―第55試合 魔船の襲来 2―

第432話「秘儀〈捨聖〉」



 御子内さんが宙を舞った。

 いや、正確に言うのなら舞わされた。


「いやあああ!!」


 様子見なんて露ほども考えずに跳び蹴りを放った御子内さんの惚れ惚れするぐらい美しい形の足刀は、なんと〈八碔衆〉の僧侶の掌で受け止められた。

 気功術を駆使する彼女のキックは岡田のドロップキックよりも高さ、滞空時間、距離すべてが上だ。

 そんな彼女の蹴撃をいともあっさりと、しかも……


「うわっ!!」


 独楽のようにクルクルと横回転しながら吹っ飛ばされた。

 僕の知っている慣性の法則ではあんな風になるはずがない。

 例えば異なる回転と速度をもつ物体同士がたまたま奇跡的なタイミングでぶつかりあえば起こり得る現象というべきか。

 だが、どんなベクトルで力が衝突したとしても、今の御子内さんみたいなことにはならない。

 そこからわかることは、あれはあの〈八碔衆〉がやったことだということだ。

 技か術か。

 それほど重くはないといっても女の子をあんな風に吹き飛ばすなんて普通は不可能だ。

 とはいえ、御子内さんは体操種目の選手にすら匹敵するバランス感覚の持ち主である。

 余裕綽々とまではいかなくても、なんとか両足から着地した。

 警戒心を露わにして睨みつける。

 自分が受けた謎の攻撃を計っているのであろう。

 偶然ではないと見切っているのだ。

 ただし、既知のものではないから迂闊なことはできない。

 彼女の思考としてはそんなところだろう。

 現象としては、かつて〈オサカベ〉と戦った時の投げに近いものがあるが、あれは当て身投げであって、こんな文字通りのキリキリ舞いをさせられた訳ではない。

 あまりにも正体が不明だ。


「升麻、こっちにも集中しろ!」

「あ、はい!」


 一緒に〈サトリ〉を担いでいたロバートさんに叱咤された。

 この妖怪は大きすぎてロバートさんだけでも持ち上げられないのだ。

 背中が血だらけなのは〈八碔衆〉に撃たれたからだろう。

 八咫烏も撃たれてはいるが、こちらは疑似生命体ということでまだ死にそうにない。

 とはいえ羽ばたくことももうできそうもなかった。

 こいつを庇って〈サトリ〉は傷を受けたのだと思うと有り難くて泣きそうになる。


「しっかりして」

『なんだ、おめら。本気でわいみてえな妖怪を助ける気なのか。だんけ馬鹿やろ?』

「うるさい、妖怪に触れてるだけでこっちは気持ち悪いんだ。変なことを抜かすんじゃないぞ」

『へん、強がって悪党おとうぶんな。わいは〈サトリ〉だあ。里の仔の思うちょることなどお見通しだあね』


 僕なんかが言うのもなんだけど、ロバートさんも大概お人好しだからね。

 彼は透明人間としての力を往来で裸になってストレス解消に使うぐらいしかできない、恥ずかしいぐらいに善人だった。

 犯罪を犯す気になったらどんなことでもできるだろうに、それは頑として拒み、おかげで故郷を逃げ出さなくてはならなかったのだから。

 おそらく今も心底〈サトリ〉を助けようと振り絞っているのだろう。

 それは僕も同じだ。

 八咫烏たちとは気は合わないけれど友達みたいなものだ。

 その恩人なのだ。

 彼がここまで〈八碔衆〉を誘導してくれたおかげで、てんちゃんたちが安宅船に先行させることができたこともある。

 少なくとも彼の尽力のおかげだ。

 なんとしてでも助けないと。


『おめら、妙な里の仔だなあ』


〈サトリ〉に感心されてしまった。


『しかたね。おめらに助力してやんよ。……いいか、強運の小僧、あの坊主は〈色即是空〉とかいう考えんことを考えんヘンテコなことをする』

「〈色即是空〉?」

『んだ。だけんど、ありゃあわいら〈サトリ〉と喧嘩するためのもんじゃね。もちぃと別のもんのためだな』

「どういうこと?」


〈サトリ〉をベンツの中に担ぎ込みながら(かなりの巨体なので一苦労だった。ベンツだからこそ入れられるぐらいだ)、僕は妖怪と友達のように会話していた。

 すでに妖狸族と交友関係のある僕にとって危険でもない妖怪は人間と変わらない存在になっていた。

 いまだ〈のっぺらぼう〉に餌として認知されているらしいロバートさんは苦い顔をしているけど。


「やつは考えんことで、おめんとこの羅刹天女をいなしているんだ。絡みつくように長口のようにだ」

「―――長口? 蛇のことか」

「んだ」

「蛇の技ってこと……」


 僕らがこうやって情報交換をしている間に、巫女内さんは人ならざる人との戦いに入っていた。

 いつも戦っている〈護摩台〉というリングの上ではないストリートファイト。

 ここ最近、こういう突発的な戦いが増えてきていたが、戦場ということには変わりない。

 ロープやコーナーポストを使った戦法こそ封印しなければならないが、立ち技を主に好む彼女にはたいしたハンデとはならない。

 挨拶代わりの奇襲の蹴りこそ防がれたが、巫女内さんはいつも通りのナックルパートと上下に打ち分けるキックを用いて〈八倵衆〉に挑みかかる。

 だが、まったくうまくいかなかった。

 

