第457話「妖怪どもの奇祭」
妖怪たちによって僕は拉致され、しかもトヨタのハイエースという謂れなき悪名のついたバンによって夜のドライブへと連れ出されることになった。
ハイエースは、以前御子内さんと音子さんに倒されたセルシオと同様、使い勝手が良く普及しているということから人を拉致するための車などと呼ばれたり(そういう悪事を働くものをハイエーサーなどといいほぼ動詞のような扱いだ)、近年では社用車に使われることからその中身目当ての窃盗の対象にされたりして、なんとも不幸な境遇の車であった。
ただ、後部座席も広く、ちょっとサイズが規格外の八ッ山タヌキが同乗するにはこれしかないという気もする。
なんといっても八ッ山のタヌキは、身長はニメートルを越して、黒い針のような剛毛と鋭い眼差しを持ち、唇が傷で捻じれているだけでなく、全身にもはっきりとわかる古傷だらけといういかつい巨躯の持ち主なのだ。
ただのバンでも大きさ的にはちと足りない。
『シュポっ!!』
手をあげて嬉しそうに挨拶された。
彼は人語がわりと適当で、普段はこうやってシュポシュポとしか喋らない。
LINEやっているときは普通なので、わざとやっているのだろうとは思う。
もっとも、なにかあるとすぐにスタンプを連打してタイムラインを流そうとするので頭に血が上りやすいのは確かだろう。
後楽園ホールでレイさんにやられた理由の一つはそういうカッとしやすいところにあったはずだ。
『はあい、出発よお☆』
僕の腕をつかんで離さない〈犰〉に強引に後部座席に連れ込まれ、八ッ山のタヌキと左右を囲まれることになる。
なんと運転手は丸っこい分福茶釜だ。
あの短い脚でどうやってアクセルとブレーキを踏むのだろうと思っていたら、なんだか自然な形でうまく運転をしている。
しかし、タヌキに運転免許証って発行されるものなのだろうか。
そのあたり、実に疑問である。
「どこに行く気なんだ?」
別に危害を加える目的でしているわけではないだろうから、そのぐらいは教えてもらえるだろう。
『……秩父だぜ、
「埼玉県? 何をしに行くのさ」
『おいおい、今の秩父は埼玉が推す観光名所なんだぜ。ダチと連れ立って遊びにいくなんてサイコーじゃねえか』
「昼間ならね。でも、今はもう深夜だぞ。ニンゲンは寝る時間だ」
『起きてたじゃなーいの。それに京ちゃん若いんだから、夜の方がビンビンだゾ♡』
そういってやらしく股間に触ろうとする〈犰〉。
このバニーガールの妖怪はほんとセクハラばかりしようとするね。
「秩父に夜に行ってなにをするんだ。いくらなんでも店の一つも開いていないぞ」
『鉄道を見に行くんだぜ』
「あー、秩父鉄道か。パレオエクスプレスだっけ? ……でも、夜中には走っていないでしょ」
パレオエクスプレスとは、秩父鉄道が秩父本線を使って昭和の時代から運行している、蒸気機関車で牽引させる臨時列車のことである。
今でもC58 363が現役で走っているということで鉄道ファンたちの聖地になっているはずだ。
僕はカーキチであってもてっちゃんではないのであまり知らないのだけれど。
そういえば、分福茶釜は以前も「
「
西日本では車体色が黄色なので、ドクターイエローと呼ばれている。
JR東日本の管轄する東北新幹線では、白をベースに赤の塗装というE926形が使用され、「
これは時刻表に乗らない列車なので、走っているシーンを見るのにはコツが必要であるから幻の車両とも呼ばれていた。
それが見たいというのだから、このタヌキは電車ファンなのだろう。
ただ、パレオエクスプレスが見たければ昼間に来ないとダメなんじゃないかな。
『京都鉄道博物館がD51 200を復活させることを発表したんだぜ。んで、四月一日には関係者お披露目がされてな。じゃーん、なんと夏には秩父で試運転をするという話が持ち上がったんだ。C58 363とD51 200の夢のコラボだぜ!! ワシらはそのニュースで俄然沸き上がった』
「ふーん」
ただでさえタヌキの話題には乗りたくないのに、オタク特有の語り癖が始まってしまいもう興味が欠片もわかない。
D51って一番有名な蒸気機関車だよね。
きかんしゃトーマスではないらしいけど。
僕の顔はきっと微妙な笑みを浮かべていたに違いない。
「―――それがどう結びつくの」
『だからよお、ワシらは西からD51が来る前に、前夜祭をやることにしたんだよ! ぱあっと妖魅界の列車好きを集めてよお』
「甘ったるい声を出すな。あと、妖魅界って暇な連中ばかりなんだね」
『しょうがないじゃねえか。どんなにD51がみたくても、東の化け物にとって西に行くのはとても危険なんだ。江戸時代は入り鉄砲に出女だったが、今じゃあ下手な奴は浜名湖さえ越えられねえからな』
どうして、と聞きそうになったが、すぐに思い出した。
西には仏凶徒がいるからだ。
東の退魔巫女は、人に仇名す妖怪たちを叩きのめすが、西の仏凶徒は妖魅とみたら見境なくぶち殺す集団なのだそうだ。
物見遊山で出掛けて行って目をつけられたら割に合わない。
だいたいロバートさんだってそのせいで追われていたという話だしね。
妖精の血を引いているというだけで狙われるのだから、純粋な妖怪だと容赦なく皆殺しだろう。
確かに分福茶釜ら妖狸族では旅行は難しい。
もともと西の生まれならやり過ごすこともできるだろうけどね。
「で、D51が西から来る前に妖怪だけで大騒ぎをしようってことなの?」
『そうだ。色々な催しが開かれるはずだぞ。特にワシらが張り切っているのは、〈偽汽車相撲〉だな』
「〈偽汽車相撲〉?」
『おうよ。ワシらからは八ッ山のタヌキがでることになっている。西の
『シュポオオオーーーーーーーー!!』
狭い(でかいだけのタヌキのせいで)ハイエースの中で八ッ山がガッツポーズをとるのでとても居心地が悪い。
いつまでも僕の腕にしがみついた〈犰〉もニタニタと楽しそうだ。
もうしょうがないので、僕は人間だというのに妖怪たちの宴へと参加することに決めた。
決めてしまえば愉しむしかない。
面白いことになればいいけど。
―――でも、ぶっちゃけテレビゲームの方が絶対に楽しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます