第431話「熊埜御堂てんは語る」
或子たちをおいて、熊埜御堂てんと晴石尤迦は奥多摩山中の道なき道を駆けていた。
遮るものも追手もいない。
先ほど姿を見せた〈八倵衆〉の一遍僧人という怪人による妨害もなくすんなりと場を離脱できたのは、足止めに或子が残ってくれたからであることは疑う余地もない。
あの御子内或子が、「ここは俺に任せて先に行け」というポジションを選んだのに覆すことができる相手など、世界を見渡してもそんなにはいないだろうからだ。
「―――でも、なかなか怖い相手みたいでしたねー。スーパー或子先輩でも大丈夫かな?」
てんとしては尊敬する先輩にあたるうえ、抜群の信頼を抱いている或子ではあったが、相手が悪過ぎた。
数多くの妖魅を相手にしてきた彼女といえども、あれほどの妖気と闘気を漂わせた魔人めいたものとはやりあったこともないはずだ。
十分すぎるほどに恐ろしさを醸し出していた。
〈八倵衆〉……。
目の当たりにしたのは初めてだが、なんと驚愕すべき敵であろうか。
「大丈夫じゃないかな。見たところ、あんたたち〈社務所〉の巫女って接近戦に特化しているみたいだし、近寄れれば勝機はあるよ」
尤迦が気を遣って声をかけた。
「でもー、或子先輩って術らしい術ってほとんど使えないんですよー。術者揃いの〈八倵衆〉相手だとかなり不利なんですよねー。その辺、てんちゃんなんかよりずっとおちこぼれでー」
「先輩に
「普通の人間が修業してできるようになるぐらいの術程度しかダメなんですー」
「そうなの? でも、あんたたちを紹介してくれた御所守ってお婆ちゃんは『どちらも遜色ないツワモノ』だって言っていたよ」
「はーい、そうなんです。或子先輩は最強の巫女なんですよー」
「―――?」
尤迦は首をひねった。
このミニスカのロリロリした巫女は、随分とあの或子のことを買っているようだが、退魔巫女らしい術とかはいっさい使えないようではないか。
では、いったい、どうしてここまで信頼を寄せられるのだろうか。
確かに、あたしの奇襲の一撃を躱したのは大したものだが、あの坊主のように特殊な術や技はまったく使えなさそうなのに。
徒手空拳だけで妖魅と戦うという発想自体が異常なのだと尤迦などは考えてしまう。
「あんたらって、ちょっとおかしい」
「どこがですかー? ……ぶっちゃけ、雨舟村の人たちには言われたくないです」
「最後だけ真顔になるのやめて」
多少、尤迦にも自覚はある。
「巫女ってさ、本来はスペルキャスターじゃん。神の加護とかを使って、様々な術やらを行使して儀式をしたりする。怪物退治をしているのは、まあ神職だからその一環としてもわかるよ。でも、素手でそんなに強くなってどうすんの?」
「……尤迦先輩の言っていること、わかりませんねー。心を鍛えるのには身体を鍛えるのが一番なんですよー」
「それにしたって度が過ぎているよ。あたしらみたいに、ご先祖様の代から異常なほど戦いに特化しているならともかくさ、妖怪退治みたいなことのためにそこまで鍛錬する必要はないでしょ。聞いた話だと、あんたらって結界張ったリングの上で戦うのが常らしいじゃん。それ、なんて冗談なのさ?」
すると、てんは目を細めて答えた。
いつもとは違う真面目な回答をするつもりだった。
「……常命の種族には斃せぬ悪神邪神の懐に入り込み
「どういうことさ?」
「もうすぐこの国に神々が帰還なされます。それはすべて悍ましく狂おしい邪悪なる怪物の王ばかりなのです。てんちゃんたち、人の仔の術や法など歯牙にもかけぬ、文字通りの邪神たちが。―――それに牙を突き立てることができるのは、ただ人の心で鍛え上げた拳だけなのです」
「だから……」
「あの玩具のような〈
そして、てんは言った。
「或子先輩は、そのために五行山に封印されていた、本物の決戦存在なんです。人の世を脅かす神の群れからこの世の全てを助けるための―――
てんははっと気が付いたように顔を平手で叩いた。
まるで夢でも見ていたかのように。
それから、ニハハと照れ笑いを浮かべ、
「そうですねー。あの或子先輩が負けるはずないですよねー。まったくいらない心配をしちゃいましたよー」
そんなてんを不思議そうな目で見つめてから、尤迦は黙って彼女を連れて慣れた山中を走り続けた。
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