第407話「珍妙なる人気者」
「うーむ、どうみても可愛くはないのぅ」
トイレに備え付けてある鏡を見ながら、その人物は顎を撫でていた。
がっしりとした顎をもち、不敵に歪む口元をし、太くて凛々しい眉を携え、鋭い眼光を放つ両目とすっきりとした鼻梁が印象的な、涼し気な若武者のような端正な顔立ちが映っている。
自分で見てもなかなかの男ぶりである。
ただし、鏡から離れても横から見ても、「可愛い」という形容はされないことは明白だった。
「この鏡が歪んでいるのではないかな?」
色々なものを棚に上げて、その人物は疑問を呈した。
当然、さっきからその珍妙な行動を呆れた顔で見ていた、同じトイレを使っている生徒たちはツッコまざるを得ない。
毎度のこととはいえ、そろそろ現実を知ってもらわなければツッコミが追い付かなくなる。
「……いや、普通にまともな鏡だから。割れてもいないし」
「学校のトイレにそんなのがあったら困るでしょうが」
すると、鏡を真剣に凝視していた人物は腕組みをして応える。
「いや、何かの間違いということもある。例えば……」
「ないから。どんな間違いも」
「いい加減に諦めなよ。あんたがどんなに頑張ったって可愛くは見えないから。やってることは可愛いけれど」
「―――酷いな」
「酷くないって」
「何回、このやり取りをしたと思ってんの。そろそろ現実を見て頂戴」
しかし、男前は鏡を見るのをやめず、駄々をこねた。
「万が一ということも―――」
「「「ないから」」」
同じトイレにいたもののみならず、騒ぎを聞きつけてきて中を窺っていたすべての女子生徒が冷酷に突っ込む。
一人のボケにここまでのツッコミというのはそうはない光景である。
まるで打ち合わせ済みの演劇の一部のようでさえあった。
しかし、それでもなおたった一人の抵抗は続いた。
「わしだって、こう見えても17歳のピチピチの女子高生であるのだから、お洒落を研究してKAWAIIと言われたいという気持ちがあるのは仕方ないことではないか。―――うむ、いつか東京に戻ったときにアイドルのオーディションを受けるという夢がわしにもあるのだ。そういえば乃木坂の三期生をそろそろ募集する時期だのお」
「「「無理だって!!」」」
十数人の女子高生にとてつもなくハモりの効いたダメ出しを喰らって、ようやく男前―――実はこの人物、本人の言う通りに、限りなく渋い若武者という風貌をしている癖に正真正銘の少女であった―――は不機嫌になって唇を尖らせた。
二の腕や太ももは普通の女子高生の腰ぐらいある太さなので、すべてが特注品というブラウス、カーディガン、スカート、ついでにソックスという女子の制服を申し訳程度に身にまとった身長185センチ、体重80キロの巨漢女子がやっても可愛げはないが。
女子トイレに制服姿でいて、他の誰も文句を言わないのだから、女の子であることはみなが認知しているのであろう。
そも、精いっぱいに周囲と同じ格好をしようとしているのに、まったく異次元の生物にしか見えない。
事情を知らないものからすると、高校の女子トイレに侵入した女装趣味のプロレスラーにしか思えないだろう。
だが、この女装をした男前としか認識されない人物は、本当に一編の嘘もなく性同一性障害でもなく変態でもない、本物の女の子であるのだった。
例え、雰囲気としてはゴリラみたいであったとしても。
彼女の名前は、
本名からして女子力の欠片もないが、染色体レベルで見ても本当に紛れもなく女性であった。
もっとも、周囲が彼女を女子高生と認めるまでに相当な時間がかかったのは言うまでもないことであるが……
◇◆◇
「だいたい、
鉄心の友達の一人が、頬の肉をつまんで引っ張った。
とても17歳の女子高生の顔面とは思えない強張った肌のせいで、引っ張ってもほとんどつまめない。
友達のたわむれに対して、鉄心は特に嫌な顔もせずに無抵抗だった。
