第439話「地の龍を起こせ」



 結局のところ、一遍僧人という〈八倵衆〉は即死には至らず、重体ではあったとはいえ五体満足のままであった。

 鍛え抜かれた五体と反射神経がぎりぎりのところで御子内さんの延髄砕きを受けきったのである。

 しかし、思い返せば目の前で三体に分身したような残像を見せ、本体は後方に回って足を掴んで倒し、とどめに延髄頭突きをかますという御子内さんの攻撃を喰らって生きているだけで運がいい。

 あんなもの、ほとんど文字通りの必殺技だけからだ。

 もっとも使用者の御子内さんも息切れと疲労が激しく、五分しても立ち上がれないぐらいの消耗をしていた。

 かつて邪妖精〈赤帽子〉を倒したものとはやや異なっているものの、同じ型の技であることから前と同じなら三十分は動けないだろう。

 いかな御子内さんといえど、あそこまでの極限の動きはありえないスタミナを消費するはずだから。

 素人目でも〈気〉が尽きていることがわかる。

 これから調息し、練気したとしても復調するには時間がかかるだろう。

 

「よし、これだけ縛り上げてしまえば絶対に逃げ出さないはずだ」


 服を着ないで透明のまま、一遍僧人をロープで縛り上げたロバートさんが安堵の吐息をもらす。

 彼もこの〈八倵衆〉の恐ろしさを身に染みて理解しているのだ。

 御子内さんのさっきの秘儀が発動しない限り、触れただけで投げ飛ばされてしまう〈捨聖〉のとんでもなさはここにいた全員がわかっていた。

〈八倵衆〉―――確かにとんでもない連中だ。

 ただ、この奥多摩に変な地上を走る船で乗り込んできたというだけで今のところ悪さをしていたということはない。

 だから僕らのしていることは過剰防衛どころか、過剰反応のおそれもある。

 そこが引っかかるところだった。

 少なくとも、八咫烏と〈サトリ〉を銃で撃ったことと東海道で豈馬さんという巫女を瀕死に追いやったことの二つぐらいしか〈八倵衆〉はしでかしていないのだ。

 きちんとした話し合いもせずにただぶちのめしてしまったら、僕らが悪者になってしまうのではないだろうか。


「……京一」

「なに、御子内さん」

「〈サトリ〉に聞いてみてくれないか。ボクがあいつを倒した瞬間、きっとなんらかの意識が漏れているはずだ。気絶した今ならもっと深く心を読めるかもしれない」

「心を読ませろってこと?」

「うん。〈八倵衆〉が遠路はるばるこんな仕掛けをしてやってきたんだ。何かを企んでいるはずだ。狂信者というのは仏教でも他の宗教でも恐ろしいものだからね」

「わかった」


 僕がうだうだ考えているよりもそっちの方が建設的か。

 心を読むという〈サトリ〉にはさっき依頼しておいたし、運が良ければ一遍僧人の考えていたことを読み取ってくれることだろう。


「どう、〈サトリ〉……さん」


 ベンツの中で傷を庇って横になっていた〈サトリ〉は顔を少しだけあげて、


『なんとかなあ』


 と答えた。

 ベンツはなんだかんだいっても後部座席も広く座り心地はいい。

 ガタイのいい〈サトリ〉でも横になれるスペースがあった。


「さっきの話、試してみてくれた」

『ああ、あの破戒僧の頭の中を読めってやつだろ。どうせ動けやしねえからやっておいたぜ』

「ありがとう。で、どんなことを考えていたの?」


 それによって僕らの方針は物凄く変わることになる。


わりいけんど、気を失っちまった場合の里の仔は考えとることがごちゃごちゃになるすぎるけえ、何よりも大事なことだとわかるのは、さっきあの巫女に頭突きをされた直後の一瞬しか読めなかったがよ』

「それでいいです。具体的に何かわかるのなら」

『そっか』


 気絶してしまったら読めないというのは痛いけど、少しでも参考になるなら越したことはない。

 僕は水の入ったペットボトルを差し出して、聞き入った。


「で、何が……?」


〈サトリ〉は少し考えてから、


『ありゃあ、地の龍を起こさなければならぬとか考えていたなあ』

「地の龍? その他には?」

『読み取れた言葉はそのぐらいだあ。あとはニンゲンの家が潰れたり燃えたりしている光景だな。はっきりとしていなかったから、あいつが直に目にしたものじゃなくて、で見たもんじゃねえかな』

