第450話「デスマスクの職人」



「うんうん、そこは知っている。落合の方に行けばいいんだね。……風呂屋の横? 煙突なんかあったっけ?」


 東中野に降り立った私たちは、或子の知り合いという人に道を教えてもらっていた。

 住所さえわかればスマホのルート検索ですぐだと思ったのだが、なんだかそれでは辿り着けないところに目的の人物は住んでいるらしい。

 今どき、そんなことがあるのか、なかなか不思議事件だとワクワクする。


「ふーん、〈人払い〉がされているのか。藍色の家の近くだけど、あいつの関係者なのかい」


 或子は案内された通りに、中野区の道を進んでいく。

 わりと馴染みのようだ。

 逆に私はほとんどこっち―――特に区内は知らないので友人についていくしかない。


「知らない? キミ、根来者ねごろものだろ。そういう情報はきちんと調べないと駄目じゃないか。だから、いつまでも美厳なんかにイジメられるんだ」


 なんだか、お説教を始めている。

 話し相手の陣内という人物は相当の年上のはずなのに、或子にはその手の傍若無人さがある。


「あと、言おうと思っていたんだけど、ボクの京一とどんな関係なんだい? キミらがどういう知り合い方をしたのかあとでとっくりと説明してもらおうか」


 今度は嫉妬の挙句、絡みだした。

 どうも或子は、例の京一という少年に関わると年齢に相応しい子供っぽさをだす。

 特にあの升麻という少年に関わるとすぐにあんな風になる。

 もしかして彼氏なのだろうか。

 いや、そんな風ではないからまだ付き合ってさえいない友達関係だとは思うけど。


「あ、切れた。まったくあとで池袋に殴りこんでやる。……じゃあ、天子のりこ行こうか」


 完全に道を把握したようで、或子は迷いなく歩いていく。

 体内にコンパスでも入っているかのようだ。

 頼もしいことこの上ない。


「それにしてもデスマスク造りの職人がいるなんて知らなかったなあ。さっきグーグーで検索してもでてこないのに」

「当然だね。どうも、陣内の話だと裏の商売っぽいからさ。普通に一般人がネットで調べても表には出ないだろう」


 では、なんで女子高生のあんたが裏の商売に詳しい人と知り合いなのだ。

 私は今まで封印していた好奇心が鎌首をもたげるのを意識した。

 もともと或子は不思議なタイプだったが、天真爛漫なところと義侠心に篤く優しい性格のおかげで人気者でもあった。

 ただ、常識知らずであったり人とは違う面が強かったりで、人によっては距離を置かれやすいキャラクターの持ち主だ。

 私は高校二年の時から同じクラスになったが、その頃、或子の友人たちは鳩麦きららと鵜殿魅春だけだった。

 豹頭まきともその頃に合流して、三年にいたるまでずっと同じクラスだ。

 私たちは仲良し5人組といってもいいのだが、私と或子の間にはわずかな隙間がある。

 それは、或子本人との関係というよりも、きららや魅春と或子が共有しているエピソードにあるようだ。

 わかりやすくいうのなら、修学旅行に風邪をひいて休んでしまって話題に参加できない感じといえばいいのかも。

 最初にあったときから、きららと魅春の二人からは或子に対する敬意と感謝のようなものが感じられた。

 ただの友人に対するものとは明らかに違う、恩人を大切にするようなそんな態度だったのだ。

 二人ともそのことについては頑として口を割らないので、私が知ることはできなかったが、つい最近、今度はまきまでがちょっと似たような態度をとることが増えた。

 おかげで三年生になってからなんとなく違和感を覚えることが多くなってしまう。

 まったく、なにがあったのやら。


「天子、ちょっと待った」


 或子が私を引き留めた。

 少し雰囲気が変わっていた。


「さっきのデスマスクを貸してくれないか」

「? ……別にいいけどさ」


 私がカバンの中からだして木箱ごと渡すと、或子は背負っていた通学用のリュックを降ろす。

 箱の蓋を開けると、中から白いデスマスクを取りだした。

 さっきは触れようともしなかったのに、まったく躊躇すらせずに掴んでいる。

 そして、さらに驚くべきことに自分の顔にぴたりと嵌めたのだ。

 

「或子!?」


 気でも狂ったのかと思った。

 或子はおかしなところもある女の子だが、気立てが良くて優しい美少女である。

 それが人の死に顔に石膏を当てて作ったデスマスクを被る、だなんて。

 私が肩を掴んで揺すって正気に戻そうとしたところ、それは手のひらで止められた。

 ボクは正気だ、という意思表示なのはわかった。

 ただ、どうしてこんなことをしているのかはわからない。


「……何をする気なの」


 或子はデスマスクを被ったまま、ゆっくりと辺りを見渡す。

 デスマスク自体に穴は開いていないから、横目で、舐めるような、ほんの細かいことさえ見逃さないような、そんな冷たい視線ですべてを睨みつけていた。

 何かを探している、のか。

 でも、いったい何を。

 

「そっちか!?」


 突然、デスマスクを外して私に押し付けると、或子はどこか明後日の方向に走り出した。

 インターハイに出場するレベルの全力疾走で、建物と建物の間に消えてしまう。

 私のことを完全に忘れたかのような動きだった。


「なんなんだ、或子のやつ……」


 いつもの或子のよくわからない奇行のようだったが、そういうわけでもなさそうだ。

 ただ、放っておかれるのはとても困るのだけれど。


「まったく、こんなものを剥き出しで渡されても……」


 自分で持ち込んだとはいえ、デスマスクというものはどうしても気味が悪い。

 木箱越しならばともかく、そのまま手にするのはちょっと怖かった。

 幸い木箱はあるのだからまた仕舞ってしまおうとしたとき、後ろから声を掛けられる。


「それを表に出していてはいけませんよ」


 明らかに私に対して話しかけてきた口ぶりだ。

 振り向くと、一人の若い男性が立っていた。

 背が高くて、日本人にしては肌が浅黒い、彫りの深い顔つきをしたハンサムだった。

 今風に言うならイケメンかな。

 髪が堅そうでパーマっぽいところがあるせいか、なんとなく黒人っぽいところがある。

 軟らかい表情をしているせいで危険は感じなかったけれど。


「それって……?」

「あなたが手にしているものですよ」


 彼が指さしたのは、私がもっていたデスマスクであった。

 一見白くてなんだかわからないのに、この男性ひとははっきりと正体を認識しているようだった。


「もしかして、それがなんだかわかるんですか?」

「ええ、はい。デスマスクですよね。どなたのものか、まではわかりませんが」


 このイケメンの柔らかい笑顔は、普通の女の子ならぽうっとしてしまうところだろうが、残念なことに私はまだ花より団子なものであまり気にはならなかった。

 しかし、どうして私の持っているものがデスマスクだとひと目でわかったのか。


「もしかして僕のところのお客様ですか。この界隈で、そんなものを持ち歩いている人はそうはいないですし」

「あなたのところ……?」


 男性はにこりとして言った。


「僕は、孟賀もうがねん。―――いや、本名よりも綽名の方が有名かな。二十一代目モルガン・弥助、それが僕なんだ」


 モルガン・弥助?


 それってもしかして……


「あ、やっぱり僕のお客さんか。でないと、ご先祖様のことまでは知らないからね」

「弥助って、あの信長の……」

「そう。僕のご先祖様は、あの織田信長に仕えた黒人奴隷―――弥助なんだ」


 二十一代目というのもわかる。

 顔つきが何となく異人めいているのもわかった。

 この人は戦国時代の生き残りの子孫なのであった。



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