第441話「〈八倵衆〉摩睺羅伽王の文覚僧人」



 文覚もんがくは、保延五年(1139年)に摂津国の渡辺党に属する遠藤氏の子として産まれた。

 渡辺党とは、源頼光の四天王の一人である渡辺綱の出身である武士の一族であり、文覚ももともとは鳥羽天皇の皇女・上西門院に仕える武士であった。

 また、文覚は当時の荒々しい気風に反し、北面の武士の詰所に通う、熱心に働く武士であったという。

 ただし、文覚は十七歳のときに見掛けた美しい人妻に横恋慕し、彼女を殺害してしまったことをきっかけに、三年間念仏を唱え続けたのちに二十歳で出家したといわれている。

「平家物語」によれば、十九歳のときとされているが、出家した原因である人妻の殺害については芥川龍之介の小説「袈裟と盛遠」に描かれている。

 直情型で激しい気性の持ち主であったのは確かであろう。

 現代に伝わっている文覚のエピソードにはその一筋縄ではいかない性格についてのものが特に多い。

 暑い夏の日に藪の中にはいり、仰向けに横になると七日間そのままでいたことがあったという。

 当然、蚊や蟻だけでなく、虻や毒虫までが体中にとりついて刺したり咬んだりしたけれども、文覚はまったく身じろぎもしなかった。

 八日目に起き上がり、「出家の修業とはこういうものか」と人に問うと、相手は「そんな事をやったら死んでしまう。出家のための荒行ではそういうことまではしない」と答えた。

 文覚は、「ならば修行などたやすいことだ」とうそぶいたという。

 これだけ規格外の法師なので、真冬の熊野の那智の滝に二十一日打たれ続けたり、那智神社に千日間こもったり、大峰山、葛城山、高野山、立山、白山、富士山、箱根山、戸隠山、羽黒山などあらゆるところで修業を続けても平然としていた。

 半死半生のときに、不動明王の使者である八人の童子に助けられ、かの明王が自分を見守っていると知っていたことからさらに崇拝するようになったという。

 故郷である都に戻ったとき、には「飛鳥も祈落すほどの、やいばの験者」と評判になっていた。

 これは、「飛んでいる鳥をも祈り落とすほど鋭い効果を現す修験者」という意味であり、同時に「不敵第一の荒聖あらひじり」と恐れられた……



    ◇◆◇



「文覚僧人……ですかー。文覚って確か鎌倉時代の人ですよねー。源頼朝を焚きつけて平家討伐させたという有名どころでしたっけ?」


 てんは自分の知識を確認した。

 ほとんど接触がないといっても仏凶徒は〈社務所〉にとって警戒すべき敵である。

 必要最小限の情報は回覧されていた。

 その中に一つ、〈仏破襲名〉という文言があることを思い出す。

〈仏破襲名〉とは、各宗派から追放・忌避された外道の僧侶の集まりである〈八倵衆〉の幹部たちが、過去の高僧から名前を襲名するこという。

 もともと既存の宗派の権威を認めていない仏凶徒たちだからこそできる頭の狂った掟ともいえる。

 とはいえ自分で勝手に名乗っていい訳ではなく、仏凶徒として活動してその性質や行動に従って他の幹部たちから与えられるものという話であった。

 先ほど、御子内或子が足止めした一遍僧人も、延応元年(1239年)に生まれた時宗の一遍上人から〈仏破襲名〉した仏凶徒であり、その名を襲うだけの似たような性質の持ち主であったはずだ。

