―第50試合 厭らしい夢の果てで―

第387話「ラブホテルに行こう」



「京一、ラブホテルに泊まりに行くよ!」


 ―――何を言っているんだろう、この残念な巫女さんは。


 まっさきに僕がやったことは、御子内さんの頭を撫でてあげることだった。


「なにをするんだい!?」

「いや、初期の凛々しさはどこに滅却されてしまったのかと」


 ちょっとメタなことを言ってみた。

 頭を撫でられることに抵抗があるのか、すぐに逃げられてしまったけど、なんだかプンスカと頬を膨らませている。

 頬袋に餌をつめこんだ栗鼠のようだ。


「子ども扱いしないでくれないかな! だいたい、京一とボクは同い年じゃないか」

「退魔の仕事をしていないときの御子内さんはだいたい子供っぽいけどね。―――で、どうしてラブホテルに行くことになったの? お仕事なんでしょ?」

「ぐぬぬぬ!!」


 なんだかさらに頬を膨らませている。


「初手から仕事と決めつける京一の態度に腹が立つね!! ボクとキミとで、なんというか、えっと……、そう、婚前交渉をしようという話かもしれないじゃないか! そんな予定はなかったけど! うん、なかった!! 残念だったね!」


 そんな婚前交渉なんて単語で恥ずかしがっているのに、どうしてわざわざ強調しようとするのかな。

 あと、僕はほとんど残念でもなんでもなかった。

 だいたい「ラブホテルに行こう」というのは、「スタジアムに行こう」的なノリでいうものではないので、最初からお仕事だとわかっていたというのに。

 そもそも、今の御子内さんの格好は、いつもの白衣と緋袴、黒のリングシューズと指ぬきのキャッチグローブなのでお仕事モード全開なのだ。

 待ち合わせた理由は聞いていないけど、どう考えても〈社務所〉の退魔業であることは疑いようのないところだった。

 

「確かにボクは神に仕える巫女らしく清らかな処女だけど、ボクにだって欲望というものは百八つほどあって、そういうところにも興味津々なんだよ」

「昔、そういうこといって合コンに出た人がいて、つきあわされた僕まで酷い目にあったよね」

「あれは偶々たまたまだね。そうあることじゃない」

「へえ」


 この手の話になると綺麗さっぱり悪びれないのがこの女の子の特徴である。

 普通のJKというものに極端な憧れをもっているので、よく雑誌で仕入れた知識をさも自分のことにように語ったりもする。

 どうやら読者モデルというものが気になっているらしく、最近、応募するかしないかを検討しているようだ。

 以前、親友の音子さんが横浜で写真を撮られて雑誌に載ったときも、なんだかよくわからない嫉妬みたいなものでうんうんと唸っていた。

 きちんと本屋で購入してしっかり本人かどうか確認しているのがいかにも彼女らしいが。


「ラブホテルにどんな妖怪が出るの?」


 このままでは話がまったく進みそうにないので、こちらから水を向ける。

 ようやく退魔巫女の本分を思い出したのか、御子内さんはポケットからメモ帳をとりだした。


「―――〈枕返し〉みたいだね。八咫烏が拾ってきた助けを求める声だという話さ」

「〈枕返し〉? 聞いたことあるな。夜中に、寝ている人の枕をひっくり返したり、頭と足の向きを逆にするっていう妖怪だよね」

「ああ、それだ」

「確かにラブホテルなら、宿舎みたいものだし枕も寝ている人もいるから、そんな妖怪が出るだけの素地はあるか……」


 おかしな話ではなかった。

 ラブがついているからどうしてもピンクな話になってしまうが、ホテルの一種であることは間違いない。

 寝ている人がいるのなら〈枕返し〉が出てもおかしくはないはずだ。

 これが、オフィス街の誰もいない深夜ビルとかだったらさすがに変だけどね。


「でもまあ、そんなに危険な妖怪でもなさそうだし……」

「ところがぎっちょん、そうじゃないんだ」


 御子内さんが指を立てた。

 また死語みたいな言い回しをする。


「……何かあるの?」

「うん。どうも、その〈枕返し〉の被害を受けた泊り客には共通点があってね」

「共通点?」

「ああ。―――別れてしまうらしい。しかも、そのラブホテルの前で派手に痴話げんかをするものだから、ネットで噂になっているということだ。いわく、『泊まると別れる悪霊憑きのラブホ』とね」


