第428話「或子と尤迦」
ちょうどお昼には目指す地域に到着した。
要するに、
「晴石の体験が事実だとするのなら、このあたりにその安宅船の通った跡があるはずだ」
大縮尺の地図を広げてロバートさんが言う。
今回限りの備品ということで、贅沢にマジックで書き込みがしてあったりして実に勿体ない。
とはいえ皆で検討するにはとても便利だった。
「でもー、尤迦さんが言う通りなら、その船って航跡が残らないんじゃないですかねー」
「確かに木々を海面のように割り進んで跡を残さないというから、探しても見つからない可能性はあるね」
「だが、人工の道路を横切って何の形跡も残さないということは考えにくいだろう。何かあるはずだ」
ロバートさんのいうことも一理ある。
森の中をまるで海のように進めるからといって、アスファルトや何かを無事に過ぎ去れるとは限らない。
オカルトというものはそこまで万能ではないということを僕は知っていた。
「包帯男の言う通りだよね。あたしが見た限り、あんなでかいものが何の痕跡も残さないなんて考えられない。きっとおかしな点はあるはずだ」
当の尤迦さんがそれを肯定する。
「そこで、これだ」
ロバートさんが持ち出してきたのは、一基のドローンだった。
少し前に自慢げに映像を見せられたことがある、〈社務所〉の特注品であった。
なんでも在日米軍が任務に使っているものと同形式らしく、値段も高いが高性能と評判の機種である。
僕の男の子回路が羨ましさを爆発させる。
「航続距離も高度もかなりのものだ。これを飛ばしてみて、何か見つけられないかを探りだす」
「八咫烏を呼べばいいですよー」
「……そういえば見当たらないね。あいつらだったらこの辺でも自由に飛べそうなのに」
すると、御子内さんが言う。
「朝方には
八咫烏は、使い魔なので道に迷ったりはしない。
それが戻ってこないということはまだ例の安宅船は見つかっていないということだろうか。
「いつまでもあんな非常識な鳥にたよってはいられん。文明の出番だ」
そういってドローンを飛ばすロバートさん。
単に趣味の問題のような気がしないでもない。
ドローンを動かしたいという彼の趣味の。
ただ、ほぼ無音で浮かび上がるドローンは中々感動するものがある。
ラジコンヘリなんかとは一味違う感覚だ。
「おおおおお!!」
御子内さんと尤迦さんが物凄く目を輝かしている。
似たもの同志なのだろうとわかった。
小学生男子の心をもっていそうだ。
あっという間に上空に登っていったドローンのカメラから送られてくる映像が、ノートパソコンの画面をつうじて僕らに届けられた。
最近は映画やドラマでも使われる、なかなか燃える映像である。
軍製品だけあって、映像はぶれないし、かなり高い高度まで上がるようだ。
「特に変なものはないですねー」
てんちゃんが食い入るように画面を見ていた。
この娘も意外と小学生男子の血を引いていそうだ。
確かに広い奥多摩の一画とはいえ、バカでかい安宅船が誰にも気づかれずに動くなんてありえそうもない。
あるとしたら何かの痕跡ぐらいはあるはずだ。
「……夜の間だけしか動かないとしても、これだけ人里に近くなればまったく誰にも見つからないということは考えられないよね」
僕はタブレットを見ながら、何かおかしな記事はないかを検索しまくった。
だけれどほとんど何も引っかからない。
「どうだい?」
「夕べの九州の地震の記事ばかりだね。ほとんどそっちの記事しかないから、奥多摩のちょっとした事件があったとしても報道すらされていないのかも。もしかして報道管制とかした?」
「いいや。余程のことがないかぎり、〈
「なに、地震なんかあったの?」
「テレビを見ればわかるだろう」
「うーん、残念ながらあたしは通俗的なものには興味がないんだよね。人里離れた山奥の出なので」
あれだけコンビニの新商品を買いこんでおいて仙人を気取られても……
ただ尤迦さんの喋りには嫌味がなく、聞いたものが楽しくなる陽性さがあった。
朗らかで天真爛漫。
底抜けに明るい人なのだ。
「九州で地震があったんですよ。だいたい夜の九時ぐらいに」
「地方のことだとこっちまで届かないね」
「でも、政府は大変ですよ。すわ、311の再来かと」
「津波が来なくて良かったよ」
まあ、まったく影響がないとはいえない。
