第430話「〈八倵衆〉竜王の一遍僧人」



「……仏凶徒ですかー。やっぱりただの怪談話じゃなかったんですねー」


 てんちゃんがミニスカの下の生足を晒しながら仁王立ちする。

 熊埜御堂くまのみどうてんちゃんは、もう高校生だというけれど、どうみても中学二年生ぐらいにしか見えない。

 とはいえ、このあどけない純真な子供の顔をして、攻撃のエゲつなさは〈社務所〉の巫女の中でも群を抜いて凄まじい。

 相棒を勤めているロバートさんなんか、てんちゃんの折る骨の音で夜眠れなくなることがあるとか洒落にならない苦労を訴えているぐらいだ。

 去年までは見習い扱いばかりだったが、今年になったからは押しも押されぬ本物の戦力として勘定に入れられている。

 後楽園ホールでの戦いで妖狸族の五尾に不覚を取って以来、実はてんちゃんには負けどころか苦戦らしい苦戦もないという話だ。

 なんだかんだいって、彼女も血のにじむような特訓を積んできたのだろう。

 御子内さんたち先輩達からすると、やや劣るとされている実力も最近では比肩してきていると僕は思う。


「で、キミは誰なんだい? さっきから漂っている強すぎる妖気はとてもじゃないが、お坊さんの出していいものじゃないんじゃないか。そんなものを出していいのは殺人鬼だけだね」


 御子内さんが問うた。

 すると、山から下りてきた異常な程に精悍な顔つきの壮年の僧侶は、口元を醜くゆがめた。


「……関東〈社務所〉の媛巫女どもか。よくぞまあ嗅ぎつけてきたものだ」

「約定破りのクソ坊主どもの好きにさせてたまるものか。前からキミらの動向を追っていたんだよ。闇に蠢いていたら誰にもバレないなんて、お天道様がかがやいている限り、あり得るはずがないさ」


 御子内さん得意のハッタリだ。

 ハッタリだろうが挑発だろうが、彼女は勝つためならばどんな手段でも選ばない。


「ふん。〈八倵衆〉の八天竜王はってんりゅうおう一柱いっちゅう、竜王・一遍僧人である。見たところ、貴様らは〈社務所〉の〈五娘明王〉ではないようだが、それで拙僧と伍せると思っているのか?」


 一方の〈八倵衆〉は一遍僧人というらしいが、かなり余裕の口ぶりだ。

 少なくとも御子内さんから圧倒的な闘気を向けられても、怯みもしないのは余程豪胆なのか、それだけの力を備えているのか。

 ただの可愛い女の子じゃない御子内さんの眼力は、相当のボンクラだって恐怖で縮こませることができる。

 それを正面から受けきるとは……


「〈五娘明王〉ってなんだい? てんは知っているのか」

「いやー、初耳ですねー。明王って、仏教の話でしょう。うちら、神道の巫女ですから、あんまり関係なくないですかー」

「レイの関係かもしれないぞ」

「あー、明王殿ですもんね」


 二人の巫女の話を聞いて、一遍僧人はせせら笑った。


「なるほどな。〈社務所〉の最高戦力と呼ばれた〈五娘明王〉ではない訳か。言われてみれば、そっちの呑気な小娘はやや明王の力の片鱗があるが、それでもまだまだ覚醒の兆候はない。それに、貴様」

「―――ボクがなんだい?」

「貴様には、八百万の神の加護も、仏の守護もないようだ。そんな中途半端な力の持ち主が、拙僧らに立ち向かおうとは笑止千万だな。身の程を知れ」


 信じられないことに、僕の頭の血が一気に沸騰した。

 今、こいつは何といったのか?

 身の程を知れ、だと。

 御子内さんに向かって。

 これまで多くの人に仇なす妖魅を肉体だけで迎え撃って、たくさんの人たちを助けてきた御子内さんに対して。

 神社の境内で、森の奥で、闇の中で、命がけの死闘を繰り広げてきた僕の巫女レスラーを侮辱したのか!

