第410話「ストリートファイト」
〈ろくろ首〉の暴走グループは、のちに一号沿いの人間たちを恐怖で震えあがらせる爆走を続けながら、一路、関東を目指し続けていた。
昼は使われなくなった廃墟や廃ホテルに潜伏し、夜になると運悪く一人でいた人間を狩りたてて腹を満たし、壊れかけのバイクのエンジン音をかき鳴らしながら走る。
さすがに渋滞している場所は避けたが、他の自動車がそれほど数が走っていないときは無謀にも正体を晒しながら暴走する。
このときの〈ろくろ首〉の様子は、各SNS媒体、Twitter、スカイプ、ミクシィ、フェイスブックなどで拡散していき、かなりの大騒ぎとなったのだが、妖怪たちにとっては満足いくことだったのかもしれない。
普段は人の目には視えない不可視の妖魅たちが、これだけの徒党を組んで人前で暴れ回るということ自体、かつてはなかった現象であった。
当然、リアルタイムで追いかけるものもいないは訳ではなかったが、誰も乗っていないのに走る無数のバイクはともかく、〈ろくろ首〉たちの決定的写真をネットにアップできた猛者は一人としていなかったのではあったが。
それでも無人のバイク集団出現の噂はネットの闇を駆け抜けていた。
一方、当の〈ろくろ首〉どもは、愛知から静岡県へ、知立、岡崎、豊川を抜け、浜名湖を左に、太平洋を右に見ることができる四車線道路に達したとき、自分たちの周囲の異変に気が付いた。
対向車線を来る車がないのだ。
同時に、自分たちと並走するものたちもいない。
すでに深夜を過ぎているとはいえ、一台も車やバイクが走っていないのはおかしい。
一号線はやはり基幹道路であり、多くの物流が行き交う列島の生命線の一つだ。
中には車線の狭い部分もあり、またガソリンスタンドやコンビニエンスストアもあるというのに、彼らを見ようとするものも一人もいない。
なんと人っ子一人見当たらないのだ。
紀伊半島からでたときはそれなりにいたはずの人間たちが、静岡に入ってからというもの見当たらず、まるで彼ら以外にこの世界には存在しないかのような錯覚を感じ始めていた。
妖怪たるじぶんたちこそが、
人間の使う慣用句を用いるのならば、「キツネにでもつままれた」ようだ。
『なんだ、なんだよ、おかしくねえか!?』
『どういうことだ、どういうことだ!?』
『にんげんの仕業か、にんげんの仕業か!?』
先頭を走る、自分の首に鎖をかけて胴体にくっつけた痩せた〈ろくろ首〉が叫んだ。
『おかしい!! 何かがこの先にいる!!』
その脇ににょろりと長すぎる首が伸びてきて、仲間の視線を追う。
『おい、何がいるっていうんだ!?』
『わからねえのか、バカヤロー!! 道のまんなかに何かが突っ立ってやがるんだ!?』
『どおれ?』
首が上に伸びて、あり得ない高さから見下ろしてみると、確かにニンゲンらしきものが道路の中央に立ち尽くしている。
妖怪の視力がなければ視えないほどの距離であったが、そのニンゲンがただの通行人でないことは明白であった。
動いていないからだ。
幅の広い道を横断するでもなく、まっすぐに辿っているのでもなく、車が停止してそこでJAFを待っているのでもない。
ただ、ずっと立ち尽くしてそこにいるのだ。
しかも、妖怪どもにだけはわかった。
あのニンゲンはこっちを睨んでいる、と
『―――あいつだよ!! あいつだよ!! あたしゃらを村から追い出したあいつに違いないよ!!』
肩まではだけた絣の着物をまとった長い首でとぐろを巻いた〈ろくろ首〉の女が悲鳴を上げた。
思い出したのである。
自分たちを潜み隠れていた村から叩きだした、あの敵のことを思い出したのだ。
黒い法衣の上に、同色のインヴァネス・マントを引っかけ、伝説の聖獣の皮で作られたブーツを履いたあの若いニンゲンのことを。