関東の事件が掻き消されてしまっているおそれがある。
おかげでどんなに検索しても、奥多摩の情報はでてきそうになかった。
「あれ、京一パイセン、ちょっと見てくださいよー」
じっとパソコンにドローンから送られてくる画面を見ていたてんちゃんが素っ頓狂な声を出した。
彼女の指の先に確かに何かが動いていた。
「熊かな?」
「わりと大きいけど。……地元になんだから尤迦ならわかるだろ?」
「どれどれ」
画面を覗き込んだ尤迦さんは目を凝らしていった。
「あー、きっと〈サトリ〉だ」
「〈サトリ〉? 妖怪のかい?」
「うん。うちの村の近所にテリトリーを作っているんだ。あたしも小さいころに何度か山の中で会ったことがあるよ」
「―――〈サトリ〉と日常的に遭遇する環境か。斬新だな」
「別に悪いやつじゃないし。考えていることを読める程度だから、別に問題ないじゃん」
あっさりと断言できるところが、尤迦さんの怖いところだ。
ちょっと前に皐月さんとヴァネッサさんが出会ったと言っていたけれど、〈サトリ〉というのは人の心を読む妖怪で害はないがそのぶん強さは相当なものだということだった。
どんな戦士でも戦う時に心を読まれたらまず負けはしなくても不利になるしかないのだから。
普通、〈サトリ〉というだけで警戒してしかるべきところだろう。
なのに、尤迦さんは簡単に「問題ない」と言い切ってしまう。
「考えていることを読まれたら危なくありません?」
「どこがさ? 危なくなんてないよ」
「どうしてですか?」
「だって、有無を言わさぬ猛スピードで叩き斬ってしまえばいいんだから。―――なんも問題ないっしょ」
しまった。
この人、御子内さんに匹敵する脳筋だ。
「そういうもんですか……?」
「あたしならできるし」
しかも、重症だ。
とんでもなく可愛いのに、可哀想になってきた。
「ふん、戦いは速度ではなく質だよ」
「何を言っているのさ、或子は。もう敵と認識したら一刀両断してしまえばそれでいいのさ。質? プロレスしている訳じゃあるまいし」
「なんだと?」
うわ、尤迦さん。
それはきっと御子内さんには禁句だ。
ただでさえ対抗意識燃やしまくりなのに、巫女レスラーにプロレスを否定するようなことを言ったら一触即発の状況になってしまうじゃないか。
このときの御子内さんの頭の中には安宅船も妖怪〈サトリ〉のことも綺麗さっぱりなくなっていたに違いない。
出会いから数時間。
よく戦いにならなかったと思える二人が、ついにぶつかってしまうのかと覚悟したとき、
「なんか、追われているみたいですよー、その〈サトリ〉」
てんちゃんが呑気に言った。
年上二人の御乱心を無視してきちんと仕事をしているのが、このサイコパスロリータの立派なところだ。
「追われているって、何に?」
「ほら、ちょっと遅れて黒いのが追っかけている」
指さされた通りだ。
〈サトリ〉らしきものを何かが追跡している。
「ロバートさん、拡大できる?」
「やってみる」
ドローンのカメラの拡大機能が作動し、〈サトリ〉たちの映像がくっきりと画面に出た。
〈サトリ〉は下半身だけが大型の猿のような半裸の大男だったが、その手にはなんと八咫烏らしきものが抱えられていた。
ぴくりとも動かないのは死んでいるのか。
その後ろには人とは思えない動きで走る黒い影―――墨染めの衣をまとった禿頭の僧侶の姿があった。
間違いなくお坊さんだ。
それが〈サトリ〉を追いかけている。
人間とは思えない機動力を見せて。
手には長い棒―――いや、あれは……
タアアアアアアン
という音が遠くから聞こえて、同時にドローンからの映像が黒くなった。
撃ち落とされた?
だとしか考えられない。
坊さんがもっていたのは棒ではなく、見覚えのある種子島鉄砲だったからだ。
あれを使ったに違いない。
「あのドローンは高いんだぞ!!」
ロバートさんが叫んだ。
気持ちはわかるが、今はそんなことを言っている時ではない。
僕は御子内さんを見た。
「わかっている。あの坊主は―――仏凶徒だろうね。しかも、〈サトリ〉を追い掛け回すだけの力があるということは〈八倵衆〉だ」
彼女にとっては幼なじみである鉄心さんの仇でもある、狂気に満ちたカルトの僧侶が向かっているということであった。
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