第420話「妖怪〈金太郎〉」
悲鳴が聞こえてから少しして、ゲームの中断を知らせるホイッスルが鳴った。
全員に支給されているものなので誰が鳴らしているかはわからないが、だいたいの位置は把握できる。
僕が撃ち殺した二人が今までの経験から教えてくれたのだ。
「多分、敵の陣地の右翼だな」
「何かあったのか?」
「笛なんて珍しいこともある」
僕は二人に連れられてそっち目掛けて走り出した。
「悲鳴みたいなの、聞こえましたよね?」
「あれも意味不明だな。女の声っぽかったが、今日のチームには女っていないはずだぜ」
「例の戻ってきてないバカどもかな」
「そっちの方がありそうだ」
脳裏に浮かぶのは霧隠のことだ。
あの忍びが何かをやったのかもしれない。
もしくは、さっき話に出た〈金太郎〉と〈山姥〉か。
隣の大学生たちほど楽観的ではいられない。
「なにがあったあ!!」
ほんの数分もかからず、僕らは悲鳴と笛の発信地点に辿り着いた。
他にも数名駆けつけているので、残りもおいおい集まってくるだろう。
人の輪の中心に立っているのは、霧隠と蹲って伏せている襤褸切れを纏った細い人影だった。
霧隠がSMGの銃口をぴくりとも動かさずに向けていた。
「霧隠!?」
「あ、京さんも来られたんですか」
「何があった? ……その……ヒトは?」
ヒトという単語にアクセントをつけて、別の意味を与える。
意図を読み取ったのか、霧隠は言葉を選んで言った。
「―――わかりません。こんな山の中を徘徊しているので、もしかしたら異常者の類いかも」
「君、とりあえず銃を向けるのはやめろ。怯えているぞ」
「すみません。みなさん揃ったのでもういいですねよ。下ろします」
言葉はともかく殊勝さはほとんどない顔つきで言う。
「あんた、大丈夫か」
一人が片膝をついて、伏せている相手に問いかける。
頭を抱えて呻き声を発し続けるだけで何も反応しない。
ぶるぶると身体を震わせ、恐怖でこちらをみないようにしているとしか思えない。
実際そうなのだろうが、まるで僕らが囲んでイジメをしているようだ。
そんなつもりもないけど、とても見た目が悪い。
「……奥多摩とはいっても、こんな季節にこんなところで何をしてたんだろ」
「服装からするとホームレスみたいだけど」
「ホームレスってこんな山奥にか。遭難して何年も経っている人って感じだぞ」
「女っつうかお婆ちゃんみたいだな」
ボサボサの髪からたまに覗いてくる眼は、どうみても正気を保っている人間には思えない。
それに、どこか歪さを思わせるまとった空気。
妖魅か、それに準ずるものの気配だ。
「……〈山姥〉です」
「そうなの?」
「おれも初見ですけど、伝承で聞いたことはあります」
「僕は〈山姥〉みたことあるけど、こんな弱々しくはなかったな。もっと、凶悪でおっかない連中だったよ」
霧隠とボソボソと喋っていると、遅れてやってきた桜井が赤嶺から離れてすっ飛んできた。
「おいおい、
「誰が親友だよ」
「そうですよ、図々しい」
「黙れ、新入り。―――おい、升麻。こいつ、フレンチリップスの……明日翔んところにいた化け物と同じやつじゃねえか?」
そういえば桜井もあの〈山姥〉の巣の事件の当事者だった。
「同じに見えるの?」
「見えんだろ。……怖くはねえが。いや、別の意味でこええ」
つまり危害を加えられそうな相手ではないが、存在自体が怖いということか。
確かにこんなに怯えられると同情よりも引く。
タタタタタ
と電動ガンが前触れもなしに鳴った。
「あ、すまねえ。
落ちていたものをとろうとした人が誤って引き金を引いてしまったらしい。
たまにある事故だ。
実銃だと洒落にならないが、BB弾なら目にさえ当たらなければ問題ない。
