―第53試合 忍者遊戯―
第415話「新学期の始まり」
新学期。
僕らの高校は四月八日金曜日から始まった。
御子内さんの通う武蔵立川高校は昨日から始まっていて、皐月さんやヴァネッサさんたちも引き続き通うことが決まっていた。
実のところ、これはおかしい話だった。
ヴァネッサさんたちの留学は半年程度という話で、二年の三学期が終わるまでの予定だったはずだ。
それなのに留学が延長されたのは、FBIの方針が変わったということだろう。
もっともヴァネッサさんとしては日本に来てから、散々狙われていた殺人鬼の襲撃もなくなり、たまに皐月さんに付き合って〈社務所〉の仕事をするぐらいの穏やかな日々が続いているので願ったりかなったりかもしれないが。
彼女につきあって、たまに秋葉原でオタクグッズの買い出しをしたりするのもわりと慣れたものである。
とはいえ、僕としてはヴァネッサさんよりも皐月さんが残ってくれる方が良かったといっていい。
人の放つ殺気を視て、殺意を掴むという刹彌流柔の遣い手である彼女が。
何故かというと、春休みが終わる寸前、静岡を守っていた〈社務所〉の媛巫女が一人、西から来た謎の相手にやられてしまったからだ。
正体はわかっているが、何故、そういう暴挙に出たかはまだはっきりとはしていない。
そして、〈社務所〉は少し前から関西方面からの頻繁にちょっかいをかけられていたのだという。
だとすると、今回のことも偶発的な出来事ではなく、なんらかの示威行為、もしくは威力偵察の可能性がある。
以前から折り合いが悪かったという、西の退魔組織〈八倵衆〉。
今頃になって何かしら仕掛けてきたということが、〈社務所〉の人たちには脅威だったらしく、戦力の保持が叫ばれているのだ。
皐月さんは御子内さんの代でも指折りの戦士の一人だし、正確はさておいてすぐ傍にいてくれると頼りになる存在だ。
「ララさんたちが見つからないのは気がかりだけど……」
外部にはっきりとした脅威が現われたということで、一月ほど続いていた〈社務所・外宮〉との対立もひとまず休戦ということになったらしい。
ただ、〈社務所・外宮〉の中心であった神撫音ララさんと他の幹部たちはいずこへともなく姿を消したという。
暗躍するのが好きそうな人たちだから、見える範囲にいないと心配で仕方がないのだが、とにもかくにも同じ〈社務所〉の巫女ということで信頼するしかないところだった。
その他にも気になる点はいくつかあったが、とりあえず不穏な雰囲気を宿したまま、僕らの青春は四月にと突入した。
今日から、高校三年生になる。
ほぼ進路は決まっているとはいえ、何が起こるかわからないし、一日一日を大切にしていく必要があるだろう。
クラス分けされてB組になった僕が、適当に男子のレーンに座って配布された教科書を眺めていると、前の席に見知った顔がやってきて勝手に座った。
桜井だった。
「なあ、升麻知っているか」
「死神はリンゴが好きってこと?」
「なんだよ、それ。訳わかんねえ奴だな」
僕らが小学生の頃に流行ったデスノートギャグは軽くかわされた。
というか、桜井にこういう風に軽く扱われると腹が立つ。
基本的に僕は他人に対して鷹揚なタイプなのだが、どういう訳か、こいつとごく一部に対してだけはどうしても点が辛くなる。
今だに僕の夢の中にいる殺人鬼とか、ね。
気が付いていないだけで、何かのトラウマでもあるのだろうか。
「で、何を知っているって?」
「俺とおまえがまた同じクラスということをだ!!」
くらっ
立ちくらみがした。
また、こいつと一緒なのか。
哀しいことにどうやら変わりようのない事実らしかった。
「なんだ、不服そうだな。三年間一緒で良かったじゃないか。俺らの仲の良さにはみんなが舌を巻いているぜ」
「最初の一年はほとんど話もしなかっただろ。その程度の関係だよ」
「つれないなあ。おま、俺のベストフレンドじゃないか。ほら、SM○Pの曲にもあるじゃねえか、「ベストフレンド~」」
「来年には解散するらしいよ。知り合いが言ってた」
ちなみに知り合いとは、某〈社務所〉の巫女統括のことだ。
「やは、二人とも。元気にしてたか」
後ろから声を掛けられた。
これも同じクラスだった奴だった。
空いていた僕の後ろの席に着いて、
「なんだ、赤嶺。おまえもB組か」
「そうさ、よろしくな」
首に都市迷彩のスカーフを巻いている男子だった。
迷彩柄のシャツなどを着ていれば校則違反なのだが、彼みたいにスカーフ的な小物だとたいした問題にされない。
バンダナもそうだが、いくらなんでも最近はそういうのを巻いている人はいなかった。
迷彩スカーフだけでなく、スマホのケースやカバンの柄も、どことなくミリタリーチックに統一しているこの赤嶺は、僕の周辺では唯一の軍事オタクである。