とはいえ、目には不服そうな色が混じっていた。
「わしとて、皆のように可愛く着飾っていたいだけなのだ。それを頭から否定するとは、なんとも友達甲斐のないものたちだ」
「でもさ、あんたが東京から転校して来た時は、誰だってびっくりしたんだよ。スカートを履いた白鵬がやってきたってもうみんな大騒ぎ」
「うんうん。一年の夏休みが明けて、誰に彼氏ができたかとか誰が初体験したかとかが話題になるはずなのに、もうあんたという嵐のことしか噂にならないぐらいだったもんね」
「スカートの白鵬……ぷぷぷ。その通りじゃない」
自分の机を囲むようにミニスカの少女たちがはしたなく座る中、中心となった鉄心はやれやれと宙を仰ぐ。
少女漫画をこよなく愛し、アニメやゲームも嗜む上、アイドルグループを応援することもやまない。
さらに言えば少女向けのガーリーな雑誌も愛読する趣味の部分では典型的な女子高生なのである。
喋り方が三国志の武将のようだと言われるのは、生まれ育った家庭の影響なので仕方のない部分があった。
名前もどちらかというと男臭すぎるので気に入らないが、それでも少女らしくあろうとする努力は怠らないのが彼女のポジティブすぎるところであった。
「……でもさあ、まだブスの方が諦めつくよね、あたしみたいに」
「そうそう。鉄心ってなんだかんだいって美形ではあるんだよね。女らしさは欠片もないけれどさ」
「カッコイイのは確かだな」
周囲の友達たちは、それほど可愛いというえる顔だちの子はいない。
とはいえ、女の子っぽく見えるというだけで鉄心よりは男子にもてることだろう。
「何を言っている。
そう言って、優里の頭を撫でる鉄心。
優里もまんざらでもない顔をする。
この東京から来たいかつい転校生が心優しい相手であることはみなよくわかっていた。
普通なら遠巻きにされかねない存在であるにもかかわらず、誰もが率先して近づいていき、今では学校一の人気者といってもよくなっていた。
「―――ねえ、高校出たら鉄心は東京に戻るの?」
「どうだろうなあ。家のもんがわしのことを呼び戻す気にならんと実家には帰れんからのお」
「だいたいどうして鉄心が家から、静岡まで転校してきたのかわからないんだけど。あんたんちに夏休みに遊びに行ったとき、もうびっくりしたもん」
「あー、原宿表参道のおっきなお屋敷でしょでしょ!! あーん、あたしも行きたかったあ。部活なんてサボれば良かったよ」
自分の実家の話に花を咲かせる友達たちを微笑ましく見つめていた鉄心の携帯に着信があった。
それを耳に当て、彼女は悠然と立ち上がる。
寄りかかっていた二人が体勢を崩して転びかけるのを優しく支えると、鉄心は言った。
「すまないが、ちょっとわしは行かねばならん用事ができた」
友達たちは不思議そうな顔をする。
この顔も行動も男臭すぎる同級生はたまにこういう態度をとることがある。
そういう時は決して深入りしてはならないと何故かわかっていた。
「ふーん、行ってらっしゃい」
「鉄心ちゃん、またね」
「明日も遊ぼうねー」
さりげない様子で送り出してくれる友達に手を振って応え、鉄心はカバンを背負って教室を出ていく。
通学用の普通サイズのカバンがほとんどポシェットにしか見えない巨体とは思えぬ軽やかさを見せて。
「―――鉄心って、いつも何をしてるんだろうね」
「本当、不思議な子だよ。なんか武将みたいだし」
「東京って変なところなんだろうなあ」
彼女たちは知らない。
豈馬鉄心の大伯母の名は御所守たゆうという、関東最大の退魔組織の重鎮であり、その親友たちは数多くの妖魅から人々を救ってきた巫女であることを。
そして、鉄心自身も、御子内或子たちからアニマという愛称で呼ばれる、白衣と緋袴を纏い、〈護摩台〉の上で妖怪たちと激闘を繰り広げる巫女レスラーであったのだ……
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