第412話「彼我戦力差 1対30」



 80キロの速度で道路を走っていたバイク集団に、突然悪くなった路面を踏破する術はなかった。

〈ろくろ首〉どもは三十台のバイクの前輪で鉄心を吹き飛ばしてしまう腹積もりだったが、一面が凸凹になってしまったせいで最初五台は突っかかってしまい、宙を舞う羽目に陥った。

 急加速をしていたということもあったが、妖怪どもはバイクに憑かせた死霊を操ることで運転していたことから咄嗟の急制動をする技術がなかったせいである。

 シートから投げ出された〈ろくろ首〉のうち二体は道路に突き刺さった丸太に激突し、顔面を削り取られ、まさに無事には終わらなかった。

 だが、残りの三体に比べればまだマシな運命だったと言えよう。

 あとの三体はバイクから投げ出されたと同時に宙を回転し、待ち構えていた鉄心が振るった丸太の一撃で顔面ごと粉砕されたのであるから。

 いかに妖怪といえど顔面を粉微塵の肉塊にされれば終わってしまう。

 特に〈ろくろ首〉はその正体というべきか、本体そのものが頭部といっても過言ではない種族であるのだから、あっという間に退治されてしまった。

 そして丸太に激突したものは鉄心の前蹴りの一撃で、道路に顔面を削ぎ落されたものは踏みつけられて、その邪悪なる生命に終止符を打たれた。

 まさに瞬く間の出来事であった。

 人と妖怪の接触の果てのこととは思えない呆気なさであった。


『てめえ、てめえ!!』


 仲間の犠牲を知り、残った〈ろくろ首〉どもは散開した。

 群がる鉄の騎馬を路上を荒れさせることで近寄らせなくさせた巫女の頭脳作戦に、散開を余儀なくされたともいえる。

 広めの四車線の道路をいっぱいに使って、鉄心を囲むように走り出す〈ろくろ首〉。

 完全に包囲して逃げ出さないようにした。

 絶対に逃がさないという凶悪な意志を見せつけたのだ。

 しかし、中央に立つ鉄心は不敵に口元を笑わせるだけである。

 いまだ二十五台と同数の乗り手が残っているというのに、怯えた様子はわずかも見せない。

 それどころか、自分を睨み続ける妖怪どもを挑発し続ける。


「おうおう、恐ろしい面構えの妖怪ぞろいだのお。とてもではないが、可愛げはないがなあ」


 丸太を肩に背負って、爆音を撒き散らすバイクの様子を窺い続ける。

 ただし、目は真剣そのものだ。

 その理由は〈ろくろ首〉どもがぶら下げている人の身体の一部に気づいていたからだ。

 だった。

 ここに辿り着くまでに妖怪が貪ってきた人の一部。

 強者によって文字通り食い物にされた命の残滓。

 ぞくりと、虫唾が走った。

 耐え難い嫌悪感だった。

 鉄心にも妖魅に対する同情のようなものはある。

 明彦の言い分が正しければ、もともと棲んでいた村を追い出されてここに来た妖怪どもだという。

 それなりに平穏な暮らしをしていた連中だというのならば、人間によって棲家を失くしたものどもであるから同情の余地はある。

 だが、途中で餌にされたものたちにとってはただの災厄でしかない。

 無残に命を奪われたものは哀しいであろう。

 死んだことにすら気づかずに成仏もできずに漂っているかもしれない。

 いや、いつか成仏させる力を持つものがくるまで、死んだ地に自縛されているかもしれないのだ。

 そのことを考えると鉄心は迷いを振り切るように首を振った。


るか)


 わずかばかりあった慈悲を捨てる。

 さっきまでともに笑いあっていた高校の友人たちのことも脳裏から追い出す。

 所詮、自分は妖怪退治を生業とする巫女の一人だ。

 友人たちのように日向の道を歩く資格はない。

 彼女の口癖が「もし、生まれ変わったら可愛いJKになりたい」だったのは冗談でもなかった。

 妖怪退治の家系に生まれ、可愛さとはまったく逆の男臭い顔に育ち、生まれもった豪放磊落な性格のせいで女性扱いはほとんどされたことがないが、鉄心はできることならば友人たちのように普通の人生を送りたかった。

