第411話「巫女の術式」



「ふん」


 鉄心が手を振ると、その掌の中に一本の太い木の枝が出現した。

 直径が15センチメートルはありそうなそれは、枝というよりも丸太と称するのが相応しい。

 長さも2メートルはあり、まるで穂のない槍のようだ。

 鉄心の纏っている巫女装束のどこにもそんなものを隠しておける場所はない。

 では、どうやって鉄心はその丸太を手にすることができたのか。


「ふむ、〈呼び寄せアポーツ〉の精度だけはわしの取り柄だな。これだけはアルやレイにも引けを取らんぞ。はっはっは、大伯母さまに感謝だな!」


 彼女が行ったのは、特定の結界の中に仕舞っておいたものを呪禁とともに手元に取り出すことのできる魔術であった。

 もともと日本にはない系統の術だったのではあるが、明治時代に日本に渡来した西洋の魔術師によって伝播されたものである。

〈社務所〉の中でも御所守に連なるものが得意とすることで知られている。

 鉄心は現在の御所守家の当主であるたゆうの孫娘であり、彼女から直接伝授された使い手の一人であった。


「それ!!」


 丸太の端をむんずとつかむと、鉄心は大きく振りかぶり、まるで槍投げでもするかのように思いっきりぶん投げた。

 とても人が投げたとは思えぬ勢いで槍は飛んでいき、迫りつつある〈ろくろ首〉の一体を頭と上半身ごと貫き、バイクの後輪をえぐって壊し、完全に大破させる。

 確かに丸太がぶつかれば、そのような有様にまることは間違いないが、それを成し遂げたのが一人の女子高生だとすると摩訶不思議な異次元の出来事のように思えてならないだろう。

〈ろくろ首〉も突然自分たちに向けて丸太に驚愕していた。

 彼らも妖怪だ。

 丸太を玩具代わりにする巨人も見たことがあるし、丸太を代わりにするダイダラボッチも知っている。

 前方にその類がいたのであれば、彼らとてそのぐらいは予想できる。

 だが、前にいるのはややデカブツだが、ただのニンゲンだ。

 ニンゲンがすることには限界がある。

〈ろくろ首〉どもの棲家の村を灰燼に帰したあのバケモノめいた奴にもできないことは数え切れないほどあるに違いない。

 しかし、それにしたって、あんな丸太が矢のように飛んでくるとは……

 いったいどんな妖術を使ったのだ、ニンゲンめ!

 一刻も早く近づいて行ってこの鉄の馬の蹄にかけて引き裂いてくれるぞ!

 もっとも、その必殺の丸太の投擲という攻撃をした鉄心がしたことはただの力任せの技とも言えないものであったのであるが。


「ふむ、よく当たったものだ。〈気〉をこめると大抵はノーコンになってしまうのだが」

「―――一体仕留めたみたい。すごいよ、鉄心さん」

「なーに、まぐれだ。あんなものはそもそも当たらなくてもいい話だしのお」


 敵を倒したことを誇るまでもなく嘯くと、鉄心は投げた瞬間から、〈呼び寄せアポーツ〉しておいた五本の丸太をずらりと縦に並べて、頭の部分をまるで金槌で釘を打つように刺した。

 拳骨の一閃で丸太はそれぞれ四分一までアスファルトを突き抜けて道路にめり込む。


「それ、後で取り除くのは俺の仕事ですか?」

「ぼやかれても困る。わしはこれを片付けたら、今日の宿題を急いでやらねばならぬ運命なのだ」

「いつまで経っても鉄心さんが女子高生だというファクトに慣れません」

「はっはっは、おぬしは相変わらず冗談がうまいのお」


 ツッコミが追い付かない相手というのは甚だ厄介なものだと明彦は思う。

 もしかしたら、〈社務所〉の巫女たちと付き合うコツは、ボケにツッコむことではなく諦めてスルーしてしまうことなのかもしれない。

 今度、禰宜の知り合いにでも尋ねてみよう。

 どうすればこの面倒な連中をじゃじゃ馬慣らしできるのか、を。


「木剋土! 風は木気を持つが故、風ある所では土の気が活性化し、新しい大地を作り上げい!  急急如律令! 土どもよ、隆起せい!」


 すると、鉄心の呪文に応えて道路の一部が隆起し、彼女の目の前が平面から歩くことさえ容易でないような凸凹に変貌してしまう。

 とてもではないが、車やオートバイのタイヤでは踏破できないような荒れた場所になっている。

 だが、この怪奇現象の恐るべきところは、鉄心の前、丸太を中心とした半径十メートル以内に正円を描いて出現したところである。

 明白にただ一人の巫女の意思によるものであった。


(木の気を用いて、アスファルトの下の土を剋したのか。大陸から流れついた五行術を使いこなすなんて、さすがは御所守の血筋)


 明彦は感嘆の念を漏らす。

 見てくれの頑強さと立派さだけに気を取られやすいが、あの豈馬アニマの巫女は術者としては他に引けを取らないエリートなのである。

 音に聞こえた関東の五大明王には格闘で敵わないというだけで(それが本当なのか静岡を出ない明彦には実のところわからないことなのだが)、退魔巫女としては傑物なのだ。

 そして、あの地面の凸凹は…


(バイクの機動を封じるためか。やっぱりしたたかだよ)


 三十対一のハンデ戦だというのに、明彦は同僚の心配を欠片もせずに済みそうであった…






 

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