第460話「幻法〈偽汽車相撲〉」
とんでもなく巨大な雷がすぐそばに落ちればこんな音がするだろう。
耳鳴りを通り越して鼓膜が破れそうなほどだ。
ただし、それは嵐の果ての落雷ではない。
二台の巨大な汽車もどきが正面から激突し、火花を散らした結果であった。
本来ならば鋼鉄の巨獣同士のぶつかりあいなのだから、どちらも破壊されて線路から吹っ飛んで脱輪するところだろう。
だが、わざわざもどきとつけたことからわかる通り、双方どちらも妖怪が変化したものなので、痛みとともに幼児に弄ばれる粘土のごとく凹凸が生じる。
次の瞬間には、謎の煙と共に正体を現し、目を回したタヌキやタンコブのできたキツネがフラフラしているという感じだ。
ちなみに、勝敗としては相手を吹き飛ばして自分は変化を維持出来ていた場合が「完勝」、同時に変化が解けても長く立っていた方が「勝利」、同時に倒れて立ち上がれない場合が「引き分け」となる。
行事の仕事は、「勝利」と「引き分け」の判定であり、互いの軍勢のリーダーとなる玄蕃丞と分福茶釜は、異議を唱えることが可能である。
もっとも異議を唱えられるのは三回まで。
テニスやバレーのチャレンジみたいなシステムであった。
とはいえ、どちらも異議申し立てをすることなく、十一個の取り組みが用意された〈偽汽車相撲〉は八番勝負まで続けられ、キツネ側の五勝三敗となり、あと一勝で全体としては勝利できるリーチの状態になっていた。
追い詰められているのはタヌキ側だ。
連続して三勝とらないとならないが、これまでの取り組みの様子を見ているとかなり心もとない。
キツネ側の鋭い出足に対して、どうしてものんびりと出発してしまうため、スピードが足りないのだ。
御子内さんが言うところの「破壊力とは、握力×体重×スピードの
タヌキ側が勝っているのは体格だけだが、それとて完全に汽車が最高速に達する前に出鼻をくじかれればどうにもならないだろう。
つまり、練習というかやりこみが足りないのだ。
せっかくともに〈偽汽車〉に変化してぶつかり合うという、なんというか頭は悪いがやり方次第では面白くなりそうな格技が無駄になってしまいかねない。
僕はタヌキたちにところにいってきちんとした戦術というものを叩き込んでやりたくなったが、一応、行司役という中立の立場なので一方にひいきはできない。
分福茶釜はいつのまにか、戦闘用の茶釜アーマーをまとって素の巨躯に戻っていた。
それだけ興奮しているのだろう。
『おまえたちぃぃぃ!! そんなことで狸の花が咲くと思っているのか!! キツネなどにしてやられてたまるものか!!』
『おぅおぅ、言うてくれるのお、短足ふとっちょの分際で。
『前は前じゃ! ふん、ここで負けたらもう後がないのはわかっているからな。―――八ッ山の、出番じゃ!!』
分福茶釜が悪役の捨て台詞みたいなことを吐いて大声で叫ぶと、東のスタートラインで準備していたタヌキの中で一際大きい選手が「シュポオオオーーーーーーーー!!」と応えた。
八ッ山のタヌキだ。
かつてこの〈偽汽車〉という幻法を使い、レイさんを苦しめた江戸前の五尾の一匹である。
僕が見たところ、さっきまでのタヌキたちは後楽園ホールでの八ッ山のタヌキの〈偽汽車〉には及ばないものばかりだったこともあり、やはり一番の力士なのだと思う。
切り札というのもむべなるかな。
しかし、それをここで切るということは余程切羽詰っているとみえる。
最後まで温存しきれないのだから。
もう一枚切り札があって、八ッ山のタヌキを見せ札にするという戦術もなくもないが、分福茶釜レベルのタヌキたちの浅知恵では無理な相談というものだ。
人狼ゲームではないが、ここで八ッ山を出すことになった途端、玄蕃丞キツネの口元に隠しきれない笑みが浮かんだのを僕は見逃さなかった。
何か策があるのか。
―――まあ、僕だったら残りのキツネのうち最弱の力士を当てて、一取り組みは捨てる作戦にでる。
八ッ山という駒を無駄遣いさせるのだ。
その分、残りの二匹で安パイを潰す、と。
負けるかもしれない焦りに囚われたタヌキにはそこの判断ができない。
かといってアドバイスをする訳にはいかないし……
『分福う。あんたさあ、八ッ山だしちゃったら後がないのわかってんの?』
そんな僕の考えを代弁するように声をかけたのはウサギの妖怪〈犰〉だった。
腕を頭の上で組む色っぽいバニーガールがしなを作りながら言う。
『わかってるわ! だが、ここで負けたら後がねえんだよ』
『だったら、こういう手はどう (コショコショコショコショ)』
何やら耳打ちを始める〈犰〉。
好色なタヌキにはばっちりと聞いているらしく、ドキマギしながら話を聞いていた。
ただ、その内緒話がお気に召したらしく、分福茶釜と〈犰〉は何やらタヌキ陣営に戻っていった。
『
『わかっちょるわ、黙れ、アバズレ!!』
『くたばれ、偏平足狸め!!』
タヌキに偏平足なんてもんあるのか。
しかし、玄蕃丞も口が悪いね。
「―――悪い予感がしますね」
「はい。〈犰〉が絡むと、まるでウルトラマンが倒した怪獣の死骸に石油を撒いてライターで火をつける並みの性質の悪さを感じます」
「カチカチ山の兎は性悪ですから」
「実際、あいつ、ろくなことしないんですよ……」
僕と妙義さんの愚痴めいた予感は本当に当たった。
どういう作戦があったのか、八ッ山ではなく、別のタヌキがでることになったのだが、その〈偽汽車〉がものすごい勢いで暴走を開始したのだ。
しかも、線路を簡単に外れて上下にまでジャンプするという列車どころかチキチキマシンのように手の付けられない暴走だった。
まさにドッタンバッタン大騒ぎであった。
「あー、始まりましたね」
「やっぱり……」
暴走〈偽汽車〉は森へと突き進んでいった。
まったく明後日の方向である。
不戦勝ということでいいのかな。
『まずい、あちらには……』
その玄蕃丞の深刻な嘆きから、僕らはすぐに最悪の状況想像してしまった。
「もしや……」
「人家があるのかもしれません! 玄蕃丞があれだけ取り乱すということそういうことでしょう。あのタヌキの暴走具合では何が起きるかわかりませんよ!!」
「止めないといけませんね」
「はい!!」
僕は〈偽汽車〉が唐突に消えていった森に向けて走った。
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