 我知らず足が前に出た。

 僕は身の程を知らないどころか、足手まとい以外の何者でもないのにあの〈八倵衆〉を殴ろうと動き出していた。

 だけど、その肩を止められた。

 尤迦さんだった。

 にこにこと微笑んでいるけれど、彼女からはちょっと見ただけではわからない圧が発されていた。

 彼女もややご機嫌斜めのようであった。

 ただ、そんな僕らよりも前に進み出る人がいた。


「尤迦、京一を止めてくれてありがとう。いくらなんでも無謀な行動だからね。……ついでといってはなんだけど、キミに頼みがある」

「なにかな? あいつをぶっ倒せ、というのなら聞いてあげてないこともないけれど」

「てんを案内して、キミの目撃したという安宅船まで行ってほしい。案内するだけでいいから」


 尤迦さんは目をぱちくりさせて、


「案内するだけでいいの? 自慢じゃないけれど、あたし、世界最強の剣士だからチョー強いし戦いだって行けるよ」

「いや、いい。地元の住民にボクらが頼むのは道案内ぐらいのものだ。それ以上は必要ない」

「どうして?」

「罪なき衆生を戦って救うのがボクらの仕事さ。キミにはここまで案内してもらっただけで有難いというのに、さらにてんを連れて行ってもらおうというのだから、これ以上は頼めるはずがないだろう」


 気負いでも強がりでもなく、ただいつも通りの御子内さんだった。

〈八倵衆〉に見下されようが、そんなことはどうでもいい。

 普段の退魔業となんの違いもないのだと、態度で物語っている。

 そんな彼女をちょっと驚いた顔で見つめてから、尤迦さんは言った。


「へえ、あたし、守られるのなんて初めてだ」


 肩をすくめて、尤迦さんは僕の肩を掴んだまま少し離れた。

 てんちゃんの横まで行くと、


「行くよ、てん。あたしがあんたを目的の船まで連れて行ってやる」

「いいんですかー?」

「或子が行けっていうんだ。断る理由もないからね」

「あれま。尤迦さん、やっぱりスーパー或子先輩と仲いいんですねー」


 天然なてんちゃんの評価に対して、二人の最強は、


「「そんなことはない!!」」


 と、拒絶していたが、お互いに満更でもないらしい。

 照れた顔をしてさっさと道路の脇から山の奥へと駆け上っていく尤迦さんは、これまでの印象とはちょっと異なった感じで、年頃の女の子のようだった。

 見送る形の御子内さんは視線こそ〈八倵衆〉から離さないが、頬が赤い。

 衝撃的な邂逅をして、さっきまで対抗意識を剥き出しにしていたくせに、やはり根本的に似ているタイプなのだろう。

 

「京一は、ボクがあいつとやりあっているうちに八咫烏と〈サトリ〉をベンツに乗せてくれ」

「……了解。ロバートさんもいるからすぐにできるよ」

「頼む。さすがのボクでもあいつ相手だと手が回らないと思う」

「そんなことはない。あんな奴に僕の御子内さんが負けるはずがないさ」

「だね」


 僕は油断しないように後ろのベンツまで下がると、ロバートさんと目配せをして道端に倒れている妖怪と使い魔のもとに向かう。

 放っておいて巫女と魔僧の戦いに巻き込まれたりしたら可哀想だからだ。

 とはいっても、〈八倵衆〉も御子内さんと対峙してしまえば余計なことをしている余裕はない。

 身の程を知れ、だと?

 おまえ、御子内さんの本当の強さを知らずに勝手なことを言うな。


「〈五娘明王〉とか言っていたね」

「……貴様が知らされていない関東の秘事だ。拙僧たちとやりあいたければ、その〈五娘明王〉を連れて来い」

「まあ、だいたい想像はつくよ。レイや音子のことなんだろう。でも、今回に限って言えばボクはあいつらに譲る訳にはいかないんだ」


 御子内さんはいつもの構えをとった。


、〈八倵衆〉はボクの幼馴染のかたきなんだ。闘争して傷つくのは闘士の宿命だけど今回ばかりは敵討ちをさせてもらおう」

「なんだと?」

「おそらく、鉄心を襲ったのはここに例の安宅船を持ち込むための陽動なんだろ? そんなことのためにあんな気のいい女を病院送りにしやがって……」


 こおおおおおお―――


 息吹だ。

 珍しいことに御子内さんが本気で怒っている。

 呼吸をそこまで整えるなんて……


は全員、このボクが潰す!!」


 あまりにも雄々しい宣言に、僕は何もかも忘れて魅入ってしまうのであった。

 





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