第417話「妖魅の潜むフィールド」



 朝になって保護されたサバゲーマーを警察に連絡するかどうかで議論になったようだけど、元々泊まり込みでゲームをする予定だったらしいことなどから、あまり真剣には捉えてもらえずに彼はとりあえず病院につれていかれることになった。

 僕らは不穏な予感を抱いていたが、他の三十人近い参加者がやる気満々なために、帰ることはできそうもなかった。

 以前のあの怪異のことを思い出すと、絶対に逃げるべきだと思ったが、僕たちよりも年上の人たちを説得する術はなく、赤嶺のお兄さんもいる状況を見捨てることもできない。

 少なくとも、赤嶺と僕にはその選択肢はない。

 桜井はかなり嫌そうだったが、どうも本気で僕を置いていくことができないらしく、意識をサバイバルゲームを愉しむ方向に切り替えたらしく、色々とカラ元気を見せていた。

 このあたり、例の妖怪ガールズバーでの経験が多少は成長させたらしい。

 あのとき、なんだかんだ僕を助けようとしたところは評価してあげてもいい。

 問題は―――


「霧隠はどうするの? 帰る?」


 僕たちについてきたこの〈社務所〉の忍びの扱いだった。

 御子内さんのおまけにすぎない僕と違って、きちんと退魔の勉強を受け、さらに戦闘能力もあるだろう彼がどうするか、である。

 そもそもここにいる根拠さえ薄弱なのだから。


「残りますよ。サバイバルゲーム、楽しそうじゃないですか。俺、初めてなんです」

「……妖魅がでそうだよ。それでも?」

「では、御子内或子に連絡しますか?」


 質問に質問で返された。


「御子内さんたちにはメールだけは出しておくよ。僕は何かあったときのためにこれに付き合う」

「―――どうしてですか? 正直、俺ならともかく、京さんはもし妖怪に遭遇したら危険です。お帰りになるのなら、一刻も早い方がいい」

「危険は承知だけど、御子内さんたちもすぐには来られないからね。せめて、彼女たちがやってくるまで様子をみないと」


 霧隠はそんな僕を興味深そうに見た。

 あえて表現するとしたら、笹じゃなくて水餃子を食べているパンダを目撃したような感じである。

 敦盛を舞うチュパカブラでもいいけど。

 とにかく変な行動をとっている珍獣をみれば、誰でもこんな顔をするに違いないという顔だ。

 まあ、僕のことを珍獣扱いしていることは変わらないけれど。


「京さんがいても、どうにもならないかもしれませんよ。さっきの話が正しい情報であるのなら、この人里に近い場所に〈金太郎〉が出ているみたいですから」

「〈金太郎〉? それって妖怪なの?」

「普通の人だと童謡の金太郎しか知らないでしょうが、こういう人里の傍には出やすい妖怪なんです。特に、〈社務所〉の報告によれば、現在の奥多摩では龍脈が活発化しているみたいですから、〈金太郎〉と〈山姥〉が姿を見せても不思議はないです」


 そういえば、その二つについては以前御子内さんから聞いた覚えがある。

 奥多摩には〈金太郎〉と〈山姥〉がでるって。

 あと、白馬峠の雨舟村とか。

 この間確認された龍脈の乱れについては、きっと何らかの対策が練られたはずだけど、それが功を奏しているとはちょっと思えない。

 僕たちのあの調査がもう少し的確であったのならば、今回の事件も起きていないかもしれない。

 ―――いや、だめだ。

 こういうことばかり考えていると、〈絡新婦〉のときのように後ろ向きなことばかり考えるようなもことになる。

 痛いほど悟ったじゃないか。


「きっとでるだろうね。僕の勘がそう囁いている。でも、ここの人たちはそんなことを警戒していない。何かあったときに動けるのは、僕しかいない訳だよ。もちろん、君を除けばだけどね」