だが、その音を聞いて蹲っていた汚れた〈山姥〉かもしれない女がまたも「うわああああああ」と叫びながら這いずって木陰に隠れた。
ものすごい勢いで木に抱き付き、さらに震えはじめる。
「霧隠、あの手を見てくれないか」
「……赤い痣がついていますね」
「脚とかはどう」
「こっちもです」
「なるほど」
あの赤い痣の正体は一つしかないだろう。
この怯えようから誰でもわかる。
しかも、さっき保護されたゲーマーたちの噂を考えると……
(でも、僕の想像が当たっているとすると、この状況はとても悪いことになる。……まだ巫女の誰も来ていないのに)
そして、僕の悪い予感は的中する。
『ギィィィィィヤヤヤヤアアアア!!』
〈山姥〉のそれを掻き消すような、まさに咆哮が周囲に轟く。
すべての視線がそちらに向けられる。
むしろ見ずにはいられなかった。
最初は熊でも出たのかと思った。
だが、すぐに異常を悟る。
小山の中腹にある崖の上からこちらを睥睨する一人の大男の姿だった。
しかも、ただの大男でないことは一目瞭然だ。
「なんなんだ、あの赤い腹巻!」
「おい……なんだよ……」
胴体よりも長い
人間と同じ四肢を持つが、狒々を思わせる歪みが全身を異形に狂わせる悪魔のような怪人だった。
言われてみればさっき保護されたゲーマーの証言が正確なものだったと納得できる。
そして、妖魅特有といってもいい黄色く濁った双眸。
間違いなくあれは妖怪だ。
霧隠の言うことが正しければ〈金太郎〉という妖怪。
それが僕らの眼前に出現したのだ。
明らかに敵意といってもいい憎しみを向けながら。
「逃げた方がいい!! あいつは危ない!!」
僕は叫んだ。
ゲーマーのリーダーでもあった赤嶺兄と小林さんの肩を掴む。
〈金太郎〉に驚いている彼らを正気に戻さなければならないからだ。
ただ、それよりも早く妖怪は崖から飛び降りてこちら目掛けて四足で走り寄ってきた。
あんなのに襲われたら下手をしたら皆殺しだ。
―――仕方ないか。
僕は前に進み出てL96 AWSを構えて撃つ。
スナイパーライフルではあまり意味がないけれど、立射をするために腕ではなくて腰をまわしながら射撃しつつ、みんなよりも前に出た。
オフハンドなので命中は期待できないが、やりたいことはさっき受けた命令と同じだからそれでいい。
〈金太郎〉が僕を標的としたのはわかる。
だから、そのまま走り出す。
対角線上に、ゲーマーたちと〈金太郎〉の間を横切るようにして。
「みなさんは絶対にガンを撃たないようにして逃げてください。出来たら、迷彩柄の物も捨てて!!」
「どういうことだ、升麻!!」
「あいつはサバゲーマーを狙っているんだ! だから、エアガンとスーツを着ていなければすぐには追ってこないはず! 急げ!」
「おい升麻!!」
僕はちらりと桜井を見て、
「あいつはこないだの怪物どもと一緒だ! 僕が囮になるからみんなを逃がせ」
「ふざけんな、てめえ!!」
「頼んだ、親友!!」
「なっ!」
叫ぶともう何も言わずに走り続ける。
ときおり、L96 AWSを撃ちながら目立つように。
そして、予想通りに〈金太郎〉もおってくる。
「よし!!」
みんなは逃げられるだろうか。
囮としての役割を果たせればいいけど。
タタタタタタタタタ
聞き慣れた発射音が後ろからした。
振り向くと、すぐ後ろに霧隠がいた。
「……付き合います。囮役は
なんだかんだいってついてきたのか。
まったく仕方のない奴だよね。
「お手伝い、頼む」
「了解です」
狒々のような妖怪と僕らの追いかけっこの始まりであった……
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