第368話「ドーピング」
前半終了間際に同点に追いつかれたのはよくない。
特に、先生直後の隙を突かれて、PKで失点なんて最悪だ。
加えて、守備の要でもあるCBを失い、負傷交代するとあっては……
「うふふふ、うちが入ったからには
皐月さんがどうでもいいことを言いながらアップをしていた。
ちなみに畝傍というは、明治19年に日本に回航される途中、シンガポール出港後行方不明となったフランスで建造された日本海軍軍艦である。
ある意味、タイタニックよりも先行きが怪しい。
だが、ロバートさんの代わりになるのはこの人しかいないのだから仕方ない。
でも、サッカーをやったことも観たこともほとんどないということを知って、どうにもならないと嘆息してしまった。
「だいじょーぶ、俺たちのフィー○ドとシュ○トはちゃんと全巻読んでいるからさー。ところで、センターバックってどこ? ア○ル? 後ろの穴といったら、それでしょ!」
元気満々で下ネタをぶっぱなしてきている。
だが、〈社務所〉の道場や同じ高校で刹彌皐月がどういう人物かある程度知っているらしいメンバーはほとんど無視しているところが凄い。
もしかしたら困っているのは僕だけだろうか。
「皐月さん、刹彌流は封印してくださいよ。審判は八咫烏です。もし、皐月さんが殺気を投げたら絶対にファールとってきますからね」
「そうなん? カラスの分際で生意気だなあ。おーい、おまえら、うちが焼き鳥にして食っちまうぞ!!」
「とりあえず挑発しないでくださいよ。……ところで、あっちのチームの選手って殺気とかだしてますか?」
「ちょっとだけね。フェイントとかには出しているね」
「蹴るのや動く方向の予測はできますか」
「やってやれないことはない。やってできるが
「―――はい、おまかせします。相手の出した殺気を邪魔する方向に立つのを心掛けてください」
シュートやパスを撃つ時も殺気が出ているとすると、彼女ならばそれを読み取って攻撃のリズムを狂わせられるかもしれない。
ぶっちゃけ雑魚かなと思っていた皐月さんにも使い道があるようだ。
それだと、システムを変更するか。
「てんちゃんは下がって、僕とCBのコンビを組んで。ロバートさんの高さがなくなったから、空中戦はこの際捨てよう。皐月さんは僕たちの前に出て、まきさんとダブル・ボランチで」
「なに、そのダブルチン○ンって」
「……まきさん、頑張ってね。で、ヴァネッサさんは真ん中に入ってトップ下になって。3トップはそのまま、サイドのディフェンスも捨てる。ただ、いいところから放り込みはさせないように、プレスはかけて」
前半戦を終えたおかげで、御子内さんたちはプレスのなんたるかをだいたい把握していた。
ゴール前にいい浮き球さえあげさせなければ、柳生姉妹のサイドはわりと鉄壁なので、あとは中央をケアするだけだ。
まだ少年たちのチームなので力はないし、やりあえるレベルである。
「よし、後半も同じようにやっていこう」
「「「「おおおお!!」」」」
円陣を組んで、僕らはピッチに戻った。
だが、試合は半分を過ぎ、確実に変化していた。
四人の死霊選手たちの様子がおかしくなっているのである。
ぽっかりと黒い穴が開いたような顔はそのままだが、全身の筋肉がさらに膨張し、マッチョを通り越してゴリラになっていた。
ただでさえピチピチだったジャージが、もうはちきれんばかりに膨れ上がり、太ももなんて御子内さんの腰ぐらいはある。
さらにいうと背筋の盛り上がりは異常だった。
ノートルダムのせむし男よりはバランスがとれているといえるぐらいの、異常な瘤のようであった。
「……京一先輩。ヤバいですよー。あいつら、男の子たちの生気を吸い取って、パンプアップしています」
「パンプアップで済むレベルじゃないよね」
「てんちゃんたちならともかく、パツキン先輩やなでしこ先輩は接触させちゃダメです」
