第367話「失点」
サッカーに限らず、すべての闘争において、先制は大事である。
自分たちに流れというものを一気に引き寄せることができるからである。
さっきも言ったが、一流の戦士というものはどいつもこいつもこの流れというものを感覚的に掴んでいるものだ。
ヴァネッサさんはFBI捜査官であって戦士ではないが、御子内さんが見せた超一流の動き出しに思わず釣られてパスを出してしまい、そのスイッチを入れる役割を担った。
そのパスに何かを感じたのか、レイさんと音子さんだけでなく柳生冬弥さんも走り出した。
今が好機だと。
サッカーでいえば遥かに場数を踏んでいるとまきさんでさえも感じていなかった風を掴んだのだ。
結果として、先制点が生まれた。
サッカー歴二日、試合をしたのは初めてというメンツがベイルとクリスチアーノ・ロナウドのようなコンビプレイで点を取ったのだから。
御子内さんたちにしては派手にはしゃいでいた。
まだ決着もついていないのに珍しい。
スポーツだから油断していたのだろうか。
そこを突かれた。
カアアアア
ハーフラインから試合が再開してすぐに、なんと、死霊のボランチと中央のCBが一気に前線に上がってきたのだ。
守備の要である二人が、である。
だが、予想していてしかるべきだろう。
その二人はポジションでいえば、ボランチとセンターCBでしかないが、もし当時の日本代表にあてはめて考えてみれば、稲本潤一と松田直樹なのである。
共に試合の流れによっては、スルスルと上がっていき、マークを掻い潜って前線を強化する攻撃もできる守備の選手であった。
死んだ大学生たちがどれだけ代表を研究していたかは知らないが、そのポジションに入るのならば同じ作戦をとってもおかしくはない。
逆に新戦術はないだろうと高をくくっていた僕らの油断だった。
かつての、古い戦術でも、絶対に機能しないとは限らない。
流行すたりの問題でしかないともいえるのに。
おかげで先制して浮足立っていたディフェンス陣がなんなく切り裂かれてしまう。
だから、上がってきた二人についてマークの受け渡しができず、トップ下の選手についていたてんちゃんがボランチに吸い寄せられるように動いてしまった。
そうなると、トップ下がフリーになる。
リスタート直後の緩い時間帯に、トップ下にボールが渡った。
しかも前を向かせてしまう。
何かしてくる!
意識する前に、最終ラインに死霊のボランチが割り込んできた。
FWをケアしていた僕とロバートさんの間に。
渋滞が起こった。
ロバートさんがマークを見失いあぶれた。
その瞬間、ボランチの陰になっていたてんちゃんが突っ込んでくる。
後を追うので必死すぎて、周りを見ていなかったのだ。
おかげで仲間同士が激突することになる。
てんちゃんとロバートさんの正面衝突。
が、そこはさすがというか、てんちゃんはロバートさんの肩に手を当てると、無理な体勢で袖釣り込み腰のような形でふわりと投げる。
あまりにも速い、さすがはコマンドサンボの使い手。
味方相手に何をやってんだ、と思う間もない。
あとで考えると彼女なりに相棒の透明人間にぶつかって怪我をさせないようにという配慮だったのだろうが、そんなに高く投げなくてもいいだろうに。
ロバートさんは抵抗もできずにバンザイの格好のまま宙を舞った。
カアアアアア!
八咫烏が鳴いた。
何が起きたかと思う暇もない。
ファールを取られたのだ。
でも、てんちゃんが味方の選手を投げ飛ばしたからファールを取られたということではない。
そんなバカなジャッジ、ACLでもそんなにない。
ファールというよりもハンドを取られたのだ。
投げ飛ばされたロバートさんの両手目掛けて、トップ下の選手がボールを当てたのだ。
不可抗力だと思えなくもないが、次の八咫烏の行動のせいで腑に落ちた。
八咫烏はゴールエリアの上を鳶のように回りだした。
そこはPKポイントだった。
ペナルティーエリアの中でのハンドは場合によっては厳しく判定される。
しかも、その結果としては、
「PKェェェですとー!!」
文句を言ったのは当然原因となったてんちゃんだ。
八咫烏に食って掛かる。
喋るカラスに抗議するミニスカの巫女というよくわからない光景が始まった。
てんちゃんが退場させられてはたまらないと藍色さんが後ろから羽交い絞めにするが、それでもおさまらない。
「殿中で、殿中でござる!!」
「掴まれている方が言う台詞じゃにゃいって!!」
「放してください、ミラクル藍色センパイ! この鶏がらスープにてんちゃの鉄拳をお見舞いするんでーす!!」
「審判に暴言吐いちゃ駄目だって!!」
二人の回りに仲間が集まるが、実はもう一つ人だかりがあった。
ピッチ上で投げられたロバートさんが痛んでいたのだ。
でっかいだけあってあんな倒れこみをするともう自爆に近い。
町田ゼルビアの井上選手が清水エスパルスの大前元紀の上に降ったときなみに、大きな衝撃が襲ったのだと思われる。
頭を打ったわけではないようだが、背中を打ってかなり痛がっている。
様子を見ていた友埜さんが×を作った。
ロバートさんは少し休ませないといけないようだ。
CBが不慮の退場というのは困るし、残っているサブの選手は―――アレなのでちょっとマズいところだが仕方ない。
八咫烏が無情にもイエローカードをあげていることもあり、大事を取ってやすませるしかあるまい。
しかし、まさかこんなことになるとは……
「イエローは厳しくないかな?」
まきさんに言うと、
「昔、福西崇史がジュビロのときに、鈴木隆行に対してやったプレーみたいでしたね」
「なに、みんなどうして鈴木隆行に詳しいの?」
といううんちくが返ってきて、どうすりゃあいいのかな。
ちなみにボールをセットしたのは死霊のFWで、こういうときの雰囲気のある選手だった。
顔に黒い穴が開いていて見えないこともあり、GKが目線を追うようなことはできそうもない。
カアアアアと八咫烏が合図をしたことで、FWは何歩か下がって、それからキックをした。
おそらく初めてのPKに対応できず、さすがの藍色さんも逆を突かれてしまう。
失点。
そして、やや遅れて、前半終了の鳴き声。
僕らはハーフタイムの直前に追いつかれてしまったのだ。
しかも、後半には頼りになるプレミアのフーリガンがいない状態である。
まだ半分あるのか、それとも半分しかないのか。
僕らの奇天烈な試合はまだまだ予断を許さないのである……
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