第418話「霧隠突貫」



 今回のサバイバルゲームのフィールドとなるのは、中央にちょっとした丘陵のような小山がある林の中だ。

 四月の奥多摩なのでかなり肌寒く、ところどころに冬の名残りである雪が溶けないでいた。

 ここを使うことができるのは、今週からだということで、参加者はとても笑顔だった。

 とても楽しみにしていたみたい。

 迷彩服とごつい銃という怖い姿だが、楽しみで仕方がないんだろうな。


「スナイパーくんは、渡した地図のC5にブッシュがあるから、そこを陣取ってみてくれ」

「はい」


 さすがに場所に慣れた人たちらしく、地図も読みやすくよく考えられたものだった。

 作戦も初心者向けでとてもシンプルだ。

 オープニングゲームということもあり、勝算度外視の真っ向勝負といったところだった。

 三隊に別れて中央と左右から特攻するだけ。

 実戦だったら参謀本部は叛乱されているね。

 最も分厚い中央に赤嶺と桜井が、左翼側に僕と霧隠が配置された。

 初心者のスナイパーがいるということで、ほぼ左翼は捨てることになりそうだ。SMGの霧隠もいるから、仕方ないと言えば仕方ない。

 僕たちと一緒にいく二人もそれほど経験者という訳ではなく、囮役ということで派手に行動をとるように言われていた。


「霧隠はどうする?」

「セオリーなら、京さんの護衛をするところです。でも、遊びですから」

「好きにすればいいんじゃないかな。忍びが自在に動き回ったらどういうことになるのか見てみたい気がするし」

「本気は出せません。素人では認識できなくなります」

「だろうね」


 美厳さんのところの忍びを思い出せばすぐにわかる。

 場合によっては電子機器でなければ捉えることのできないとてつもない隠行の術を持っているのが忍びだ。

 またビルの上を飛び回るフリーランニング、やや違うがパルクールなどの達人を遙かに凌駕する敏捷性も有し、一般人では太刀打ちなどできるはずがない。

〈裏柳生〉が実戦部隊であることを差し引いても、〈社務所〉で退魔巫女の補助をしていた忍びであるのならば、その実力は推して知るべしというところだろうか。


「忍びを知ってるンですか?」

「柳生のね」

「あー、武蔵野柳生の縄張りでしたか。でも、天下の飛騨者と柳生を同格扱いしないでください」


 確執があるっぽい。

 僕には想像もできない世界だけど。


「あなたは柳生とも親交があると聞いています。顔が広いのですね」

「そうでもない」


 どうやら忍びの流派は対立関係にあるようだ。

 根来忍びの出身の陣内さんが、なんだかんだ言って美厳さんにつっかっていたのはやはり因縁と確執があるからか。


「じゃあ、とにかく隙をみて暴れてみます。でも、全滅させてしまっても構わないのですよね」


 自信満々にSMGを抱えて霧隠は消えていった。

 途中から気配を消していたので、どこにいったのかすらわからない。

 まるで霧の中に入っていってしまったようだ。


「やっぱり、霧隠ってそういう名前なのかも……」


 史上、十本の指には入るだろう有名な忍者のことが脳裏に浮かんだ。

 確かにあんなのを認識できるのは、御子内さんとか皐月さんぐらいの勘働きの怪獣みたいな人たちだろう。

 野生動物ですら瞞されるかもしれない。

 接近されてBB弾をばらまかれたら一巻の終わりだ。

 合わせておいた時計が時間となる。

 とりあえず制限時間は一時間。その間に敵のフラッグを獲らないとならない。


「頼りにはなるんだよね。信頼はさておき」  


 僕は地図を見て、指示された場所からこっそりと離れた。

 ここを狙撃ポイントにするのは愚の骨頂だ。

 だって、相手側だって同じ地図を持っているはずだし、経験も豊富だ。

 僕がスナイパーだということもわかっている。

 で、あるのならば、ここに僕が潜むであろうことは確信しているはずだ。

 初心者だしね。

 つまり、こんなところに長居するのはしにやすくなるだけ、なんとしてでも避けないと。

 そろりそろりと腰をかがめて移動する。

 狙撃ポイントということは、逆に裏をかかれる場所も限定されるという意味だ。

 地図ではわかりにくいが、長年FPSをやってきたことによる戦術眼のようなものを駆使して、あそこにいる僕を襲う敵を撃てるポイントに移動する。

 

 タタタタタタ


 耳を澄ますと、電動ガンの射撃音が聞こえてくる。

 戦いゲーム始まっている。

 ものの本によると、サバゲーの初心者は突撃するか慎重になりすぎてのろのろとしか動かないかのどちらかになりやすいらしい。

 戦力としては頼りない存在だ。

 こちらのリーダーが僕らを囮役にするだろうことは、おそらくあっち側も読んでいる。

 付き合いの長い友達だから。

 なら、数を減らすために囮をさっぱりと初手から殲滅すること戦術としてはアリだ。

 実際、五分後にはどこから来たのかわからないが、二人の敵がバイタルエリアに侵入してきた。

 慣れた動きで、ツーマンセルだ。

 追随がいないということは、この二人だけでの強行偵察、もしくは迂回攻撃要因だろう。

 二人は急いで素早くゆっくり突撃してきて、あっという間に狙撃ポイントの裏に回り込み、ほとんど確認もせずに弾丸を撃ちこんだ。


「なに?」


 驚いている。

 そこにあったのは、僕の上着と銃に模した棒だけだったからだ。

 霧隠ではないけれど、空蝉の術ということである。

 さりげなく囮の案山子を作っておいたのだ。

 レギュレーション的にはアリの戦法である。

 

 タン タン タン タン


 二人が驚いている隙にL96 AWSを撃った。

 ボルトアクションでなくて良かった。

 おかげでなんとか下手な射撃でも二人に命中した。


「ヒット!」

「あー、やられた。―――ヒット」


 潔く手をあげる二人。

 ゾンビになったり悪罵を吐いたりするような人でなくて良かった。


「やんなあ、スナイパーくん」

「ほんまに初心者? 使うなんて初心者じゃないだろう。油断したあ」


 どうもこのポイントは一応既知のものらしい。

 さすがに一筋縄にはいかないか。


「ダブルキルされるとは恥だな」

「まったくだ。これだから反撃してくる敵は面白い。逃げるだけのキツネ狩りなんかつまんねえよな」

「だから、あいつらクソ弱えんだよ。金でキツネ雇ったりするしかねえんだ」


 いつまでも死人と喋るのも問題だけど、僕には引っかかるものがあった。


「もしかして、それはさっき保護された人の所属しているグループなんですか」

「それだよ。キツネ狩りばかりやってて、行き場のない家出少女とかまで大枚はたいて雇って獲物にしてたらしいぞ」

「知的障害を攫ってきて的にしてるって噂もあったぞ」

「怪しいブリーダーから大型犬買ってきて殺して遊んだとか悪い話は枚挙に暇がないな」


 インテリだな、この人たち。

 ただわかったことは、まだ戻っていないグループはまともな人たちではないということだった。

 その時……


「うわああああ!!!」


 何かの悲鳴が轟き渡った……






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