―第52試合 東海道大乱戦―
第406話「かつて少女は少女でなかった」
御子内さんは養女であるらしい。
少し前に〈社務所〉の重鎮である御所守たゆうさんから聞いた話だが、そのことについて彼女の口から、
「うん、そうなんだよ。実はボクは貰われた子供でね」
と、とてつもなく簡単にカミングアウトされたのにはびっくりした。
日本人の一般的な感覚でいうと、養子という制度があるのは知っていても、やはりややネガティブなイメージがあるのかもしれない。
それは僕も同じだったらしく、御子内さんのあっさりとした態度に、逆にバツの悪いものを感じてしまい、恥じ入ってしまった。
彼女の生い立ちについてほとんど何も知らないのに、まるで悪いことだと決めつけるような偏見を持ってしまった気分だった。
おかげで僕はそれから数日間、鬱っぽくなってしまうのだが、御子内さんは本当に明るい調子で、
「もう養女になってから十年ぐらいになるんだけど、貰われた当時のボクはどうも人見知りのする子供でね。父さんとも母さんとも、馴染むのには結構時間がいったんだよ。今はもう仲良しだから、昔のことはさすがに笑い話にできるんだけどさ」
「―――そうなんだ」
「うん。実の両親については日本人だったってことだけしか知らないし、名前だって後でつけてもらったぐらいに何も覚えていないんだけど」
名前もつけてもらっていないって……
それがどういうことなのか、僕には理解できなかった。
「生まれてすぐに、ベトナムのどこかに捨てられていたらしいんだよ。日本人の子供だってことだけはどういう訳かわかっているんだけど。それから、ちょっと並大抵じゃない苦労をしてから、小学校に上がるくらいの歳に親切な方に助けてもらって帰国したんだ」
「……並大抵じゃない苦労」
このあっけらかんとした御子内さんが言うほどだから、僕なんかからしたら筆舌に尽くしがたいことのような気がする。
「あ、ボクが日本人だってすぐにわかった理由の一つに、助けられた当時になんだかんだいって日本語がペラペラだったことがあるんだよ。ボクの記憶だと、コミュ症か自閉症気味の無口な子供だったような気がするんだけど、大人から言わせると実によく喋るガキンチョだったらしい。まっっっっっったく記憶にないけどね」
こういってはなんだが、コミュ症というよりも御子内さんは物事を知らない傾向の方が強いのだが。
ここまでめっちゃ明るい調子で喋られると、どうにも口の挟みようがない。
「確か、タイからの飛行機で帰ってきたんだけど、その時に付き添ってくれた夫婦がボクの父さんと母さんなんだよ。もともと〈社務所〉の関係者でね、そのツテでボクも媛巫女の訓練道場に入ることになるんだ」
「それは聞いたことあるね」
「うん。父さんは禰宜だったんだよ。わりと凄腕らしいんだけど、とある妖怪の呪いを受けて両足の膝の腱がなくなっちゃってね。今は筋肉で動かしているんだけどあまり無茶はできないので引退ということになったんだ」
―――腱がないのに筋肉で動かすって……
化け物ですか。
「母さんはガテン系の作業員でね。二十年前ぐらいから退魔結界として〈護摩台〉が導入されたときに設営を任されていたんだ。今の京一みたいな感じなのかな。もちろん、バイトじゃなくてれっきとした〈社務所〉の巫女扱いだったんだけどさ。一応、建前だけじゃなくて巫女としての仕事もさせられていたっていってたけど、巫女装束は似合わないから作業着やツナギの方がいいって愚痴っていた。養女であっても育てられた娘の意見としては確かにそっちの方が正しい気はするけどね」
御子内さんのお母さんには会ったことがないが、僕の中でのイメージはほぼ固まってしまった。
どういう風に固まったかは怒られそうなので口にしない。
僕は石橋も叩いて渡る男なのだ。
「ボクは今でこそ素直で言うことを聞く娘だけれど、当時は大変だったろうね。まともに小学校に行けるようになるまで何年もかかかったぐらいだもの」
「……そんなに」
「まあ、日本の一般常識には欠けていたからしょうがない。で、中学に上がると同時に媛巫女の訓練道場に入ることになったんだけど、その頃にまあ面倒な事件があってね。三か月ぐらい遅れて入ることになったんだ。音子やレイとはその時からの知り合いかな」
そこからのことは、たまにみんなから聞くことがある。