 巫女内さんの拳は伸びきった瞬間、もっともインパクトの強い段階で一遍僧人の掌に受け止められて、瞬きすらもできぬ刹那に宙で回転させられていた。

 まるでサッカーのGKに止められたボールがゴールマウスから掻き出されるように巫女内さんは回されていた。

 最初のように見事に着地すらできず、無様な態勢のまま背中から地面に叩きつけられ、かろうじて頭部だけは守り切っていたがそれでもダメージは相当なものになっているはず。

 カウンター的な技だとは思うけど、あの僧形の〈八倵衆〉はほとんど力も入れておらず、態勢もゆがめてはいないのだ。

 なのに、巫女内さんの攻撃をすべて弾き飛ばしている。

 それこそ、渾身の崩拳だろうとただのフェイントのためのジャブだろうと、すべてだ。

 力学とか拳法とか、そういう理屈もくそもない、まさに現象そのままという異常な立ち合いとなっている。

 もし、あれが巫女内さんの力を逆流させるなどの技ならばジャブというか力の入っていない見せかけの攻撃ならそれほどのダメージはないはずだ。

 しかし、巫女内さんの拳や蹴りが掌に触れるたびに一つの例外なく彼女は回っている。

 まさに独楽のように。

 あれでは下手に組み付いたりもできない。

 それどころか得意の鉄山靠てつざんこうすらも無暗には使えない有様だ。

  自身の持つあらゆる技が触れることもできずに何倍にもして返されるのだから。


「まったく、器用な真似をするね。上方かみがたの芸人は……」


 今度こそ頭から落ちたといのに、巫女内さんは減らず口を叩きながらもふらふらと起きあがった。

 投げられる瞬間、さらにカウンターを合わせて延髄切りにいこうとしたのにモーションすらできず投げ捨てられたのだ。

 あれでは受け身をとる間もない。


「一遍上人といえば、浄土教時宗の開祖だったね。……その名を与えられたということは、〈八倵衆〉というのが、禅宗すらも含めたあらゆる仏教宗派から外道を集って結成された連中という風評は正しいようだ」

「その通りだ。拙僧は、法諱は智真、遊行上人ゆぎょうしょうにんとも呼ばれた一遍上人を仏破襲名している。まあ、すでに時宗は破門されているわけだがな」

「キミらの技はさっぱりだ。少し、解説してくれないかな」

「断る。拙僧を攻略したいというのならば自分で術理を見破ることだ。敵に塩を送る気はない」

「せめてボクを吹き飛ばしまくる技の名前ぐらいはいいじゃないか、ケチめ。托鉢しにきても施してやらないぞ」

「ククク、その程度ならいいだろう。貴様を始末するのは名前を頂戴した上人様にあやかってつけられた〈捨聖すてひじり〉よ」


 僕は聞き逃さなかった。

 あいつは確かに〈捨聖〉といった。

 わざわざ名前がついているというのならば、そこに意味がないはずはない。

 どこかに攻略のための突破口があるはずだ。


「君、さっき蛇の技だとかいったよね」

「おう、言うたぞ。やつは坊主のくせに欲深な蛇の匂いがするでな」


 ロバートさんが包帯を巻いたことで落ち着いたらしく、〈サトリ〉は多少余裕が戻ったようだ。


「どうやっているの?」

「知らん。動くたびに蛇の臭いがするだけだ」

「……なるほどね」


 わかったことは、〈捨聖〉という技名と〈サトリ〉のいう蛇の臭い。

 他には……。


(「〈八倵衆〉の八天竜王はってんりゅうおう一柱いっちゅう、竜王・一遍僧人である」)


 そういえば、あいつ、竜王っていっていたよね……


「ロバートさん、奴らのもとになっている八部衆の竜王って、どういうのか知っています?」

「仏法守護の八神のことだ。そのうち、竜王は確か蛇の化身でもあるはず。水に棲んで、雲や雨をもたらすとされている」


 やっぱり蛇か。

 すると、どこかに蛇の何かを使っていると考えるのがいい気がする。

 だけど……


「貴様ではなく、あの幼女のような巫女であったのならば拙僧と張り合えたかもしれぬな」

「いうね。でも、ボクの方がまだてんよりも強いんだよ。キミの運が悪かったと言い換えるべきさ」


 気合をたたきつけるけれども、巫女内さんの不利はまだ終わることはなく、どうしようもない暗雲だけが立ち込めていた……












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