第409話「妖怪〈ろくろ首〉族」



 国道一号線は、旧日本橋を出発点とする東海道を元にした道路である。

 東名高速道路が開通した今となっては、東西をつなぐ道としての役割は薄れてしまったとしても日本列島を旅する者にはいまだに重要な価値を持つ。

 それはこの国の闇と影の世界にも同じだった。

 新潟出身の大宰相の行った日本改造論の裏に、霊的な列島改革の意図があったものは少なく、新幹線のフル規格七本とミニ規格二本の路線が国内のレイラインを誘導するために張られているとことを知るものも、東名、圏央道、関越、それらの高速道路のいたるところに妖魅対策がなされているなどということを知るものはさらに少ない。

 例えば、新幹線にまつわる怪談話が極端に少ないということに気が付いたことはないだろうか。

 流線型の圧倒的な高速鉄道にあるのは無事故の神話だけでなく、とことんまで研究されつくした魔を祓う効果もあるのだ。

 ……高速道路も同様だった。

 いたるところに破邪の札が練りこまれ、様々な儀式で強化されたコンクリートで建造された現代の万里の長城といってもいい建築物は、その上を妖魅がいくことを拒み続けているのだ。

 そのため、これほど地方から地方へと移動しやすい時代においても、各地の妖魔が自在に動き回ることは容易ではなかった。

 棲家や隠れ家から離れた化け物たちは、人間の作った高速移動機関を避けるようにして、昔ながらの徒歩で移動するしかなかったのである。

 人に憑りつき、利用し、操ってたとしても、妖怪の移動範囲はまだまだ狭かったのであった。

 しかし、中には例外的なたちもいる。

 紀伊半島をまっすぐに突っ切り、国道一号線をジグザグに横切る、そいつらのような。


 ブオンブオンブオン!!


 ヨシムラの集合マフラーにさえありえないほどの、壊れかけた尋常でない爆音を吐き散らしながらバイクの集団が人気のない道を駆け抜けていく。

 不調のエンジンもあるらしく、胴体から黒い煙を上げている車体もあった。

 マフラーが割れて取れてしまっているものもある。

 整備という概念どころか、まともに動いているこすら奇跡のような全部合わせて三十台の、カワサキ、スズキ、ホンダ、ありとあらゆるメーカーのバイクが一塊になって進む。

 ライトが点いているものもいるが、ほとんどのバイクはライトのガラスが割れていたり壊れていたりして、とてもではないが深夜を走れるものではなかった。

 なのに、その三十台は一糸乱れずに国道一号を進んでいく。

 だが、もしもこのバイクの集団を目にしたものがあったとしたら、その壊れかけた車体そのものよりも乗車しているモノたちの方に恐怖したであろう。

 

『逃げるよ、逃げるよ、はやく逃げるよ!!』

『ヤバい、ヤバい、あいつからはさっさと逃げないとヤバいよ!!』

『走れ、走れ、黒い鉄の馬よ!! あの危ないヤツから遠ざからないと―――』


 ライダーたちは口々に唾を飛ばしながら喚いていた。

 そして、二言目には……


『呪われてしまえ、あの化け物め!!』


 と、絶叫するのであった。

 しかし、事情を知らぬものからすればこのライダーどもの方がよほど化け物であったろう。

 彼らはほとんどが全裸であり、わずかにぼろきれのような服をまとっていたが、それも洋服ではなくて薄汚れた着物だった。

 壊れそうなものばかりとはいえ、現代のバイクとは明らかにミスマッチだ。

 しかも、ライダーたちには誤魔化しようもない特徴があった。

 三分の二の連中の首は、優にニメートルの長さを超えているのだ。

 体型そのものは小柄だというのに、頭から踵までの体長を計ったとしたらおそらく四メートルはあるだろう。

 そのほとんどがだとしても。

 あまりに長いせいか、時折、バイクの速度と風に負けて頭が流されていったりもしたが、首長のライダーどもは異常な器用さをもって運転を続けていた。

 そして、そのうちの三分の一には首がなかった。

 正確には頭があるのだが、それを胴体と繋げるべき首というものがなかったのである。

 自分の首をもったライダーたちがアクセルを吹かして魔のツーリングを続けているのだった。

 

 ―――彼らは〈ろくろ首〉。


 三重県の山奥で道に迷ったツーリング中のバイカーを襲っては貪っていた妖怪たちであった。

 何百年も前から自分たちだけで〈ろくろ首〉の集落をつくり、ひっそりと、だが通りすがりの人間たちを喰らって生きていた化け物たちであった。

〈ろくろ首〉もともと群れることのない妖怪種であるのだが、人に化けて暮らしつつも、その凶暴性から正体を見破られると簡単に殺されてしまうという弱点がある。

 何故かというと、首そのものは飛行したり鋭い牙をもったりして十分な脅威なのであるが、胴体部分の守りがおろそかになってしまいやすいのだ。

 ゆえに、本体といってもいい首が獲物を屠っている間に、無防備な胴体を攻撃されて滅ぼされるという逸話が多い。

 さらに長い間胴体から離れていると元に戻れなくなり衰弱死してしまうという弱さも備えている。

 そのためか、いつのまにか妖怪〈ろくろ首〉は同類と巣を作り、相互扶助のような集落を形成して罠を張るようになっていたのだ。

 この三十台のバイクに乗った〈ろくろ首〉たちもそういった集落の一つを形成していたのだった。


『恐ろしい、恐ろしいよ、あの化け物!!』

『もう嫌だ、もう嫌だ!!』

『東に行こう、東に行こう、東ならばあいつはこない!!』

『たが、東にもあいつみたいなのがいるかもしれないぞ!! いるかもしれないぞ!!』

『どうということない!! 所詮、坂東の田舎の猪武者などたかがしれている!! あいつみたいなのはいない!!』

『そうだ!! 俺は知っているぞ!! 東に仏凶を唱える化け物はいないと!! 仏凶徒は関西にしかいないのだ!!』

『そうだ!! 東に行こう!! そこでもう一度棲家を作ろう!!』

『人間を喰い放題できる棲家を!!』


 壊れかけのバイクに死霊を憑りつかせてとした〈ろくろ首〉どもは一路関東へと向かっていた。

 何かに追われながら。

 理不尽にも棲家から追い出されたと聞けば同情の余地があるのかもしれないが、それを招いたのは彼らの自業自得であった。

 なぜなら、この必死の逃避行の最中でさえ、〈ろくろ首〉どもはたまにすれ違う人間たちを強引に攫ってはその喉元に噛みつき、血を啜っては殺すという悪行を続けていたからである。

 数体の〈ろくろ首〉の腕には犠牲となったものたちの身体が抱きかかえられ、無残に殺されただけでなく、玩具のように慰みものとなっていた。

 子供もいれば女もいる。

 ただ運悪く通りすがっただけで何の罪もなく殺された人々の死体だった。

 稀に見る残虐非道な人食い妖怪。

 それが三十体もいて、殺戮の嵐のごとく東へ向かう不吉な東風のように。

 暖かく過ごしやすい静岡の大地を血で染め上げながら、妖怪たちの奇怪なツーリングは続いていた。

 きっとこれからも犠牲者は増え続けることだろう。

 このまま〈ろくろ首〉どもが野放しにされるのであれば。

 だが、そうは問屋が卸さないだろう。

 なぜなら、妖怪どもが進む東海道の真ん中には―――


 邪悪を決して許さぬ門番が立ちはだかっているのだから。


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