疑い尽くしていた。
GMが占いの結果を見せる。
ホワイトボードに「市民」と書かれている。
熊埜御堂てんは市民側であったようだ。
藍色は状況を頭の中で整理した。
退魔巫女は脳筋ぞろいであったが、いざというときの回転の速さは目を見張るものがある。
それぞれの学校での成績も、常に上位にいることから窺えることだ。
一見、おバカにみえる或子やてんでさえ、実のところ全国統一模試で上位百人に食い込めるほどの成績を有している。
そして、今回は戦いだけに集中せず、頭脳役である京一にも頼らず、藍色は一つの結論に達していた。
この状況が伝え聞いていた通りだったこともある。
GM 「騎士さん、騎士さん、おはようございます。目を開けて下さい」
一日目と同様にいないはずの騎士にGMは呼びかけた。
そして、ルーチンワークにも似た独り芝居を行う。
GM 「では、騎士さん。今夜、守るべき人を指名して下さい」
少し間を置いて、ヒトリ芝居は終わる。
GM 「確認しました。騎士さん、おやすみなさい」
ここで二日目のターンが終わる。
コケコッコー!
三度、メンドリの鳴き声が響き、ゲームは三日目の朝になることを伝えた。
GM 「三日目の朝になりました。みなさん、おはようございます。目を開けてくださってかまいませんよ」
残ったプレイヤーがゆっくりと顔を上げた。
そして、冷酷なGMの宣言が伝わる。
GM 「昨晩の人狼の襲撃による犠牲者は―――京一さんです」
京一 「あ、やっぱりそうなるか。ここで僕になるのも当然かな」
GM 「京一さんは退場して下さい。その際に、一言だけ感想を漏らすことが認められています。それが終わったら、また三日目に追放される人を決めてください」
一言と言われてから、一瞬だけ考えて京一は呟いた。
京一 「僕の役職はわかっていて、あえて僕にしたということはそういうことなんでしょ? みんな、ひっかからないでね」
優しい男だとこの場の女たちは思った。
どのような状況でも升麻京一は、升麻京一であるのだ。
しかも、わずかな時間で何が起きているかもおおよそ理解しているようだった。
音子 「で、アイちゃんはどうするの?」
藍色 「……確認しておくけど、音子さんがもう一人の人狼にゃんでしょ」
音子 「シィ。で、たぶん京いっちゃんが裏切者」
藍色 「それはわかっていました。さっきの投票で最後まで或子さんを庇っていましたからね。あれが或子さんを絶対に護るという彼の誓いに基づくものだけでにゃいにゃら、あえて庇うのは裏切者である証拠です」
音子 「シィ。でも、京いっちゃんのことだから、きっとわざと。あたしとアルっちの二人が残っていたら次で人狼側の勝ちになるから」
藍色 「やっぱりうすうす勘付いていたのですね。ほんと喰えにゃい男の人よね」
音子 「あたしの京いっちゃんだから」
最近の音子は京一への好意を隠そうともしない。
そうするだけの理由もあるのだが、それをわざわざ表現しなくても通じるものはあるということだ。
てん 「―――えー、どういうことなんですー? スーパー或子先輩が人狼だったなら、あと三人の中で決まるんですよね? でー、グレート音子先輩が人狼で、ミラクル藍色先輩が占い師ってお二方は確信していたのにどうしてゲームで勝とうとしないんです? おかしいじゃないですかー?」
てんにとっては当然の疑問だ。
二人ともあえて勝ち目を捨てている。
音子が人狼なら占い師の藍色を殺せば、裏切者とみなされている京一と共にてんを追放すれば終わり。
藍色も音子が人狼だとわかっていたら、最後まで隠しておけばいいだけのことだ。
ただし、二人とも示し合わせたかのように振舞っている。
てんは首をかしげた。
意図がわからないのだ。
藍色 「別におかしくはにゃいのです。私も音子ちゃんもこの茶番にいつまでも付き合う気はないのですから」
音子 「シィ」
てん 「先輩たちが何を言っているのか、てんちゃんにはさっぱりですよー」
藍色は立ち上がった。
それで周囲を見渡す。
藍色 「どうもこの空間に違和感がありました。ふわふわとしているというか、夢のようでもあり、幻のようでもあり。でも、ここがどこかはわからにゃくても、仲間たちは本物だったので別に気にしていませんでしたけど……」
音子 「同感。そうなってもアルっちと京いっちゃんの経験者は薄々理解していたっぽいけどね。アルっちは真っ先に人狼だなんてカミングアウトしたのは、このゲームで人狼側が勝つのは本能的にまずいという
てん 「イミフですー」
藍色がてんを睨みつける。
藍色 「それで、あにゃたは誰にゃの?」
てん 「―――藍色先輩、どうしたんですかー?」
藍色 「自分から明かさにゃいというのにゃら、鉄拳制裁しかにゃいね」
次の瞬間、飛んでいるハエさえ潰す猫耳藍色の左ストレートがてんの顔面に放たれた。
が、てんは椅子に座っている状態のまま、テーブルの縁を蹴り飛ばすことで後方に逃れた。
一回転して着地する。
追い打ちはない。
その間に音子も立ち上がっていた。
二人は絶妙な距離をとりつつ、てんを挟み込んだ。
音子 「てんは奥多摩の変な船に閉じ込められているはず。どうやってここに来たのさ」
てん 「いやー、わかんないのですよー。グレート音子先輩はわかるんですかー」
音子 「ノ。これが誰の仕掛けかさえわからない。神撫音ララのしわざかと思ったけど、そうでもないし。ただ、これだけはわかるよ。―――これ、渋谷のラブホテルのときと同じやり口だよね」
藍色も頷いた。