 しかし、それは叶わぬ夢でもある。

 彼女を包囲して、ばか笑いをする妖怪どものように、平穏な一般人の生活を脅かす輩がいるのであるのならば、それを排除するものが必要であるからだ。

 例えば、高校の友人たちも、鉄心が憧れている乃木坂46も、いや手伝いをしてくれている霧隠明彦でさえ、鉄心の代わりはできない。

 踏みしめている東海道を上ってくる悪鬼羅刹を粉砕し、関東を護るだけでなく、温和で暖かい人々の暮らす静岡を護るのは彼女にしかできない仕事だからだ。

 静岡を守護する〈社務所〉の媛巫女はたった一人。

 豈馬鉄心のみが、おどろおどろしい妖魅から人々を救えるのだ。

 日向の生活に憧れたとしても、そこに恋い焦がれ、自分の存在理由を忘れることをしてはならない。

 静岡の人々を守るのは、彼女の仕事だからだ。


「どれ」


 ぶおん、と丸太を振り回すと、近寄っていた飛頭蛮系の首が外れる〈ろくろ首〉の一体を叩き潰した。

 だが、その間に残りの〈ろくろ首〉が波状攻撃をかけてきた。

 首が飛び回るものも、伸縮自在のものも、さすが同じ場所で長い間棲息して来ただけあって、連携に秀でていて丸太を振り回す暇がないほどである。

〈ろくろ首〉の最大の武器は鋭く尖った牙のような歯だが、これが矢継ぎ早に四方八方から繰り出されることで簡単に肉を抉り取られてしまう危険な攻撃だった。

 反応できないと悟った瞬間に、鉄心はただ一つの武器を投げ捨て、素手に切り替えた。

 それで飛んでくる首を受け止めては投げつけ、捌いていく。

 巨体に見合わぬ軽快な動きであった。

 首のついた〈ろくろ首〉の一つを掴むと、


「どっせい!!」


 と引っ張った。

 走り回るバイクに乗った〈ろくろ首〉の胴体は、首もないのに器用に走行を続けていたが一台がバランスを崩すとそれに接触されて転倒し、玉突き衝突でさらに四台がクラッシュした。

 同時に乗っていた胴体が放り出され、受け身も取らずに大地に叩き付けられる。


『うおおおお、おれの身体が!!』


 自分の身体が重傷を負ってしまっては困ると、数体の〈ろくろ首〉が抜けたことで包囲に綻びが生じた。

 そこを見逃す鉄心ではない。


「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 凄まじい声が上がる。

 雄叫びであった。

 妖怪の魂までも凍りつかせるような凄絶な声だった。

 まっしぐらに妖怪の操るバイクの群れの一角に飛び込み、わずかな隙間を通り抜ける。

 なんとか包囲を脱することができたということであった。

 デカい癖に恐ろしいほど俊敏な鉄心である。

 ただ、完全に危険が去った訳ではない。

〈ろくろ首〉どもは半分も減っていない。

 一対二十ではジリ貧のままだと彼女も理解している。

 故に、彼女は上半身をじりっと下げた。

 体を丸くして、膝を折り立てて腰を落として、立膝をついた。

 蹲踞そんきょの姿勢であった。

 そのまま片足をあげて、まさしく四股を踏んだ。

 足裏が路面に触れた瞬間、実際の重量にははっきりと見合わない震動が一帯に伝わった。

 バイクに乗っている〈ろくろ首〉ですら震えを感じたほどだ。

 しかも、妖怪どもは再び魂まで凍りついてしまった。

 せり上がるときに両手を伸ばす、不知火型の土俵入りにも似た大きな四股が放った震動が成し遂げたものだと気づく。

 あれはただの四股踏みでない。

 五穀豊穣、天下泰平を祈って奉納される力士による四股踏みは、地霊を鎮め、大きく両広げた両手は、邪気を祓い清めるものであった。

 その本来の効果が、鉄心の四股にはあったのだ。

 大伯母である御所守たゆうのものよりも、はるかに近代の形に近く、本来の神事、弓取り式としての捔力すまいとらしむではない相撲の準備であった。


 豈馬鉄心が操るのは、まさに


 そのマッチョな体格に似つかわしく、女子高生らしくない、しかし、人々の平和を守るものに相応しい、力士の業である。


「不撓不屈の精神で巫女として、わしは正道に不惜身命を貫くつもりではあるが……」


 両腕を広げて、夥しい敵の真ん前で構え、


「これも意地よ」


 鉄心はいつものようにからりと笑った。


 

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