第449話「ガールズ・オカルト・トーク」



「これがデスマスクだって……」


 放課後の教室で、私が差し出した木箱の中身を御子内或子はしげしげと覗きこんでいた。

 直接触れようとしないところに、意外と用心深い或子の性格が表れている。

 その隣で肩越しに覗きこんでいるのは、フットサル部のキャプテンである兵頭まき。

 普段ならば、放課後になると真っ先に部活にいってしまうタイプにも関わらず、珍しく友人たちのだべりに付き合ってくれているようだった。

 逆に、いつもはいるはずの鳩麦きららや鵜殿魅晴というメンツが先に帰ってしまっていた。

 GWに何か旅行にでもいくらしく、その準備で忙しいとのことだった。

 もっとも、私としては或子さえいれば構わない。


「ふーん、わあ、これって犬神 佐清じゃね」

「なんだい、それは?」

「犬神家だよ、犬神家」

「あー、そういえば京一がそんな映画のことを言っていたな」

「まったく、或々あるあるはそういう無知なところがあるね」

「ほっとけ」


 共に運動が得意なもの同士、比較的仲の良い或子とまきは気の置けない間柄という感じだった。

 根っからの文科系の私では入り込めないことがあるのはちょっと悔しい。


「いや、或子にだって得意なところはあるでしょ。この筆で書かれた文字を読めないかな」


 私が指さした達筆の文字に或子は目を落とす。

 首をひねった。


「これはだいぶ古い崩し方だね。ぱっと見ただけで数百年前の筆跡だ。うーん、ボクでもちょっと読めないかも」

「そうなのか?」

「ボクでも読めるのは江戸時代の滑稽本とかまでだよ。さすがに、戦国時代とかの筆跡はおおよそまでしかわからない」

「ふーん、失敗したかな。或子ぐらいにしかツテがないんだけど」


 私が腕を組んで考え込むと、パシャとカメラのデジタル音がした。

 まきが写真を撮ったのだ。

 それから何やら画面を弄っている。


「……Twitterとかにあげないで」

「うーん、不特定多数にはしないよ」

「ならいいけど」


 とりあえず、この手のことに興味のないまきはさておこう。

 或子の方が私の目的にはかなっている。


「どうかな?」

「だから、さすがのボクでもわからない。こういうのが得意な相手のところにもっていかないとね。ただ、日本にデスマスクがあるってことが驚きだけどさ」

「そんなことはない。実は、歴史上物凄く有名な人物のデスマスクだってあるぐらいだから」

「誰のものだい?」


 私は作家の娘らしく知識豊富な点を披露してやった。


「織田信長さ」

「のぶなが!?」


 或子がなんだか予想以上に驚いていた。

 もしかしたら知っているとも思っていたんだけど、そこまではフォローしていなかったのか。


「うん。実は本能寺で討たれたはずの信長の首だけは家臣によって運び出されて、そのデスマスクが残されていたという話があるのだ」

「いや、だって本能寺は明智光秀の軍勢に囲まれていて蟻一匹でられなかったんだろ。そこから首をもって逃げるなんて……」

「でも、実際に信長のものと言われているものは残されていてさ……」


 最近、ちょっと塞ぎこみがちの或子とこうやって話していると楽しい。

 色々あっても或子は人の話をきちんと聞いてくれるからだ。

 決して自分の話だけを延々と続ける我が儘な女ではない。


 ピンポーン


 場違いな音がしたかと思ったら、まきのスマホにLINEが届いた音だった。


「あ、ごめん、ごめん、うるさかった?」


 こっちはあまり悪びれずに手をひらひらと振っている。

 まったく天然で空気を読まない子は面倒だ。


「……まあいいけど。でね、信長だけでなくて、森鴎外とか南方熊楠とかのものもあるんだ。二人は明治の進歩的文化人だったから、西洋のそういう埋葬以外の文化にも興味があったんだろうねえ」

「うんうん、そういうこともあるかもね。ボクが知っている限りでも、実は森鴎外が魔術師だったっていうから」

「そんなヨタ話は信じないけれど、鴎外が遺言で自分のデスマスクを取っておいてくれというのもわからない考えじゃなかったはずさ」


 ただ、問題はパパが置いていったこのデスマスクが誰のものかということだ。

 はっきりとわかるのは、骨格からして男性だということだけで、私の知識では誰のものかまでははっきりしない。

 だから、或子に鑑定してもらおうと思ったのだけれど。


「でもまあぶっちゃけ、この手のものには深入りしない方がいい。これはボクからの忠告だよ」


 或子が心配そうな視線を向けてきた。


「心配いらないって。それは死んだ人の顔に石膏を押し当てて型をとったっていうんだから、なんとなく不気味だけどさ。デスマスクが祟ったなんて話は聞いたこともないし」

「あたしはあるよ」

「本当かい、まき?」

「うん。この世界のどこかに殺された人間のデスマスクで埋め尽くされたギリシア建築の神殿があってさ。そこを通り抜けようとした人間を呪い殺すって話だな」

「ボクは初耳だな。どんなオカルト話なんだい」

「あたしも漫画で読んだだけなんだけどね。ソースは聖闘士星矢」


 ―――そういうボケはいらないんだけど。

 ところが、まきのはただのおちゃらけではなかった。

 

或々あるあるゥ、あんたの知り合いに日本でも有数のデスマスク造りの職人がいるらしいよ。その人のところにいったらどうだって、話」


 フットサルとサッカーしか興味がなさそうなまきの発言とは思えない言葉だった。

 私は思わず或子と顔を見合わせる。

 まきの視線の先にあるのは彼女のスマホの画面だ。

 そこから得た情報を喋ったに過ぎないことは一目瞭然だった。


「なんで、まきがボクの知り合いのことなんて知ってるんだい?」

「んー、あたしも直接は知らないし、教えてくれた相手も伝聞でしかしらないっぽいけどね」

「誰に聞いたんだ?」

「京一ちゃん」


 或子が頭を抱えた。


「……さっきの写真は京一に送ったのか。まったく、いつの間にそういうパイプを作っていたんだ。ボクの相棒だってのに」

「京一って、あの合コンのときにいた彼のことか?」

「うん、そうだ。文化祭のときにも来ていたけど、天子のりこは会わなかったの?」

「私はずっと文芸部の方に行っていたから。あと、巫女喫茶のコンセプトにはどうしても賛同できなかった」

「伝統ある巫女スタイルに異議を唱えるなんて信じられないね」

「それであの彼氏は何といっているんだ」


 私が聞くと、まきがスマホの画面を見せてくれた。

 LINEの画面だった。

 そこには京一という彼氏が送ってきた文面があった。


〔池袋の陣内さんから前に教えてもらったことがあるんだ。新宿に古い仮面造りの職人がいるそうだから行ってみたら〕


 ―――まきの送ったわずかなヒントだけで全てをお見通しのようだと、私はちょっと恐ろしく思ったのであった。


 



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