藍色 「気が付いたときには変な状況に置かれていて、しかもわけのわからにゃいゲームに熱中させられている。聞く限り、確かにララ先輩の手口っぽさもあるけれど、それとは根本的に異にゃるところも感じます」
音子 「―――ここ、異空間? 寝ているあたしたちを集めてなにをしようとしている?」
すると、今までは熊埜御堂てんらしい朗らかな笑みを崩さなかったミニスカの巫女が言った。
てん 「〈オーゼイユの移送空間〉へようこそ、〈社務所〉の退魔巫女たち。……まさかゲームが終わるまでに気が付かれるとは思わなかったよ」
てんの発した声は、さっきまで人狼ゲームの進行をしていたGMのものであった。
とても女子高生の咽喉から出るとは思えぬ男性の声であった。
藍色 「〈オーゼイユの移送空間〉ですか? 聞いたことのある名前ですね。かつて、エーリッヒ・ツァンというヴィオル奏者が、暗闇に向けて激しく音楽を奏でていたという街が確かオーゼイユ街でしたね。……そこは悪臭が川から立ち込め、道は急な坂だらけ、のしかかってくるようにゃ崩壊寸前の家並みのどこにあるかわからにゃい街だという。にゃるほど、この空間のように移送された場所にゃんですか」
音子 「つまり、術?」
藍色 「術のレベルではありません。おそらく、神かそのクラスの持つ人知を超えた〈権能〉。―――つまり、てんに化けているあにゃたは神にも等しい相手ということです」
てん 「ご名答! 君らは本当に素晴らしいね! 吾輩の仕掛けにこんなにも早く気が付くとは!!」
てんは―――その姿をした怪人はもう隠す気もないようだった。
てん 「これから君たちに拭いきれない呪いをプレゼントしようと思っていたのに、本筋に行く前に拒まれてしまったようだ!! やれやれ、こんな極東の島国の巫女というからなめてかかっていたが、失敗失敗だ」
二人にとっては不愉快なほどにテンションの高い反応だった。
音子 「あんた、むかつく。倒していい?」
てん 「それはごめん被る。なんといっても、吾輩はまだこの国でやることが山のようにあるのだから。端末とはいえ、ここで自由行動を制限されるのは遠慮させてもらいたい」
藍色 「でも、私たちがこの状況を打ち破るのはそれしかにゃさそうにゃんですが」
てん 「吾輩を倒さなくてもそれはできる。君らならわかるだろ?」
少し考えて藍色が答える。
藍色 「音子さんを人狼と指名すればいい?」
てん 「正解だ。例え吾輩がパスしても、占い師と人狼自身が負けを認めてしまえばそれで市民側の勝ちだ。このゲームは終わり、君らはもとの世界に戻れる。一件落着だな!」
音子 「こんな茶番に付き合わされたあたしらがあんたを見逃すとでも?」
てん 「逃げられるさ! なんといっても吾輩はそうやって何千年もやってきた。つまらないパシリ仕事だったよ! ただし、この国に吾輩の主人がやってくれば、このルーティンワークからも解放される。ああ、胸が張り裂けそうだよ!」
異常にテンションの高い相手だった。
二人の巫女が引くほどに。
ただ、ある意味では誠実な態度に見えた。
音子 「あんた―――もしかして―――」
音子としては考えたくない結論だった。
だが、それしか答えはなさそうだ。
てん 「そう、吾輩は“神”だ。君らの定義でいうのならばな。そうでなければ、こんな移送空間は作り出せないからね!! そこに任意の人材を連れこむこともね!!」
藍色 「……神様ですか」
てん 「そうだ」
藍色 「では、私たちがその神と戦うために育成された人類の決戦存在であることもわかっておられるのでしょう」
てん 「当然だ。だから、試しに仕掛けてみた。まあ、まんまとかわされたがね。ゲームに扮してみたが無駄だったようだ。しかし、この吾輩の仕掛けを破るとは、近代の魔術師は恐ろしいものだね」
音子 「―――ノ、あたしらは魔術師じゃない。……巫女」
藍色 「そうです。民草を護る〈社務所〉の媛巫女ですね」
例え神が相手でも怯まない。
それが〈社務所〉の媛巫女なのだ。
てん 「いいですぞ、どのみち今年のうちに吾輩と吾輩の
そういって、ウインクをするとてんの姿をしたものは消えた。
まるで元からいなかったかのように。
とはいえ、二人は追う気もなかったのだが。
ただ、一言だけ訊ねた。
藍色 「では、ふざけすぎの神様。あにゃたさまのご尊名を頂戴できますか?」
返事はどこともない場所から聞こえてきて、二人の巫女の脳に頭蓋骨を越えて刺さった。
元GM「―――ナイアルラトホテップ。かの少年には孟賀捻と名乗っておいた」
神の気配らしきものが完全に消えたのを確認してから、藍色は言った。
藍色 「―――宣戦布告ですかにゃ」
音子 「突拍子もないやつみたいだから、それでいいんじゃない」
二人はため息をついた。
あまりに理解できない行動だったからだ。
神々の娯楽に付き合わされるのは、ただの妖怪退治の万倍も大変だった。
音子 「じゃあ、やる?」
藍色 「はい」
音子 「―――三日目に追放される〈人狼〉候補は?」
藍色 「わたしは音子さんを指名します」
音子 「自白する。あたしが人狼」
すると、最後に一言だけ聞こえてきた。
? 「三日目に最後の人狼が追放されました。市民側の勝利が確定しました!!」
こうして、退魔巫女たちの人狼ゲームは終わりを告げたのである。
空間がねじ曲がり、二人だけでなく参加したすべてのプレイヤーがそれぞれの居場所へと帰っていった……
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