 それは―――深刻だ。

 ぶっちゃけた話、ラブホは性交渉をするための場所といっても過言ではない。

 もともと商売での売春でもない限り、ある程度は付き合いのある男女が入る場所である。

 基本的には恋愛関係にあるカップルが、ホテルを出たところで喧嘩別れをすることは皆無ではないだろうが、あまりにも頻繁に起きたら噂になるだろう。

 去年行った井の頭公園みたいなものだ。

 客足が遠のくのも当然である。


「それで支配人とかオーナーが助けを求めたということかな」

「だろうね。この手の宿には共通のご神体があってね。そこにお百度でも参ろうというぐらい熱心に二拍二礼をしていた男性の助けを、八咫烏が聞きつけたらしい」

「なるほど……」


 僕でも知っていることだが、〈枕返し〉という妖怪はそんなに危険なものではない。

 寝ている人間の枕を引っ繰り返したり、寝相を悪くしたりする程度のことしかしないのであるから。

 御子内さんほどの武闘派がでるほどの相手ではないと思う。

 とはいえ、くだんのラブホテルの側からすれば一刻も早く退治してほしいことは確かだ。

 ちなみにそのラブホテルは渋谷にあることから、一日でも早く解決しないと破産しかねないのだろう。


「……だから、ラブホテルで一泊するわけだ。〈枕返し〉を誘き出すために」

「うん。〈護摩台〉を用意するほどの妖怪ではないけれどね」


 作戦もだいたい想像がつく。

 二人一組になって、片方が囮になって寝ることで妖怪を誘き出し、姿を現したところで隠れていた相方が叩きのめすということになるだろう。

 となると、役割としては僕がデコイで御子内さんが迎撃役インターセプターということになるはず。

 そういう意味で、「ラブホテルに泊まりに行く」という訳だね。


「……ご両親に外泊許可を貰った?」

「だから、ボクを子ども扱いするな!! 男の子とホテルに行ったからといって心配されるようなお子様ではないぞ!!」


 そこでムキになるのが子供なんだと思うけど、面白いので放っておこう。

 うきーむきーとモンキーみたいな態度を取っている御子内さんはとても可愛かった。


「まったく、ボクみたいな可愛いJKとホテルで逢引きするというのにキミという男はいつもと変わらないというのがとても腹が立つね。ボクにだって女としての矜持というものがあるんだよ」

 

 思うに、御子内さんはもっと別のことに拘った方がいいのではないだろうか。

 どんなに危険が少なくても僕らを待ち受ける〈枕返し〉は妖怪なのだから。

 


              ◇◆◇



 もっとも、もっと状況を舐めくさった人間がいたのである。


「京いっちゃん、hola!オラ


 今回の戦いの舞台となるラブホテル〈八月の囁き〉の従業員口で僕らを待っていたのは、てらてらと光る銀色の覆面マスクをつけた、神宮女音子さんだった。

 どうして、こんなところに彼女がいるのか、と思ったらこのラブホテルは渋谷にあって、東急田園都市線の沿線は音子さんの縄張りなのだ。

 渋谷でのオカルト事件はたいてい把握しているはずだから、僕―――というよりも御子内さんの動向を追っていても不思議はない。

 先回りをすることだってできるだろう。


「音子、どうやってここに!?」

「そんなの別にいいよね。アルっちが京いっちゃんとホテルにしけこもうなんてするのは、ちょっと許しがたいから見張りに来た」

「待て! ボクは別にエッチなことをしにきた訳じゃない! 誤解したり、曲解したり、下衆の勘繰りはやめてもらおうか!!」

「アルっちは耳年増のむっちりスケベだから信用できない」

「うがー!!」


 渋谷の夜だというと、やはり人通りが多く、すれ違う通行人がみんなしけじけと眺めていく。

 巫女姿の二人が(一人は覆面付きだし)、なにやらがなり立てながら、力比べをしている光景は滅多にお目にかかれないから仕方ない。

 写メ撮ろうとする人がいなかっただけで良かったかもしれない。


「音子おおおおおおお!!」

「アルっちぃぃぃぃぃ!!」


 仲がいいのは良いことだけど、この二人だとこのままストリート・ファイトになりかねない。

 僕は二人の手を引いて、さっさと〈八月の囁き〉の中へと入っていった。

 その様子を見て、


「え、もしかして3Pかな?」

「うわ、ランコーかよ」

「修羅場の挙句に女二人をラブホに連れ込むってすげえ」

「あれがスケコマシってやつか!!」


 なんていう酷い風評被害と人格攻撃を背中に受けるしかないのが辛いところである。

 だが、二人は従業員口から室内に入っても睨みあって、


「くそ、音子、ここで決着をつけてやるぞ!!」

「やってみろ、アルっち!!」


 まだ続けていた。






 ―――ホント、いい加減にしてくれないかな。


 

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