第458話「妖狐族の女将・玄蕃丞」



 秩父鉄道は始発が五時で最終が二十三時。

 だから、妖怪たちは二十四時から四時半までの短い時間に集って、どんちゃん騒ぎを繰り広げる気になったらしい。

 会場として選出されたのは、珍しく複線になった地点の何もない広い草原であった。

 この時代には珍しい、秋になると海原のように嬲るススキの草原は、僕にとっては原風景のような懐かしさを覚えさせた。

 その中央を走る、古めかしい線路と旧型の鉄道。

 夜でなければ、相当にノスタルジックな光景だっただろう。

 いや、月夜の灯りの下でも幻想的なことは変わらない。

 その下を闊歩する、タヌキたちの群れ。

 手持無沙汰のタヌキたちが囃子をたてて、太鼓を鳴らし、楽しそうに舞い踊る。

 はちゃめちゃな大騒動だった。

 森の奥の野生の動物たちでさえ顔を出して、百匹近いタヌキたちの熱狂に恐れをなして首をひっこめた。

 陶酔状態といってもいい、耳も聞こえず、何も見てない踊りだった。

 恍惚とさえしていた。

 隣で手を叩いてハシャイでいるウサギ族の〈犰〉も、なんだかんだいって楽しそうだった。

 昔話の一節のような不思議な光景だった。

 灯りといえるものは、妖怪たちの用意した幾つもの篝火と高張り提灯、そして月光だけなのにまるで昼間のように見渡せる。

 夜に墓場で運動会をするようなものかも。 ただ、線路を挟んで反対側にいる同じような熱狂に包まれた集団との対抗意識のようなものもあっただろう。

 僕はタヌキたちとは付き合いもあるが、残念なことにそっちとはなかった。


「―――キツネもいたんだね」

『タヌキに比べるとあいつらは犬に近いからね。人里に近づけないんだヨ☆』

「どういうこと?」

『タヌキってドブとか路地とかそういうところをすり抜けたり、屋根の上とかブロック塀とかを歩いたりできるでしょ。だからニンゲンの生活空間に侵入できるけど、キツネとかって身体も大きめで小回り効かないから難しいのよ』

「へえ」


 タヌキと線路を挟んで向き合って踊っているのは、モッフモフな皮毛と大きな尻尾・大きな黒い耳が特徴的なまさにキツネたちだった。

 細身でスラリとしているので、丸々としてどんくさいタヌキたちとは比べ物にならないほどスマートだ。

 こちらも同じように踊っているので、祭りの参加者というよりも一方の当事者という感じだった。

 基本的にタヌキとキツネの二種族が中心となっていて、他にも犬や猫やモモンガも少しだけいた。

 熊らしいものが見当たらないのはここが秩父とはいえ埼玉だからだろうか。

 イノシシも二匹ほどいたが、完全な妖怪という訳ではなかった。


『そろそろイベントが始まるネ♡』

「あ、あれかい」

『そう』


 シュポオオオーーーーーーーー


 と、八ッ山のタヌキのものよりも大きな爆音が轟き渡る。

 東と西のレールの端に、それぞれやや色の違う蒸気機関車が並び、動きもしないのに動輪を回転させて煙を上げていた。


「ビミョーに偽ものとわかるのがイヤだ」


 ボイラー上の砂箱と煙突の間に給水を暖める器具をレール側に設置し、それらを覆う長い着せ(覆い)を持った蒸気機関車である。

 ひと目でわかる外観上の特徴を備え、後の通常形ドームとの区別のため「半流線形形」と呼ばれている。

 口が悪い人には「ナメクジ」とも言われる独特のフォルムだ。

 あれが最も初期に生産されたD51―――の真似である。

 周囲にタヌキたちがはべって大きな旗を振ったりしていることから、あれは江戸前の妖狸族が幻法で変身した姿なのだろう。

 よくみると、八ッ山と分福茶釜が何やら叫んでいる。


「八っちゃんと茶釜は切り札らしいから☆」


 あれだけ妖狸族を嫌っていたのに心境の変化があるものだ。

 わりと心の底からタヌキたちを応援していた。

 そうすると、キツネの群れから白い毛皮をしたセクシーな一匹が僕のところへやってくる。

 四足での歩き方自体がしなりしなりしていて色っぽい。

 しかも、近づくにつれてやや身体がブレだして、目の前にやってきたときには白い長髪をしたやや吊り目の美女になった。

 白い毛皮が真っ白なセーラー服になったせいで、若々しい美しさの塊のような美女だった。

 ただ、明らかに人とは違うからかそこまでは魅かれない。

 ぶっちゃけ隣にいる〈犰〉と大して変わらなく思う。

 とはいえ、キツネだけでなくタヌキでさえも彼女のことを目で追っているのでなかなかのセックスアピールがあるんだろうさ。


なれが、キョーマなるか?』


 初対面で間違えられたよ。

 タヌキとウサギ以外の妖怪にまで名前が知られているとは思わなかったけど。


「うん、そうだけど。君はキツネ族なのかな」

『そうじゃ。わらわたちは妖狐でな。信州から来たのじゃ』



 信州―――長野か。

 このキツネたちがさっき話に出てた塩尻市の桔梗ヶ原からきた一族なのだろうね。

 もしかして、この美キツネが……


「もしかして、玄蕃丞げんばのじょう?」


 するとキツネは揶揄うように笑う。

 マゾ気質があれば悦ぶかもしれないが、僕はそこまで変態ではない。


『そうじゃ。桔梗ヶ原の女将おかみ玄蕃丞げんばのじょうとは妾のことじゃよ』


 そういえば妖怪といえば、伝承によるとムジナやキツネが化けたり憑りついたりするものというのが多いが、キツネの妖魅というのに初めて会ったかもしれない。

 東京にはタヌキが巣食っているので、対立関係にあるらしいキツネはいないものとばかり思っていたが、単に他の地域に行っているだけなのか。


「どうして僕の名前を知っているの?」

『汝は有名じゃぞ。都の超人巫女どもと並ぶほどにな』

「冗談はやめてね。御子内さんたちと比べたら僕なんか知られている訳ないでしょ」


 さすがにジョーク以外の何者でもないはずだ。

 タヌキと仲良くしているせいで悪目立ちしてしまったかも。

 それにしたって長野のキツネにまで知られるようなことはしていないはずだけど。


『諧謔と思うのならそれでもよいぞ。だが、少なくとも人の仔に近い妖怪ばらはなれのことを何度も口の端に乗せているということを忘れるな。むろん、汝に好意的なものばかりでないということもな』

「物騒だね……」

『まあ、今宵のところは心配せずともよい。妾の一族とクソタヌキども、あとそこな淫乱兎がいる以上、汝を害するものはどこにもおらんじゃろ』


 玄蕃丞に淫乱呼ばわりされて、いーと歯を剥き舌を出して威嚇する〈犰〉。

 そういえば、こいつは河口湖だかを棲家にしているから距離的に長野に近いのか。

 でも確かに、いつもは守ってくれる御子内さんたちもいないし妖怪の集まりなんだから注意しないと。


「で、君は僕に何の用なの?」

『なんじゃ。汝は行司のために来たのではないか。さっさと支度をせい。いつまでたっても〈偽汽車相撲〉が始められんではないか』

「……僕が行司?」


 ここに来て、僕はようやく自分の役割を知らされたという訳だ。




 分福茶釜と八ッ山のタヌキめ、あとで覚えていろよ。

 絶対にタヌキ汁にしてやる。





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