第426話「世界なんかついででいいんじゃないですか」
ただ段ボール箱で五つ、かつビニール袋でもたんまりという量は、いかにベンツでも工夫しないと入りきらないようだった。
何事にも素直なてんちゃんが、手伝っているふりして茶々を入れているところはとても可愛らしい。
三人の掛け合いはまるでコントだった。
普通に見ている分には楽しいのだが、残念なことに僕の横で仏頂面をしている相棒のご機嫌がよろしくないので参加する訳にはいかなかった。
黙っているのも 耐え難いので思いついたことを適当に言ってみた。
「そういえば、尤迦さんの腰にぶら下がっていた双剣、どこにいったんだろうね」
ついさっき僕の巫女レスラーを奇襲するのに使った、あの無骨な双剣が鞘ごと消えていた。
「たゆうさんみたいに〈
御子内さんは使えないらしいが、〈社務所〉の巫女の中にはとある結界の中に保管してある武具などを引き寄せる魔術を使える人たちがいる。
かつては必須の技術だったみたいだが、最近では使いこなせるだけの巫女は減っているらしい。
僕の知っているメンツでは、おそらくてんちゃんが使えるかどうかというところだろう。
彼女はああ見えてわりと普通の媛巫女なのだそうだ。
他の連中が規格外揃いなだけかもしれないけれどね。
だけど、僕の推測に対して御子内さんは首を横に振った。
「違うね。〈引き寄せ〉をしたのなら、いくらボクでも呪力を感じ取れる。あいつがやっているのは魔術の類いじゃない」
「え、どういうこと」
「よく観てればわかる。あいつはずっと双剣を腰のベルトに佩いているから」
言われた通りに観察してみたけれど、双剣なんてどこにも見えない。
うーんと、もっと目を凝らしてみるとなんとなくボヤけているが、腰のあたりに長いものがあった。
「あれ?」
「わかったかい。あいつは、あの双剣を最初から佩いたままいるんだ」
「でも、どうやって? 呪力は感じないんでしょ? 手品―――みたいなものかな」
「違う。……やり方はわからないが、身体の捌き方と〈気〉を巡らすことで人の意識を双剣から切り離しているんだ。だから、余程注意をしないと視界に入っても認識できない。そうやって隠匿しているんだよ。あいつはたぶん満員電車に乗っても、双剣のことを気づかせないだろうさ」
まったく理解できない。
手品でも魔術でもない、僕には見当もつかない方法で武器を隠しているのだ。
似たようなことは妖怪ができるけれど、それとも次元が違う感じがする。
「雨舟村の技術は次元が違うものだと聞いていたけれど、確かにその通りのようだね。あれが天人の業と呼ばれている理由もわかったよ」
御子内さんもただ敵愾心を抱いているだけではないようだった。
尤迦さんを観察して、少しでも情報を得ようとしているみたいだった。
「―――さて、準備も整ったようだし、行こうかな。そこの二人、行くよ」
彼女が僕らを手招いた。
正直、そのメルセデス・ベンツ・W222は〈社務所〉のものだし、運転手もロバートさんなのだから尤迦さんがいうものではないと思うけど、なんというか押しの強い人だった。
主人公体質というか、高い崖の上に立って宣言するだけで場の空気の全てをもっていってしまえそうだ。
まあ、主人公チックというところではうちの御子内さんも負けてはいないが、どうにもやりにくそうだった。
誰しも自分に近い相手というのは苦手なのかもしれない。
「とりあえず行こう。道すがら、あいつが雨舟村からやってきた理由について問いたださせてもらうとしようか」
「そうだね。村への侵略と世界の危機にしか動かない人たちがやってくるなんて尋常じゃない」
―――それにたゆうさんがわざわざ僕に電話して来たのも、何か深い理由があるのだろう。
僕は今までに起きた奥多摩の事件が絡みあっているような気がしてならなかった。
