第416話「またまた奥多摩」



 奥多摩駅に来るのは、わりと久しぶりだった。

 前回は御子内さんという超絶美少女と一緒だったが(とはいえ修験者のコスプレみたいな格好をしていたので恥ずかしかった記憶がある。まだあの時の僕は若かった)、今回は同級生の男だけでしかも四人という部隊編成である。

 しかも、何だか知らないが、そのうちの二人はひどく険悪という波風立たない人間関係を望む僕の性格とは裏腹の関係であった。


「あんだ、てめえ。新入りの癖に親友同士の楽しいレクリエーションに割り込んでくんじゃねえよ」

「誰が親友なんですかね? 京さんの雰囲気からすると、あんた、嫌がられてんじゃないんですか」

「は、誰が誰を嫌がっているって? 節穴野郎め。俺と升麻は親友にしか見えねえだろうが、あああん?」


 と、顔を近づけてメンチを切り合っている二人組が非常にうっとおしい。

 どちらも僕には心当たりも何もないのに、いつのまにか双方親友気取りでついてきているのだ。

 ガンのつけ方が古いヤンキー漫画みたいで僕の方が居たたまれなくなっていた。

 国分寺駅で集合したときから、ずっとこの調子なのである。

 途中の立川で一緒になった赤嶺も困惑していた。


「―――なあ、升麻。おまえ、変なやつに良く好かれるタイプだったんだな」

「言わないで」


 よく考えなくても、スマホの連絡履歴を見れば僕の偏った付き合いがわかるというものだ。

 御子内さんたち〈社務所〉の関係者、〈裏柳生〉の関係者、肉体労働系のアルバイト先の人たち、あとは最悪なことに江戸前のタヌキたちetc etc……

 傍から見れば広い人間関係なのだが(人でもないのがいるけど)、どれも普通ではない人の割合が極端に多い。

 LINEにいたっては、音子さんかヴァネッサさん、〈分福茶釜〉とか〈八ッ山〉とかばかりなのだ。

 ―――僕ってもしかして普通ではないのかも。


「ところで、升麻。本当にそれでいいのか?」


 赤嶺が貸してくれた僕のサバイバルゲーム用の銃のことだ。

 かなり銃身が長い。


「東京○イのL96 AWSって奴だが、おまえの希望通りに30~40メートルは飛ぶぞ。規制された後だけど、ちょっと改造してあるそうだ」

「誰かに借りたの?」

「兄貴の友達の社会人の人だ。もう随分と昔からサバゲーやっているベテランだ」

「へえ……」

「だけどよ、スナイパーなんて初心者にはきついぜ」

「僕はこれでも何度か経験あるから大丈夫」


 赤嶺がたいていのエアガンは貸してもらえるというので、僕がリクエストしたのはスナイパーライフルだった。

 できる限り射程が長いものという条件で。

 一昨日聞いた話なのに用意してくれるとはありがたい話だった。


「サバゲーのスナイパーって意外とハードだぜ。機動砲台でもあるしな」

「うーん、まあFPSで動きはわかっているからなんとかなるさ」

「ゲームと一緒にすんなよ」

「そうでもないさ」


 赤嶺はもう電車に乗ったときから、迷彩服をばっちりと着ていて、いかにもサバゲーマーだとわかる格好だった。

 さすがに顔は晒しているが、職質も免れなさそうだ。

 僕はバイト用のツナギ、動きやすさを重視している。

 結局は現地に車で行く赤嶺の仲間たちに一式借りる予定なので、荷物自体はそんなにない。

 後ろでずっとメンチ切り合っている二人組はもう少しラフだ。

 ともに僕よりもサバゲー初心者のはずである。


「……桜井と霧隠は、銃はどうしたの?」


 霧隠はカバンの一つをもって、


「用意しました。昨日、ブキヤで買ってきました」

「武器屋? そんなのがあるのか?」

「多分、立川のコトブキ屋のことだろ。北口にある」

「ああ、昔行ったことがある。第一デパートのプラモデル屋さんか」

「もう随分と前に第一デパートがなくなって、別のところに自社ビル作って営業してんだよ。秋葉原にも支店があるんだ」

「へえ」


 立川市はある意味では多摩のオタク御用達の町である。

 アニメ○トやとらのあ○といったマニアックな店がたくさんできているからだ。


「H&K G3 SASじゃねえか。SMGは秋葉のAS○BIBAとかならともかく、今日みたいな山の中だと使い物にならないぞ。昨日、説明したよな」


 確かにH&K G3はコンパクトで弾が多いが、接近が難しかったり遮蔽物が多い場所では使いにくい武器だ。


「大丈夫です。おれ、動きに自信があります」

「……動きって、山ん中だぜ。説明したと思うが、平地にフィールドを作ったようなものじゃなくて、わりと普通に山狩りみたいな感じになる。SMGじゃ接近するだけで見つかっちまう」