「ヴァネッサさんとまきさんはとにかく四人には近づかないように言うか」
この二人ははっきりいえばただの人間だ。
清浄なる〈気〉を使える巫女ならばともかく、あんな状態の幽霊と接触したどうなるかわからない。
あいつらとの戦いは退魔巫女たちに頼むしかないだろう。
ただ、僕はかなり腹が立っていた。
(なんだよ、さっきまで幽霊の癖に一生懸命生前のプレーでやってきたのに、負けそうになったらそんな卑怯なことをするのかよ……)
さっきの奇襲は素晴らしかった。
守備の主力であるCBとボランチを一気に上げてマークをはがすなんて、普通ならチャレンジできない方法だ。
操られているだけにしか見えない少年たちは、戦力でもありお荷物でもあるというのに、指示するだけでうまくチームを動かしていた。
牡丹灯籠よろしく少年たちに憑りつきつつ、サッカー指導をしていたのはこの足でボールを蹴るだけの不自由なスポーツを愛していたからに違いない。
自分たちが事故死したせいでチームは降格し、廃部寸前にしてしまったという後悔が彼らを死霊にしたのだろう。
だから、試合に負けたくない、負けてたまるかという気分になるのはわかる。
だが……
だからといって……
「やっていいことと悪いことがある」
四人の死霊以外の少年たちの顔が異常なまでに青白くなり、さっきまでよりも激しくやつれていた。
明らかにわかる。
あの四人の死霊が、少年たちの生気を吸い取ったのだと。
今までの経験から、死霊となった人間が生きている者たちから生気を吸い取ることはよくあることだと知っていた。
これまでも深夜の練習のためにやってきた少年たちがやつれ始めていたけれども、それは死霊と接触し、被るべき当然の代償としての霊障だった。
しかし、今、四人は教え子たちから力を吸収することでパワーアップを果たそうとしているのだ。
それは勝つための手段かもしれないが、結果は手段を正当化しない。
さっきまでのサッカーに情熱を燃やしていたはずの彼らは、許されないドーピングに手を染めたのだ。
スポーツの世界に政治を持ち込むことと、ドーピングをすることはすべての裏切りである。
アスリートも、アスリートを応援する者も、絶対に許さない。
カアアアア
八咫烏が鳴いて、後半が始まった。
リスタートは死霊チーム。
FWはすぐにボールを下げて、ボランチに預ける。
こっちも二倍以上に膨れ上がっていて、さっきまでとは体格が違いすぎた。
さらに後ろのキーパーはもうほとんど巨人だ。
あれではゴールマウスの三分の一が塞がれたも同然だ。
普通にシュートしただけでは完全に防がれる。
どうすればいい。
ボランチでありながらボールを配給する役―――レジスタにもなっているキャプテンマークに死霊の足が止まった。
その目の前に御子内さんが立っている。
もともと彼女のいた右ハーフの位置にはヴァネッサさんが張っていた。
ポジションチェンジだ。
もう一人の死霊CBにはレイさんがついている。
彼女の〈神腕〉ならこんなサイズ差どういうこともない。
マッチアップした御子内さんが言う。
「キミ、勝つためになりふり構わないという場合でもやってはいけないことがあるということを知っているかい?」
死霊は答えない。
答えることができないのかもしれない。
「ボクは、強いものが、道を示すべき立場のものが、弱いもの、導かれるべきものを踏みつけるのが嫌いだ。何よりも嫌いだ。だから、キミたちがボクたちに勝つことを優先してやってはいけないことに手を出したことを糾弾する」
いつものようにパンチもキックしない。
ただ、御子内さんはいつもと同じに敵と対峙する。
「ボクたちがキミらを否定する。負けて後悔するがいいさ」
何倍もの体格差をものともせずに、御子内さんはボール奪取のデュエルに挑む!
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