第463話「どったんばったん大解決」
運悪く、といっていいか。
僕は抱き付いていた〈犰〉の背中から引き剥がされ、何十キロものスピードで走るキツネバイクから後方に投げ出された。
このまま背中から地面に投げ出されたらいかに山の土が柔らかいとはいっても僕の骨も内臓もひとたまりもない。
おそらくぐちゃぐちゃの肉塊になってしまっただろう。
ただ、僕は一年以上に渡る御子内さんたちとの付き合いで、ちょっとだけ生き汚くなっている。
投げ出された空中で手をばたつかせ、何かを掴もうと足掻く。
運が良ければ助かる。
右は駄目だったが、左は木の枝を握りしめられた。
咄嗟に左の握りこぶしをさらに右手で押さえつける。
ぎゅっと締め付けられ、左の肘にとんでもない負担がかかった。
肩まで外れそうだったが、脱臼しても構わないという意志のもと、力で慣性をねじ伏せる勢いでぐいっと身体をあげる。
おかげでなんとか頭からではなく足から着地できるようになった。
両脚が折れても死ぬよりはマシだし。
あとは死ななければよい。
でも、あれだ。
御子内さんたちのように〈気〉での強化とか学んでおけばよかった。
なんてことを頭に入れつつ、派手な怪我も覚悟して僕は力を抜いた。
ぶつかる!
『ぴぎゃああああ!!』
だが、僕は怪我もせずに地面に着地できた。
というか、後ろから抱き留められたおかげで怪我をすることはなかった。
ただし、後頭部でやかましく喚かれるという拷問じみた苦行を体験することになったが。
『いてええええよおおおお!!』
ガガガガガガガと地面が削れる音がしたのは空耳ではなかった。
堅いものが地面を滑った結果、生じた音だというのはすぐにわかる。
後ろから鼻につく臭すぎる匂いに覚えがあるからだ。
饐えたケダモノの気持ち悪いくせに土の優しい香りも混じり合った、ペットショップではなくて動物園のもの。
「助かったよ、分福茶釜」
『……なに、
「僕はそこまで阿漕なローンは組まないぞ」
『それだけ溜まってんだぜ。あと、あいつにもな』
「あいつ?」
『見りゃあわかる。―――さっき兄弟が護符を貼ったおかげで〈偽汽車〉のスピードが落ちやがった。だから、あいつが追いつける』
巨大なタヌキの姿に戻った分福茶釜に抱きかかえられる形の僕を追い抜いていったもう一基の巨大な機関車。
頭に着いたサーチライトで一目瞭然だった。
「八ッ山!」
やはりタヌキの〈偽汽車〉はキツネのものとは違って、足が遅いという欠点があるから、先行されてしまうと同じタヌキでは追いつけない。
だが、僕の護符で痛い目にあったおかげで暴走する〈偽汽車〉はわずかに速度を落とした。
八ッ山はその隙を見逃さずに猛追したのだ。
しかも、僕を助けるためにふとっちょの分福茶釜が飛び降りたおかげもあり、重しがなくなった〈偽汽車〉はさらにスピードをアップさせた。
その加速は物凄く、一瞬で八ッ山は暴走〈偽汽車〉に追いつく。
「―――行けええええ!!」
暴走〈偽汽車〉がガードレールにぶつかる寸前、その横に八ッ山の〈偽汽車〉が並んだ。
同時に煙がぼんと溢れる。
八ッ山が変化を解いて、跳びかかったのだ。
前肢を広げてフライングボディアタックを敢行する大タヌキ。
そして、その手で暴走する車体を抱きしめる。
同時に噛みついた。
殺すための咬みつきではなく、正気に戻すための甘噛みだった。
それはタヌキたちの幻法を破る効力があるのだという。
大柄な身体に似合わぬアクション俳優ばりのジャンプからの行動に、普段は鈍重な八ッ山が格好よく見えた。
白い煙が再び噴きだす。
暴走〈偽汽車〉のタヌキの幻法が破れた証しだった。
ただ今までについていた慣性は止まらない。
二匹のタヌキは正面から鋼鉄のガードレールに激突する。
嫌な音がしてガードレールがへしゃげた。
二匹のタヌキのぶつかった衝撃を吸収できなかったのだ。
「八ッ山!!」
『大丈夫かよ!!』
僕たちだけでなくて四匹のキツネたちと〈犰〉が慌てて二匹の元へ駆け寄る。
拓けた場所に出ても、そこに人間らしい影はなかった。
道路だけれど車も通っていない。
なんとか〈偽汽車〉は目撃されずにすんだようだ。
その立役者である八ッ山はというと―――
『シュポオオオ…………』
全身をぶつけて傷だらけになっていたが、無事にこちらに向けて前肢を振っていた。
タヌキの肢はイヌに似ていて、手のひらと指が離れているのが特徴であるため、親指をあげるサムズアップがとても様になっていた。
指と手のひらがくっついた状態のアライグマとの違いは指の長さなのだ。
「やったな、八ッ山!」
『シュポポポポ』
嬉しそうに笑っているタヌキと僕はハイタッチをした。
暴走したタヌキは一回り小さく、分福茶釜たちと比べたらまだまだ若いようだった。
これじゃあ〈犰〉の色香に迷っても仕方ないか。
その〈犰〉もなんだか一生懸命、八ッ山にツンデレっぽい謝り方をしていた。
キツネたちも口々にタヌキの偉業を褒めたたえていた。
品川の誇る名のあるタヌキである八ッ山は、また新しい伝説を打ち立てたのかもしれない。
『ふん、タヌキどもとこんなに馴れあってどうするのじゃ、まったく』
遅れてやってきた玄蕃丞キツネが、このタヌキとキツネとウサギが仲良くしている光景を見て呆れたように呟いた。
「おや、玄蕃丞。これこそが、あなたたちの望むことなのではありませんか。この人間と科学が支配する御代で、闇の妖魅が共存して穏やかに生きる光景が」
『ニンゲンは異なことばかりを言う。妾たちは妖怪キツネぞ。他の種族と馴れあう気はないわ』
さらに遅れてきた(いや、車椅子なのだからむしろ早すぎるかも)妙義さんが揶揄うようにいうのを、嫌そうにキツネの女将が応える。
でも、まんざらでもなさそうだった。
こういう妖怪たちがずっと楽しく過ごせるお祭りというのもあってもいいのだ。
御子内さんたちと妖怪退治ばかりしていたおかげで殺伐としていたけれど、もともとこの国はこういうどことなくユルーい闇が支配する場所なのだろう。
外国から来た妖魅たちの起こす事件が酷いものばかりだからちょっと間違いかけていたのかも。
日本は、僕たちの国であると同時にこういう妖怪たちがのんきに暮らす場所でもある。
そこを護ることができるというのは素晴らしいことなのではないだろうか。
妖怪たちの祭りは続く。
これからもずっと。
―――でも、すべてを台無しにする殺戮と悪食な邪神たちの饗宴の始まりがすぐそこまで近づいてきていて、もう詳細なタイムテーブルまで定められているということを、この時の僕はまだ知らなかった。
あまつさえ、すでにカウントダウンさえも刻まれているということについても。
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