「仔細なしです」


 妙に自信満々な霧隠を説得する気は赤嶺にはないらしい。

 それ以上の追及はしなかった。

 諦めたのかもしれない。

 ただ、僕には霧隠の言い分が理解できた。

 名前からある種の職業を連想してやまないというだけでなく、僕は〈社務所〉の関係者から霧隠の正体を聞き及んでいたのだ。

 実のところ、彼は、飛騨の忍術集団―――霧隠家の忍びだという。

 江戸時代に出身の飛騨から離れ、江戸に隠れ住んだ忍びの一族の末裔であり、なんらかの理由で〈社務所〉で忍びとして働くことになったらしい。

 霧隠は静岡で豈馬鉄心さんの補佐をしていたらしいが、他の霧隠一族は禰宜として数人が〈社務所〉で働いているということだった。

 なるほど、美厳さんのところの〈裏柳生〉ほどではないが、それに近い情報集集能力があるのはこの一族のおかげなのか。

 そして、忍びである以上、敏捷性は折り紙付きであろうし、それだったら接近戦が主体のSMGでも問題はないだろう。

 むしろ軽くて振り回しやすい分、忍びにとっては使いやすいかも。


「俺は、赤嶺に借りたぜ!!」

「なにを」

「ファラリスというやつだ」

「多分、FA-MASだよね」

「そう、それだ」


 さっきから桜井が振り回していたのは、FA-MASか。

 フランス陸軍が採用しているアサルトライフルだ。

 多少重いが性能はすこぶるいい。

 こんなのを桜井なんかに貸してしまって、赤嶺はいいのだろうか。

 と思ったが当然一番いいものを貸すわけはないので、きっともっと性能がいいものを赤嶺は持っているのに違いない。

 桜井に貸したら壊されそうだし、つまりはそういうことだ。

 あとファラリスって何さ?


「……あ、迎えが来た」


 ステップワゴンが僕たちのところにやってきた。

 運転しているのはわりと大柄な大学生っぽい男の人だ。

 降りてこないで、窓を開けると、乗るように指示してきた。

 僕らは慌てて乗り込んだ。

 挨拶もそこそこにすぐに出発する。

 しばらく走ってようやく運転手さんが口を開いた。


「君らは憲吾の友達でいいのか?」

「あ、はい」

「そっか。俺は憲吾の兄貴のツレで小林っていうんだ。よろしくな。こいつの兄貴ももうステンバっているんだよ」


 小林さんは外観はいかついが、親しみやすそうな人だった。

 ただすぐに表情を曇らせて、


「でもな、憲吾。もしかしたら、今日は中止になるかも知れねえぜ」

「どうしてさ」

「昨日、泊まり込みでゲームやってたバカどもが行方不明になっていたの、知ってんだろ。連絡手段を切って好き放題にやってたって連中」

「ああ、何だか知らないけどちょっと前から埼玉の方の廃村みたいなのでゲームやってたっていうやつらのこと?」

「そいつらだ。さっき、一人だけ戻ってきて、保護されたんだ」


 保護?

 合流でも、休憩でもなく、

 どういうことだろう。

 本当に遭難でもしていたんだろうか。


「俺もちらっと見たけど、骨折みたいな大きな怪我はしてなかったが、全身のスーツが破れていてボロボロだった。一晩中、ゲームをやってたってあんなにはならない」

「どういうことだよ。熊にでも襲われたのか?」

「……ケモノの爪痕みたいなのはなかったらしい」

「じゃあ、枝で引っ掻いたんじゃないの」

「違う。その、保護された奴は、。まったく金太郎かよって話さ。クスリでもやってたんじゃないかって疑っている」


 ―――車内が妙な静けさに包まれた。

 笑うところなのかどうか、周囲の様子を窺ってから慎重に判断しよう、そんな気配の沈黙だった。

 だが、残念なことに誰も嗤わない。

 霧隠を除いた僕たち三人は経験したことがあったのだ。

 山の中で異常な怪物につけ狙われたという経験を。

 容姿だけを聞いたのならば、まさに金太郎そのものだし、そんなものに襲われたなんてバカ話のなにものでもない。

 しかし、実際に奥多摩において、僕らは〈河童〉や〈一つ目小僧〉や火炎放射器を持った怪人に襲われたことがあるのだ。

 だから、本当にのだ。

 僕らは顔を見合わせた。

 引き返すべきかどうかを迷いあぐねていたのだ。


「おっと、ここだ。到着だぜ」


 ステップワゴンは細い山道に入っていった。

 どうやら目的地だ。

 逃げるのはもう難しいかもしれない。


「〈金太郎〉か……。もしいるのならば楽しみです」


 霧隠が不穏な感想を口にして、僕らは仕方なく現実を受け入れることにした。




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