第423話「この世は汚く薄汚い……けれど」



 鉞かついだ金太郎、熊にまたがり―――


 この人口に膾炙した童謡に登場する金太郎というのは、後に源頼光の四天王の一人となり、酒呑童子の退治に向かう勇者のことである。

 この足柄山出身の快男児は、『今昔物語集』によると、976年ら源頼光が上総国から上京したとき、相模国足柄山にさしかかったところで、向かいの山の険しい場所に赤い雲気を見つけて、そこに老婆と二十歳ほどの童形の若者が茅屋に住んでいた発見した。

 老婆に話を聞いてみれば、「夢の中に現れた赤い竜と通じ、産まれた子がこの若者なのだ」と言う。

 あまりにも立派な体格を見て、頼光は若者を坂田公時と名付けて家臣にしたという。

 足柄山は現在の静岡と神奈川の県境にある山だが、そこから金時山とも呼ばれているが、この話に似た物語は日本中に存在する。

 共通するのは、山に住む恵まれた体格をした怪童とその母である老婆の存在である。

 特に、老婆については様々な事情から里を離れ、たった一人で山奥に暮らしていることからほとんどの場合〈山姥〉と同一視されている。

 日本においては、姥捨て山の伝説にも見られるが、人里離れた山奥にうち捨てられた女の物語が数多く伝わっている。

 それは私生児を産んでしまった女への迫害であり、また、迫害されても子を立派に育て上げた母への賞賛でもあろう。

 だが、深山幽谷において、本来育つはずのない子供がすくすくと育つというのは、衛生や栄養面で不安のあった過去においてはまずありえないことであり、同時に山中に捨てられた子がたまたま生き延びて妖怪と呼ばれてしまうことにもつながっていく。

 そして、実際の生きているわらしだけでなく、人の立ち入らぬ山奥で子供の姿をもった妖魅が〈山姥〉によって育てられ、一体の巨大な大男に育てられる妖怪が〈金太郎〉と称されていくのも当然の流れであったのかもしれない。

 人ではなく妖魅に育てられた怪異。

 それが〈金太郎〉なのだ。

 だから、この怪童のような妖怪と育て上げる母役の〈山姥〉はセットで語られるのである……



               ◇◆◇



「……彼らはこの人里近くまで不用意に下りてきた〈山姥〉を偶然見つけて、してはならない思い付きを実行に移したんです」

「―――だいたいわかりました」

「ええ。おぞましく、嫌らしい、人間としても最悪の所業をゲームとして始めたんです」


 僕はあの時に見た恐怖に震える〈山姥〉の全身にあった赤い痣を思い出した。

 あれは間違いなく―――BB弾に撃たれた痕であった。


「人間狩り。―――いや、妖怪狩りというべきなのかな。とにかく、獲物を雇ってサバイバルゲームのキツネ狩りとかをしていただけで飽き足らず、認知能力のない障碍者まで攫って的にしていたような外道な連中には、見た目が不気味で反撃もしない老婆の妖怪なんていいターゲットだったのでしょう。他のゲーマーがこないのをいいことに、彼らは時間を掛けて〈山姥〉を追いかけて、エアガンで撃って、弄んだ」


 きっと楽しかっただろう。

 無抵抗のものをいたぶるのが天上の甘味のように考えているバカはどこにでもいるのだから。

 ただ、そんなふざけた遊びが許されるはずもない。

 理不尽な迫害から逃れようと悲鳴を上げる〈山姥〉の助けを求める声は、彼女の子供を呼び寄せたのだ―――すなわち〈金太郎〉を。

〈山姥〉と〈金太郎〉。

 セットで語られる妖怪たちなのだから、当然、すぐ傍にいてもおかしくない。

 母を助けるためにやってきた〈金太郎〉は、報復を開始した。

 狩りたてていたものたちは、逆に狩られる側になった。

 BB弾に怯える相手ではなく、そんなもの蚊が刺したほどにも無意味な存在が本気で襲いかかったのだ。

 一晩かけて、ただ一人を除いて、ゲーマーたちは狩りつくされた。

〈裏柳生〉の忍び達が方々から運んできた十人近いゲーマーは、命に別条こそなかったものの、四肢の骨は折られ、破裂した内臓もあり、打撲がいたるところにあるという無残なものだった。

 無残?