そいつが待ち構えているかも知れないと思うと、化け物でさえもぶるりと震えざるを得ない。
アクセルを緩めて、ブレーキをかけようとした〈ろくろ首〉どもだったが、首を伸ばして観察を続けていた一体の叫びを聞いて改めた。
『あいつじゃない!! あいつじゃない!! 白いし、デカイよ!! このまま轢いちまってもいいよ!!』
あいつじゃない、という情報が届いた途端、現金にも〈ろくろ首〉たちは勇気を取り戻した。
バイクのアクセルを全開にして、三十台が一条の稲妻のように一号線を加速していく。
中には自分の首を置き去りにしてしまうような粗忽ものもいなくはなかったが、〈ろくろ首〉の本体である首は飛ぶ能力があるので、すぐに追いついてきた。
時間にしてほんの数分で、他になにも動くものとていない道路を走り、立ち尽くすニンゲンに肉薄する。
『あいつか、あいつか!!』
『あいつだよ、あいつだよ!! 白い服と赤いスカートの―――変な奴だよ!!』
『巫女かな、巫女かな!?』
『巫女、巫女?』
妖怪たちの視力はついにそのニンゲンを捉えた。
白い衣を上半身にまとい、緋色の長い袴はまさに巫女の装束そのものだった。
が、まとっている本人は身長180センチメートル、体重90キログラム、上腕の太さは43センチ、太もも50センチ、それでいてウエストは80センチというまさに鍛え上げられたマッチョである。
ゆったりと大きめに作られた巫女装束でなければ、上半身の発達した筋肉を隠しきれなかったかもしれない。
そして、サイズ28センチのリングシューズを履き、どっしりと腕を組んで海からの潮風を悠然と受けながら、そのニンゲンは一切焦ることなく妖怪とバイクの群れを待ち構える。
「―――来たよ、鉄心さん」
「見えておる。それどころかだいぶ前から肌にビンビンと殺気がぶつかってきおるわ。約三十の〈ろくろ首〉そして死霊を憑りつかせたオートバイか。強敵だな」
「本当に一人でいいの? 今からでも助けを呼ぶことはできるけど」
「いったん、退いてか」
「うん」
その明彦の申し出を鉄心は鼻でせせら笑った。
「無用だ。お主には嗅げんのか、あやつらが撒き散らす死臭を」
「―――ううん」
「そうか。だが、わしの鼻は嗅ぎつけている。ここに来るまでの間に、あいつら妖怪どもがどれほど罪のない民を殺し回ってきたのかがな。もっと前にでも征伐しておけば、無用な犠牲を出すこともなかった。あやつらの棲家が西ということで手が出せぬのが悔やまれるわい」
明彦は諜報の立場にあることから知っていた。
あの〈ろくろ首〉の集団が棲家らしき場所を追い出されてから、今に至るまでの二日ほどの間にどれだけが人知れず殺されてしまったかということを。
化け物を巣から叩きだしたものたちは、その後に生じた被害の重さをわかっているのか。
さすがに冷静な明彦でさえ、頭に血が上りそうなほど雑なやり方での退魔だった。
その尻拭いをしなければならなくなったということと、そんな化け物どもを関東にまで解き放とうとしていることにも怒りを覚えた。
縄張りの外に出てしまったのならば、それでいいのか、と苦情の一つもぶつけたくなる気分であった。
だが、そんな恨み言は後回しだ。
これ以上、静岡に―――駿河・近江の平和をあんな化け物に脅かされてなるものか。
「鉄心さん、この一号沿いの結界からはあいつらはもう逃げられない。―――鉄心さんを倒さないとね。だから、あいつらは死に物狂いであんたを狙うだろう。それでもいいんだね」
「なに、獅子欺かざるの力さ。―――無残に殺されたものたちの怨みをわしが晴らさねばならぬことになりそうだしな」
迫りくる化け物の恐怖の群団に対して、ただ一匹の獅子のように豈馬鉄心は腕組みを泰然と解いた。
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