龍脈の乱れ、〈金太郎〉と〈山姥〉が人里に降りてきたこと、あとで聞いたが皐月さんも〈サトリ〉という妖怪と遭遇していたそうだし、やはり何かおかしなことがあるのは間違いないのだ。
雨舟村という超越した集落があることと決して無関係ではないだろうけれど。
◇◆◇
「うちの村では手に入らない新作ばかりで大漁大漁」
ホクホク顔で戦利品を眺めて楽しんでいる姿は、さっきのとてつもない剣技の持ち主とはとても思えない。
とはいえ、ソファに立てかけられた双剣は本物の武器で、彼女はこれの達人だ。
確実に多くの血潮を吸ってきたと思しき真剣をああも自在に振るうのだからまともではない。
自称・地上で最強の剣士というのもあながち嘘ではなさそうだ。
僕が知っている中で“最強の剣士”は武蔵野柳生の総帥・柳生美厳さんだが、彼女と正面からぶつかっても互角は確実だろう。
だが、もしかしたら―――尤迦さんの方が……
「雨舟村では、新商品は手に入らないですかー?」
すでに仲良くなったらしいてんちゃんが無邪気に訊いてみた。
ちなみに彼女はもう高校一年生だ。
「まあね。うち、一応東京都なんだけど、Amazonですら配達に来ないド田舎だから、もう新しいお菓子に飢えて飢えて困っているんだよ。たまにスナック菓子を巡って仁義無き戦いが繰り広げられるぐらいなんだ」
Amazonも届かないのか……というか、雨舟村の住人って意外とお茶目なんだね。
とんでもない美少女だというのに、尤迦さんの話術はなんとなく小学生男子のものに近い。
僕の隣にいる巫女もわりとそうだけど。
「仁義無き戦いですかー」
「そうなんだよ。うちの若い連中は、どいつもこいつも喧嘩だけは無意味に強いもんだから面倒でさ。まあ、なかでも最強はあたしなんだけどね」
基本的に自分が最強でないと気が済まないタイプのようであった。
ただ彼女がそういう風に自慢げに誇るたびに、御子内さんのこめかみがぴきぴき動くのである。
御子内さんも自称・最強なので対抗心が果てしなく湧いてくるようだった。
このまま奥多摩の目的地まで保つのだろうか。
「キミの話はどうでもいい。ボクらが知りたいのは、奥多摩で何が起きているかだ」
苛立ってきたのか、御子内さんにしては珍しい突っかかるような物言いだった。
とはいえ僕もそのあたりは知りたいところだ。
世間話や雑談は置いておいて問題について検討しておかないとね。
「〈社務所〉は奥多摩のさらに奥、キミら雨舟村には近づかないように注意している。白馬の盟約というものがあるかららしいけど」
「知っているよ。うちのご先祖様がこの国の
「『雨舟のものを蔑ろにしてはならない。雨舟のものを気にしてはならない。雨舟のものを信じなければならない』。―――意味が分からないね。キミらのご先祖さまは何をしたのか知りたいところだ」
字面だけを聞くと、雨舟村の人間は過去において物凄く信頼されていたようだ。
正直なところ、僕が御子内さんや音子さんたちに抱くものと同等ぐらいの信頼を感じている。
余程のことがなければそこまでにはならないだろう。
「さあ。うちのご先祖のことだから、窮鳥が懐に入っちゃったとかじゃないかな。ついでに世界も救ったとか、その程度でしょうね」
また、大袈裟なんだか身近何だかわからない話だ。
随分巫女レスラーたちに非常識で鍛えられてきた僕だが、目の前の剣士の女の子もかなり大概である。
遠足にでもいくように世界を護ってしまう人たちがいるということかもしれない。
まず嘘をつく人たちでもないし。
「いいから、キミがどうして奥多摩から出てきたのかを説明してもらおうか!!」
御子内さんがペースを乱すなんてホントに滅多にあることじゃないよね。
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