第437話「ジャイアント・キリング」



 人が巨人と戦うとき、何が問題になるだろう。

 まずは圧倒的な体重ウェイト差があるだろう。

 例えば道路を普通に歩いているとき、すぐ脇を大型トラックが通行したという状況を思い起こせばわかる。

 遥かに大質量のものがすぐ傍を通り抜けただけで、人は計り知れないほどの重圧を受けるのである。

 そして、それが指向性をもって、自分を害するために振るわれたとしたら、わきあがる恐怖感は比べ物にならない。

 巨大なるものと戦うということは、間近に迫ったそれらの多大なる恐怖と戦うということに等しい。

 ゆえに大恐怖を乗り越える精神がなければ巨人とは戦えないのである。


「まあ、あたしんちにとっては日常茶飯事なんだけどね」


〈ダイダラボッチ〉が繰り出した拳の下を掻い潜り、カウンターで小指を叩き斬りながら晴石尤迦は呟く。

 彼女の戦い方は、敵の攻撃をぎりぎりの差で躱しながら隙を見て抉っていくやり方である。

 ゆえに目と鼻の先を質量あるものが通り過ぎていくことを、まったく怯えずにすることができるのだ。

 恐怖を感じる心が麻痺しているともいえるが、これができなければ自分よりも遥かにサイズの大きなものとは戦えない。

 晴石尤迦は幼少時から巨大なるものに対する恐怖をとことんまで去勢されてきたのである。

 ここまで四匹の巨人に囲まれながらも、互角以上に立ち回れるのは完全に恐怖心を覚えないからだ。

 加えて、尤迦の攻撃力の高さがある。

 通常は剣による切断は、刃の先端から半分、または三分の一程度でなされる。

 刃の全長が一メートルあったとしても、そのすべてが斬撃に使える訳ではないのだ。

 特に根元の部分はつばぜり合いでもしない限り必要がない。

 剣という武器の構造上、こめる力の加減というものもあるからだ。

 しかし、晴石尤迦の剣術は違う。

 手にした剣のブレイドの部分全てで敵を切り裂けるのである。

 剣尖から根元まで手にした剣が命中しさえすればすべてが必殺の一撃となるのだ。

 それは、尤迦が肉体で練気したすべての〈気〉を武器にこめられるということと、剣というものの使い方が人間相手ではなく巨大な怪物相手に特化されたものだというであった。

 ゆえに尤迦が剣を振れば、その刀身はすべてが敵を削り取る刃となり、〈気〉によって

 増幅された力が豆腐やバターを切るようにスパスパと妖魅の堅い肉を削り取っていく。

〈ダイダラボッチ〉の足や手を膾のごとく切り裂いていく尤迦は、まさに戦場の支配者であった。

 体格差も、重量差も、まったく意に介さない。

 ただ、自分に手を出すものを機械的に切り裂く剣の嵐。

 最強の剣士―――いや、彼女は剣そのもののようであった。


「―――あんなの初めて見たですよー」


 齢十五にして数えきれない修羅の経験を積んで来た熊埜御堂てんですら、目で見たものが信じられないほどの光景だった。

 手にした二振りの剣のみで、凶暴な巨人たちを制圧していく怪物。

 

「これが雨舟村の住人ですかー」


 すでに驚くという感情が麻痺しそうになっていた。

 

「スーパー或子先輩たちも大概ですけど、尤迦パイセンも規格外すぎますねー」


 このまま放っておいても、決着はつくだろう。

 常識ではありえない、双剣の剣士の圧勝という形を持って。

 ただ、それはてんの納得のいくものではなかった。

 本来ならば戦うのは彼女の仕事なのだ。

 やるべきことを横合いからかっさらわれて何もしなかったというのでは、先に行けと道を作ってくれた御子内或子に顔向けができない。

 例え無茶でも戦わなければならないことはある。

 てんは気配を消しながら、驚嘆すべき戦場へと足を踏み入れた。



             ◇◆◇


 圧倒的。

 まさに圧倒的な力を見せつけて、四匹の巨人を追い込み続ける晴石尤迦。

 振り切る斬撃は怪物の皮膚を裂き、鋭い眼光は妖魅さえ怯ませる。

 

『グオオオオオヰヰヰ!!』


〈ダイダラボッチ〉は安宅船の守護者として用意されていたが、その役目を果たせそうもなかった。

 それはたった一人の剣士のために。

 彼らを配し、ここまで連れてきた〈八倵衆〉ですら想定していなかった強敵の登場のせいであった。

 すでに二匹の〈ダイダラボッチ〉は地を這い、咽喉と延髄を裂かれ、息絶えていた。

 あと一匹も尤迦に向けておいそれと拳を振り下ろすことができず、躊躇っていたところ、勝負の勘所を見切っていた彼女の接近を許し、今まで同様にアキレス腱ごと足首を叩き斬られて片膝をついた。

 倒れまいと手で支えたところをさらに切断され、顔面に顔を付けた瞬間に咽喉を掻っ切られた。

 あまりにも作業的な、とことんまで突き詰められた、尤迦による巨人駆逐作業はほとんど五分もかからなかった。

 三匹を仕留めきった尤迦がまだ無傷の一匹に取り掛かろうとしたとき、その巨人が耳をつんざく怒声とともに蹲った。

 これまでと同じようにしようとしたとき―――


『ぐ―――オオオオオオ!!』


 蹲った巨人は自分の足首を押さえ苦痛の叫びをあげていた。

 あまりの痛みに目前の敵の存在さえも忘れてしまったかのようである。

 いったい何が起きたのかと、尤迦が目を凝らすと、〈ダイダラボッチ〉のすぐ傍に一人の巫女が立っていた。

 ミニスカとツインミニョンの少女―――てんであった。

 彼女が何かをやったのは明白であった。

 だが、自分の何倍もある相手に対して何を―――?


「けっこう効くものなんですねー」


 てんはのんびりとした口調のままで尤迦の元へやってきた。

 

「何をしたんだ?」

「タンスの角に小指をぶつけると痛いじゃないですかー」


「てんちゃん、打撃は得意じゃなくて関節技ぐらいしかできないんでー」

「で?」

「あいつの小指の骨を逆に折り曲げてあげましたー」


 尤迦に気をとられている巨人の足下にそっと近寄り、自分の全身とほぼ同じサイズの足首を極め、最後に躊躇なく小指を破壊したのである。

 てんがまた別の意味で恐ろしい戦士であることを示す所業であった。


「まあ、指をぶつけると痛いけどさ」


 想像するとそれだけで痛そうだった。

 しかし、そんなことができるまであの巨人に近づくというだけで普通ならばできることではない。

 さすがの尤迦も瞠目する無茶な行為であった。


「あんたも大概だね」

「なんといってもー、尤迦パイセンの友達らしいですからこのぐらいやっておかないとー」


 友情の確認にしては物騒な言動であった……

 



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