 それをいったら、彼らのターゲットにされたものはもっとヒドイ目にあっていたであろう。

 あとで〈社務所〉が調べたところによると、彼らが知的障碍者を玩具にしていたのは事実であり、何人も車で拉致されてはGPSをつけられてをさせられていたらしい。

 散々痛めつけたあとで、メンバーの中にいる医者の卵の実家の病院で治療してそのあたりに捨てていたのだという。

 メンバーがそれぞれいいところの坊ちゃんばかりで、金やコネでなんとかなると思っての所業だったようだ。

 だから、〈金太郎〉にぶちのめされても可哀想などとは思えなかった。

 こんな嫌な奴ら、どうなったって文句は言えないだろう。

 命は無事だったんだから。

 

「……京一、顔が怖くなっているぞ」

「ごめん。ちょっと僕は厭な人間になっていた」

「気持ちはわかる。ただ、キミはあいつらを護る必要はなかったが、関係ない連中はきちんと助けたじゃないか。それでいいとボクは思う」

「―――なんとも言えないや」


 だいたい予想通りだったことと、死人が出ていなかったということだけをもって、僕は〈金太郎〉と〈山姥〉の助命を求めた。

 退魔組織である〈社務所〉の方針では、これだけ派手に暴れたのだから〈金太郎〉は処分されるか封印されても仕方のないところだけれど、僕はどうしても見逃してあげたかった。

 あのとき、サバイバルゲームの格好をしていた僕を睨んでいた〈金太郎〉の真の感情を知った今となっては、こいつの方が犠牲者としか思えないからだ。

 悪いのはニンゲンなのだ。

 だから、土下座をした。

 御子内さんと美厳さん、そして命がけで付き合ってくれた霧隠に。


「―――もう人里に下りるのが懲り懲りということで、二度とこっちにやってこないのならいいんじゃないですか」


 霧隠は呆れたような顔で肩をすくめた。

 とりたてて反対する様子はない。

 御子内さんも美厳さんも。


「ありがとう」


 僕は腹の傷を押さえながら逃げるように去っていく〈金太郎〉と〈山姥〉の親子を見送りながら、もう一度頭を下げた。


「このサバイバルゲームのフィールドはしばらく閉鎖だな。結界とか張り直すまで、立ち入り禁止にするよ」

「赤嶺くんとお兄さんたちが嫌がるかも」

「仕方ないよ、もともとここは山の中。妖魅の棲家さ。人間が侵していいところじゃない」


 彼らにどう説明するか、それだけが難点だったが、まあそこまでミッション・インポッシブルという訳でもないだろう。


「―――京さん、とりあえずしばらくは高校に通います。これから、よろしくお願いします」

「うん、まあ、いいよ。桜井と喧嘩するなよ」

「あいつは気に食わないですが、我慢します」


 僕と霧隠の間に普通の友人関係ができそうなのも結局は良かった。

 ただ、この会話を聞いたごく一名が……


「むむむ、ボクが知らないうちに悪い虫がついているんじゃないだろうね!」


 訳のわからない誤解をしていた。

 霧隠は確かに美少年で子供っぽい容姿だが、言動なんかは男そのものなのでそういう勘違いは止めて欲しい。


「ふん、御子内或子。おれが京さんとどれだけ仲良くなろうが、他校のおまえが知ったことではないだろう」

「ほお、このボクにここまで敵愾心を燃やすということは、意外と図星ということか、霧隠の忍者め。語るに落ちたな!」

「これだから脳筋の巫女は……。鉄心さんが嘆いていた理由もわかる」

「あ、アニマの方が、ボ、ボ、ボクよりも酷い脳筋じゃないか! 言いがかりをつけるのはよしてもらおう!」


 ……御子内さん、意外と繊細なJK気取りだから体育会系とか思われるの嫌がるんだよね。

 まあ、言動とかで悉く裏切っているけれど。


「キミの方こそ、男の癖にボクの京一に色目を使って!」

「色目なんか使っていない! 誤解するな! おれは純粋に京さんの人柄につけこんでですね!」

「つけこむ気満々じゃないか!!」


 桜井の次は、今度は御子内さんか。

 霧隠は僕の回りをかき乱しに来たのだろうか。

 うるさいなあ、もう。


 僕は後ろを見た。

 奥多摩の山々がどでんと横たわっている。


「……でも、どうして〈山姥〉はこんな人里近くにまでやってきたのだろう。以前、聞いた〈金太郎〉とかの目撃例はもっと山奥だったはずなのに―――」


 足元を地球の霊的エネルギーである龍脈レイ・ラインが走るこの奥多摩では、以前から不思議な現象が立て続けに起きていた。

 もしかしたら、それが今回の事件に何か関係があったとしたら……


(僕と御子内さんの退魔業にも―――とんでもない影響が出るかもしれないな)


 そんな嫌な予感が胸の奥で騒めいていた……



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