第433話「あの技を破れ!!」
まず、あの〈
パンチでもキックでも、あの掌に触れられたら次の瞬間には宙を回転している。
ほとんど竹とんぼのようだ。
竹とんぼならあの異常なまでの回転の説明もつくんだけど……
いや、待て。
御子内さんの方ばかりに気をとられていたが、あいつ、〈捨聖〉をする直前に腕を引いていないか。
まるでボクサーがパンチを放った後、すぐにガードを固めるように。
ただし、〈八倵衆〉の動きはガードをするものではなく、ただ速い動きで手を引くだけだ。
それが派手に御子内さんが回るのと同時だから気づきにくかっただけ。
もしかしたら、やられている側の彼女には見えてすらいない動作かもしれない。
「あいつが名を襲ったという一遍上人は、念仏のみに生きてそれ以外はすべてを捨てよと説いた坊さんだ。遊行という言葉も、僧侶が修業のために各地を巡り合うことをいい、つまりすべてを捨てて放浪する上人と呼ばれていたのだろう」
ロバートさんはさすがに日本の歴史に詳しい。
僕の知らない一遍上人の故事についても良く知っている。
「釈迦が一生の間に記された莫大な経典も、とどのつもりは南無阿弥陀仏という言葉につきる。捨てることでその境地に至るというのが、要約すると一遍の教えなんだ。踊りながらお経を唱える踊り念仏と念仏礼という苦行をすることで、捨てることによって脳に麻薬を生じさせたともいうな」
「捨てることが苦行で、執着心をなくして、逆に脳内麻薬を引き起こすということか……」
「それが一遍の時宗だという説もあるのさ」
なるほど、その高僧の名前を継いだということにはやはり意味があるのか。
「……あの〈捨聖〉という技は執着心のすべてを捨てていくという一遍上人の教えのままということか」
「だろうな」
「ぽいぽいと御子内さんを捨ててるように見えるし……でもどうやって」
目を凝らしてみても何も見えやしない。
僕程度の観察力では……
何度投げ捨てられても食らいつく御子内さんのためになんとか打開策を見つけなければならないというのに。
いつまでも彼女を独楽や竹とんぼのようにさせてはならない。
そこではたと閃いた。
竹とんぼも独楽もどうして回るのか。
捩った手で肢を高速回転させることで、仮想の翼を作り上げて、それが揚力を作り上げて飛ぶ。
独楽は巻き付いた紐を引くことで遠心力を作り出して、安定した回転力を作りだす。
すなわち、回転を作り出す仮定で引くか押す力が働いているのである。
であるのならば、あの御子内さんの回転だって同様の力学が働いているかもしれない。
もしかしたら……
僕には視えないけれど、あの掌が触れた瞬間、何かが御子内さんに巻き付いて、それを引くことで回転させられているのではないだろうか?
だとすると、それはなんだ。
「―――御子内さん!!」
僕はもう黙っていられなかった。
「何かが巻き付いているんじゃないか!! 手に!!」
確固たる考えがある訳ではない。
でも、これ以上、彼女に無策で消耗戦をやらせる訳にはいかなかった。
もしかしたら突破口になるかもしれないという思い付きだけど、それでも助けになればいいと思ったのだ。
だが、僕の思い付きを耳にした途端、一瞬だけ、一遍僧人がこちらを向いた。
動揺したとまではいかないが、僕の発言を聞き咎めたのは確かだ。
「ロバートさん! ちょっと手を貸して!」
「どうする?」
「脱いで!!」
「なん……だと……」
「透明になってあいつを陽動してください! 視えなければどうということないでしょ!!」
ついでに着ていた上着を強引に剥いだ。
体格では負けるが、そんなことを気にしている暇はない。
やれることはすべてやって御子内さんを護るのだ。
「〈サトリ〉!」
『なんだ、里の仔』
「キミはあいつの心を読み続けろ。そのうち、〈色即是空〉が破れるときがくるから、そのときに読みつくしてほしい!」
『おめ、
「それが僕だ!」
とりあえず意味不明の返答をしておいて、僕は御子内さんたちの様子を見た。
すでに立ち上がって何度目かわからない対峙を続けている巫女レスラーと〈八倵衆〉の竜王。
まったくの膠着状態が続いているが、どちらかというとこの状況は僕たちにとって有利だった。
あの一遍僧人は、〈八倵衆〉側が謎の安宅船の守護役として送り込んだものらしいことは薄々わかっている。
そして、そっちにはてんちゃんと尤迦さんが向かっている。
つまり足止めは十分にできているのだ。
安宅船にどんな守護役がいたとしても、あの二人ならなんとかできるだろう。
ここにいる一遍僧人ほどの化け物はそうはいないはず。
御子内さんでなければ足止めさえもかなわない。
「―――いい加減、諦めるがいい坂東の巫女め」
「そうもいかないんだ。ボクの背後には京一をはじめ守らなければならないものがいてね。さらにいえば、キミら〈八倵衆〉をのさばらせることはどうも世の中のためにならないようだからね。それに……」
「それに?」
「キミ、さっきからボクに手を出そうとしないのは、たまたまというわけじゃないんだろ? ボクがずっと仕掛けているということもあるけれど、そっちからは全然近寄ってこようともしないじゃないか。やっぱり、その〈捨聖〉って技は完全に防御のための技術なんだね」
御子内さんが叩き付けたのは言葉の刃だった。
「さっきの身のこなしといい、忍術射撃を使うことといい、キミが根来の忍術僧だということはわかる。だから、その気になれば攻撃をしてくることも可能のはずだね。なのに、仕掛けてこない……わかりやすすぎる」
つまり、一遍僧人はずっと防禦に専念しているということだ。
もちろん戦えない訳ではないが、それとて御子内さんとやりあえるほどの力ではない。
だから、〈捨聖〉を使い続けているのだ。
御子内さんというタフな女の子を相手にしているせいで、さっきからある意味で戦闘が膠着しているが本当ならば一遍僧人もさっさと安宅船の防衛に戻らなければならないのに、いつまでも彼女につきあっている余裕はないはずだ。
要するに、御子内さんの言うことは間違っていないのか。
「ボクが時間稼ぎをしているわけではない。キミが打開できないだけさ。そして、ボクはなんとしてでもキミの〈捨聖〉を破れば、〈八倵衆〉を崩せるというわかりやすい立場なんだよ」
「……」
「そろそろいくよ、竜王。キミの掌に潜む不可視の蛇の破り方もそろそろわかってきたところだ」
戦闘はついに最終局面。
我らが巫女レスラーはいまだ闘士衰えず、恐ろしい破戒僧に挑みつづけている。
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