 赤嶺と桜井も他の人よりはマシだろうが、いざというときにどれだけ動けるか未知数だ。

 だから、確実に、即座に、的確に動くことが可能なのは僕だけ。

 御子内さんたちが最速で動いても二時間はかかるだろう。

 露払いは無理でも、せめて、人助けぐらいはできなければ、誰にも顔向けができないというものだ。


「おーい、憲吾の友達たちぃ。そろそろ、やるから集まってくれー」

「はーい」


 手をあげて、僕は木に立てかけておいたL96 AWSを背負う。

 予想よりも重くない。

 普段から〈護摩台〉の設置で重いものを持ち慣れている僕からすると、軽々と振り回させる程度のものだ。

 さっき試しに撃ってみたが、わりと性能はよさそうだった。


「うまいな。ポップ最弱に設定しておいたけど、それでそこまで集弾できればたいしたものだ」


 銃を貸してくれた赤嶺兄の友達のレクチャーを受けて、使い方をマスターした。

 才能はあると言ってもらえたので、ちと嬉しい。


「よし、一応、最初は初心者にもわかりやすくフラッグ戦をやろうか」

「難しいのはまたあとでいいだろ」


 ここはフィールドが広いこともあって、専用の戦場だけでなくて、小さな山を挟んで敵の陣地にあるフラッグを奪取した方が勝ちというルールでいくらしい。

 十五対十五に分かれて、半分は車で移動して、時間を合わせてスタート。

 敵が護っているフラッグをとって、大きな音の出るホイッスルを鳴らした方が勝ちというシンプルなルールだ。

 ゾンビ禁止、ヒットコール必須、セーフティゾーン遵守などを教えてもらい、僕らは準備を終えた。

 チーム分けはされず、四人が一緒になった。

 ちなみに僕ら以外にも初心者がいたらしくて、彼らはあっち側の山を越えた陣地に配置されていた。


「フラッグ戦は聞いたことがあるな。すぐにイメージできたわ」

「そうだね。霧隠は?」

「桜井さんがわかるんですから、俺にわからないはずがないです」

「おぅおぅおぅ、新入りの癖につっかかるじゃねえか。てめえ、月にかわってお仕置きすんぞ、コラァ」

「水でも被って反省させてあげましょうか、あああん」


 ちょっとした雑談の間でもすぐにやりあうのは止めて欲しい。


「―――他にはどういうのがあるの? ゲームって」

「全滅戦とか、大将戦ってもある。皆殺しか大将暗殺がゴールなのはわかるな。あと、スパイは誰だとか、ハンドガン縛りとか、色々バリエーションはあるな」

「へえ」

「フラッグ戦が飽きたら、他のルールをやってもいい」 


 僕の好きなコール・オブ・デューティでもあるルールなので馴染みがあるといえばある。


「まあ、俺たちのグループではキツネ狩りは嫌われているからそれはやらないけど」

「キツネ狩り?」

「二~三名のキツネ役を用意して、フィールドを逃げ回らせてそれを全員で追うというゲームだ。正直、人間狩りみたいなもので趣味が良くないから人によってはホント嫌がられている」


 確かに、そんなのは遊びっぽくない。

 イジメに近いし、強制的にキツネ役にされたとしたらただの暴行か傷害罪だ。

 赤嶺もまっすぐな性質だし、小林さんなんかも気が優しい人のようなので、そんな趣味の悪い遊びはイヤがるだろう。


「……さっき、保護されたクスリやっているって言われてたプレイヤーの所属しているチームがここでよくやっていたんだよ。そんなに大人数じゃないから、そういう遊びに耽溺してたんだろうが。趣味が悪過ぎてさらにドン引きされたって話だ」


 悪趣味すぎて付き合いきれない。

 対等な撃ち合いならともかく、まるでイジメみたいな遊びを楽しむ思考回路が理解できない。

 あんな目にあったとしても同情はできないかもしれない。

 ただ、もう朝の十時近くになって残りのメンバーが戻ってこないというのはさすがにおかしい。

 僕の勘はそこに引っかかっていた。


「―――とにかく赤嶺。気は付けなよ。なんだか、前と似た感じがするからさ」

「わかっているよ。兄貴にもそれとなく言ったけど、ゲームが楽しくて耳に入っていない感じだ。悪いな、升麻。あの娘は呼んでくれたのか」

「メールはしたけど、どうなるかはわからない。来ないという考えでいた方がいいよ」

「まあ、そんなに都合良く着てくれるヒーローはいないか。女だからヒロインか。……とにかく、希望があるだけマシか。じゃあ、そろそろゲームに入るか」


 赤嶺がLMT タクティカルライフル 7インチを背負って立ち上がる。

 G&Pの製品で、とにかく性能がいいらしい。

 これがあるからFA-MASは桜井に貸したのか。

 よくわかった。


「升麻、ゲームだけに集中すんなよ」

「わかっているさ」


 そして、僕らは当初の気楽さからはだいぶ離れたサバイバルゲームに望むことになったのである。

 

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