たまに特殊部隊用のマスクを首から下げたりして、さりげないどころか大っぴらに自己主張しているが、基本的な人間性という部分では桜井なんかよりもずっと付き合いやすい。
「よろしくね、赤嶺」
「ああ」
「―――おい、ベストフレンド」
「なんだよ」
「おまえ、どうして赤嶺相手にするときはそんなに友好的なんだよ。立ち位置的には親友の俺を大切にするべきじゃないのか」
「ポジショントークはしない主義なんだ。……で、赤嶺くん、他には誰が同じなんだい?」
すると、赤嶺は少し考えて、
「男ではおまえたちぐらいかな。前のクラスだと。なんといっても自分たちの学年は八組もあるからな、この少子化の時代に」
「女子では?」
「若附が取り巻きと一緒になってBだと言っていたぞ」
「ああ、彼女かあ」
ちょっとギャルっぽい若附さんとはそれなりに親しい。
彼女と一緒なら、まあクラスの行事とかはなんとかなるか。
いじめもしないし、逆に暴走もしない、クラスの中心になれる女の子だからだ。
「あと、たぶんうちのクラスだと思うが、転入生が来るらしいぞ」
「―――へえ」
三年の一学期に転入してくるとは珍しい人もいるものだ。
とはいえ、うちのように中途半端な進学校だと、逆に馴染みやすいこともあるのかもしれない。
「男子らしいけどな」
「なんだ、男か。お呼びじゃねえ―な」
赤嶺は基本的に男子同士で楽しくつるむのが好きなタイプなので、やはり新顔が来るのを期待しているのだろう。
逆に、桜井。
てめーはダメだ。
「付き合いのいい男子だといいね」
「まあな。―――そういや、京一、おまえ明後日の日曜日はヒマか? 奥多摩でサバゲーやるんだよ、新歓コンパみたいなノリで」
「奥多摩? あんな目にあったのに懲りないね」
「いや、あんな奥まではいかねえよ。もうちょい手前だ。あと、服と武器は貸すぞ」
「至れり尽くせりだね。でも、僕でいいの? 初心者だと戦力にはならないと思うけど」
「心配いらん。体力があればそれでいい。つっか、おまえは結構底なしのタフだろ。オレらよりも恐ろしいわ」
「ふーん、まあいいよ」
明後日は〈社務所〉のバイトもない。
最近、普通のバイトは入れなくなったし、御子内さんからの連絡もないから、今のところ完全にフリーだ。
男子の友達がいない僕だけれど、たまには巫女さんたち以外ともつるまないとね。
「待て。俺も連れて行け」
「おまえの分の武器はないけどいいか」
「どうして、そんなに俺と升麻に差があるんだよ! あと、俺の親友を奪う気だな!!」
だから、僕は君の親友じゃないし。
だいたい、どうしてそんなに僕にベタぼれしてんだ、君は。
奥多摩行ったときはそんな仲じゃなかったよね!!
「別にいいけどさ。足は引っ張んなよ」
「だから、どうして俺ばかり当たりがきついんだよ!!」
なんてバカな男子トークをしていたら、担任になるらしい教師が入ってきた。
クラスメートたちは適当な席に着く。
どうせ今日中に席替えだ。
教師は生徒たちが大人しくなったのを見渡すと、
「よし、とりあえずおまえらが完全に知らない者同士で仲良くなる前に、ついでだからもう一人付け加えておく。転入生だ。男だからといってがっかりすんなよ」
「そりゃあするだろ?」
「つーか、山本さん、きついなあ」
「今の前振りかよ」
「うるさいぞ、おまえら。……さて、入っていいぞ、霧隠」
どこかで聞いた苗字だった。
山本教諭の呼びかけに従い、戸を開いてとことこと入ってきた小柄な影がいた。
身長は160ないだろう。
ほとんど中学生か小学生だ。
ただ、顔つきはわりと大人で、子供っぽい稚さはない。
教室内が妙な空気に包まれるほどだ。
「静岡から転校してきた、霧隠明彦だ。……自分で挨拶するか?」
「いいえ、もういりません。俺―――自分はそんなにアピールポイントもないですし、トークもたいしたものはないので」
それだけハキハキ喋れば十分だろう、と思ったが転入生―――霧隠くんはあくまで謙虚にいくつもりのようだった。
とはいえ、必ずしもその行動の全てが謙虚という訳ではなさそうで、山本教諭にとりあえず空いている席に座るように言われると、まっすぐに僕の方に向かってきた。
堂々とした歩調で、身長以上に大きく見えてしまう。
さらに僕の目の前で止まる。
「え、なに?」
「―――升麻京一さんですね」
「うん、そうだけど―――えっと」
霧隠くんは人でも殺せそうな怖い顔して、僕の目を見据え、
「あなたさまに惚れました! 今日ただいまより、あなたさまの忠実なる子分として傍に侍らせていただきたい! よろしいですか!!」
と、とんでもない告白をしてきたのである……
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