我武者羅なファイティングスタイルの御子内さんにみんな戸惑いつつも、感化されていって、最後には彼女たちは黄金世代と呼ばれるようになったのだということだ。
訓練道場に入る巫女たちは少なくないが、実際にものになるのは毎年数人しかいないという狭き門を一人の脱落者もなく抜けたという、奇跡の世代でもあるという。
とはいえ、三年ぐらい前に関東近郊での妖魅事件の同時多発的発生に苦慮していた〈社務所〉の上層部にとっては渡りに船だった。
ほぼ全員がそのまま見習いとしてではあったが、実戦に投入されたらしい。
〈護摩台〉の設営のなり手が足りなくなったのもわからなくない。
おかげで僕みたいなのが、御子内さんの専属として助手扱いされるようになったのだから。
「……音子さんたちは旧い神社の跡取りとかみたいだからわかるけれど、御子内さんはどうして媛巫女になることにしたの? お父さんたちの影響とかかな?」
「お義祖母ちゃまが無理矢理ね。まあ、前から興味だけはあったし、なんというか身体を動かすことは好きだったから必然かも知れないかな」
彼女のお義祖母ちゃまというのは、御所守たゆうさんのことだ。
今でも最大の後見人という話だ。
確かに古式ゆかしい神社のバックアップのある親友たちと比べると、御子内さん自身には背景がないので、偉い人の後見が必要だとは思う。
ただ、〈社務所〉の重鎮であるたゆうさんが直接ただの巫女の後見に就くというのは非常に稀なことな気がする。
御子内さんが同期も含めて最強の巫女レスラーであることを僕は信じて疑わないが、逆にいえばそれだけだ。
彼女だけ特別扱いされるような理由でもあるのだろうか。
しかし、一つだけツッコミどころがあるのだが、そこはあえてスルーした。
―――「体を動かすのが好き」ってレベルじゃないよね!!
さて、話を続けよう。
「三年みっちりと修行してから、ボクらは見習いとして数ヶ月過ごして、ようやく一人前の退魔巫女として戦うことになったんだ」
「僕と初めて会ったときは、もう見習いじゃなくなっていたよね」
「まあね。あの時は、〈
「へえ。そんなに妖怪が出たんだ」
「あの頃、藍色はひきこもるし、皐月のバカはアメリカに行ってしまうし、どういう訳かアニマは静岡に移転させられて、
……アニマと
いつのことだったかな。
「まあ、とにかく京一と出会わなかったら、ここ一年半ぐらいはどうにも回らないぐらいだったといっても過言ではないね。本当にありがとう」
「どういたしまして」
「来週になったら、ボクらも高校三年生だ。受験も就職も心配することはないけれど、できる限り色々と経験をしていきたいね。でも、ボクがJKでいられるのもあと一年かあ」
「以前から聞こうと思っていたんだけど、どうしてそこまでJKにこだわるの」
「ん? 別にどうということはないけれど、さっき話に出た静岡に派遣された同期にアニマというのがいてね。そいつがよく口にしていたんだ」
「なんて?」
御子内さんは一瞬の躊躇もなく、
「もし、生まれ変わったら可愛いJKになりたい」
と答えた。
「―――ああ、皐月さんとどっこいどっこいの変態がいたんだね」
でも、その変態丸出しの発言を聞いて、JKに憧れる御子内さんも大概だと思うが、まあいいか。
何かしら思うところがあったのだろう。
物心ついたころから艱難辛苦を重ねていたであろう、この優しくて強い女の子が影響を受けるぐらいに大きな何かが。
「それで、そのアニマという巫女さんはどういう
すると、御子内さんは腕を組んで……
「うーん、あいつを女の子と呼んでいいものか。とりあえず、巫女ではあるし、湯浴みも一緒にした仲だから女であることは確認済みなんだが……」
とんでもなく歯切れが悪かった。
はて、いったいどんな人なんだろう。
「そういえば、集合写真のデータがあったかな」
と、御子内さんが僕に見せてきた写真を見て、ようやく合点がいった。
「確かにパッと見だけでは女の子とは言えないかもね」
―――会ったことのない女性に対して、僕はとても失礼なことを言ってしまった。
でも、本当にその写真に写っている巫女装束の女性は、そういう容姿の持ち主であったのである……
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