「てれびじょん……って」


 けっこう昔からの妖怪の癖にテレビのことを知っているのか。

 でも、前に聞いた話では、東北にある座敷童の出るという旅館に泊まった観光客が、撮ってもいない写真がスマホのデータにあるので不思議に思って宿の女将に訊ねると、「それは座敷童の仕業ですね。最近はスマートフォンなんかも悪戯するようになったんですよ」と笑って答えたという。

 スマホが普及して十年も経つと、妖魅も文明の利器になれるのだろう。

 だったらさすがにテレビなんかを知らない妖怪はもういないはずだ。


「テレビ画面越しに見た映像ってこと?」

『だろうな。ちっちえ絵だからなんともいえねえけんど』


 ちっちえ絵。

 つまり、それこそスマホかタブレットでの映像だろう。

 いくらなんでも安宅船にテレビを持ち込んでいるとは思えない。

 それに仏凶徒といえど現代人なのだから、スマホでテレビを観るぐらいはして当然だ。

 じゃあ地の龍ってなんだ?

 関連がないはずはない。

 土の龍ならばモグラのことだけど、前に遭遇した妖怪のモグラの一族は〈社務所〉とタヌキたちが組んで潰して廻っているはずだから、わざわざ起こす必要はないと思う。

 じゃあ、地の龍ってなんだろう。

〈八倵衆〉はそれを目当てにここまで安宅船とかいう大袈裟なものを繰り出してきたはずなのだから何か、意味があるはずだけど。

 まてよ……


「京一、何かわかったのか?」


 僕はロバートさんの問いかけを無視して、自分のスマホを取り出してテレビをつけてみた。

 バイト代をつぎ込んでいるのでかなりの高性能だから、こんな山奥でも十分に鑑賞に堪えられる。

 そして、いくつかのチャンネルを確認してほぼ確信に至った。


「御子内さん、地の龍ってわかる!」

「なんだい、それは?」

「〈八倵衆〉が気絶する寸前に頭に浮かんだものらしい。何かのキーワードだと思うんだけど」

「龍っていったら、思いつくのは地脈のことかな。ここは奥多摩、レイラインの走るところだからね。前の火炎放射器のときもそうだったけど、ここのレイラインは不安定化しているから」

「じゃあ、それを暴走させるとどうなるかな?」

「どうなる、だって? 随分と昔にそれをやろうとした男がいて、実際にやって大きな被害をだしたことが―――まさか!?」


 御子内さんも思い当たったようだ。

 僕の回らない頭でも思いつく最悪の結末を。


「もしかしたら、そのまさかかもしれない! だから、確信もないけど雨舟村の住人である尤迦さんが動いたんじゃないかな?」

「自分の村への侵略と世界を護るためにしか動かない村の連中が例外的に動いたって訳じゃなくて、本当にそれだけの危機を嗅ぎ取っていたということか」

「おそらく。尤迦さんはそれだけ浮世離れしているし、超能力めいた勘があってもおかしくない」

「ありうるね。なるほど、地上戦艦たる安宅船に〈八倵衆〉の幹部の派遣、陽動にもう一人の〈八倵衆〉を送る念の入れよう。くそ、こんなところで寝ちゃいられない!!」


 御子内さんが無理矢理立ち上がろうとしたので、僕は横からそれを支えた。


「てんだけじゃ不安だ。早くボクもいかないと。奴らはもう試運転をしているはずだ。下手したら、今すぐにでも地の龍を起こすかもしれない」

「うん。たぶん、昨日の夜の九州はそれの余波を受けたんだと思う。それぐらい危険なのは間違いないよ」

「くそ!! 教信者の破戒僧め!!」


 一人状況が呑み込めなかったらしいロバートさんが不思議そうに聞いてきた。


「おまえたちは何をそんなに焦っているんだ?」

「焦りますよ!」

「だから、なんでだ?」


 僕は叫んだ。


「〈八倵衆〉は地の龍―――つまりレイラインを使って地震を起こそうとしているんです! そして、それはもう一度試験されている!」

「おい、まさか。昨日の熊本のあれのことか……?」

「ええ。狙ってやったのか偶然かはわかりませんが、夕べの九州での地震の引き金は間違いなくここにきた安宅船に乗っている連中の仕業のはずです! そんなことができるなんて信じがたいけれど、考えられるのはそれしかない!」


 そして、僕らの突拍子もない妄想が実際に当たっていたとしたら―――


「あいつらの本当の狙いはきっと東京、下手をしたら関東平野全域ですよ!! 大規模な地震を起こしてさらに何かを企んでいるんです!!」


 それはまさに悪魔の計画であった……


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