 そうであるのならば、この文覚僧人と名乗る老僧も、元の名前の持ち主によく似た性質の持ち主だと思われる。

 ゆえにかつて耳にしたモデルである文覚の逸話を思い出しつつ、てんはすぐに動けるように低い姿勢をとった。

 さっきの一斉射撃と砲撃を受けた地上の尤迦のことが心配ではあったが、彼女としてもそれどころではない。

 友達といってくれた相手の安否も確かめたいが、それよりもこの物理的な攻撃のレベルにまで達する呪力を放出し続ける怪物を仕留めなければならない。


「―――何を食べているとそんなになるんでしょーねー」


 針金のように痩せていて、背もそんなに高くない。

 恐ろし気な武器を保持している訳でもなく、何やら式や使い魔の類いを侍らしているようでもない。

 それなのに近づこうとすると扉のしまった門の前に立っているかのごとく、脚が前に出ないのだ。


「近づいたら確実に死ぬ。―――護身完成しているみたいですねー」


 てんにはわかっている。

 これは彼女の本能と極めた技が教える危険に対するシグナルなのだ。

 接近すれば確実に殺される。

 殺されなかったとしても無事では済まない。

 という危険が目の前にあるということについての警告だ。

 かつて一対一のタイマンをやったどんな妖怪にも感じたことのない危険信号である。


(まったく、スーパー或子先輩たちが修学旅行でやりあったという〈牛鬼〉みたいな感じですねー。西国には本当にとんでもないものがいるもんです)


 構えたまま何もできないてんに対して、文覚僧人はにやりと笑った。

 僧のものとは思えぬ下種な笑みだった。

 道端を今にも飢えて死にそうな子供が這いずっていたとしても、その隣で豪華な食事をとって揶揄い続けそうな厭らしい表情であった。

 こんな顔をする老人はきっと地獄に落ちるような反省を送ってきたに違いないと誰もが嫌悪感を抱くような。


「ほお、愚僧との力の差を感じ取っているのか。童女にしてはどうしてどうして勘が鋭いのお」

「……」


 てんは応えない。

 彼女がとりあえず続けていたのは〈気〉を練ることだった。

 さっきから練気した〈気〉が急速なまでの勢いで消費されて行ってしまっていたからである。

 ここに升麻京一がいたら、「マツダのツインロータリーエンジンか戦車でもなければこんな勢いでガソリンは消費しないよ」とでも冗談を言いそうなぐらいに、てんの〈気〉は調息し練気した分からすべて無くなっていた。

 なんのために?

 答えは簡単だった。

 文覚僧人が放つ鬼気に対する防御に回されているのだ。

 文字通り少しでも〈気〉を抜いたら魂ごと削られそうな異次元のプレッシャーであった。


「どうも愚僧の呪力は、地の龍と語らったことで増しておるようじゃな。そういえば、夕べも含めれば二度目か。ならば、馴染んできても不思議はない」

「へえー、ですねー」

「水揚げしたばかりの花魁も二度目には良い声を洩らすようになるものじゃ。一度穴が開いてしまえばあとは只の女、男の魔羅のいいなりよ」


 露骨なエロ発言だった。

 まだ十五歳の処女としては眉を顰めたくなるセクハラだった。

 とはいえ、迂闊にもらした発言から幾つかのことがわかった。


(やっぱり龍脈に何かを仕掛けるつもりなんですねー。このジジイが安宅船で持ち込んだ護摩壇か何かで儀式をしている間、〈八倵衆〉の幹部と〈ダイダラボッチ〉で護らせるという役割分担ですか。何をしようとしているのかな? でも―――)


 てんは通常の〈気〉の練気では足りなくなっていることを悟った。

 このままではジリ貧だ。

 呪力負けする。

 一度目を閉じて、また開く。


「やるしかないですねー」


 てんは下腹部に力を入れた。

 そこにはまだ瑞々しく使われていない女の部分があるが、てんが〈気〉を流し込んだのはさらに奥に潜んでいる一匹の“虫”に対してであった。

 彼女が産まれてすぐに父親によって植え付けられた一匹の禍々しい“虫”。

 熊埜御堂てんの力を吸って今まで生かされてきた、人間の体内にいて害悪をなすとされる“虫”。

 大陸に伝わる書物『太上三尸中経』によれば、大きさはどれも二寸、小児もしくは馬に似た形をしているとあるが、てんの下腹部にいるものは小さいが蛇の形をしていた。

 いや、植え付けた父親の目的からすれば紛れもなくそれは蛇であったのだろう。

 この蛇の姿をした呪物は……


 ―――その名を〈三尸〉という。


 

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