第366話「先制点はどちらがとる?」



 喋るカラスが主審と副審という、前代未聞のサッカーの試合がキックオフした。

 先攻のボールは我らが〈ミコミコファイターズ〉で、案の定というかやはりというか、最初にレイさんがちょこんとボールに触れたと同時に御子内さんが思い切り敵ゴール目掛けてシュートを放った。

 キックオフ・シュートという奴だ。

 さっきの大会の初戦でうまくいって味を占めたのか、実は六試合中三試合までこれをやっている。

 僕が言うのもなんだが、御子内さんは調子に乗って有頂天になってしまうタイプでもあるのだった。

 正式なフットサルのコートは縦が38m~42m、横が18m~22mとなっているが、サッカーのピッチは90m~120m、横が45m~90mである。

 要するに、二倍以上あるということなのだ。

 脚力のある御子内さんでも正確にハーフラインからゴールを狙うことは難しい。


「しまった!!」


 やっぱりボールはゴールまで届かず、死霊のキーパーに軽くジャンプキャッチされてしまった。


「しまったじゃねえよ。おまえ、やっぱそれ禁止な」


 あえて蹴らしてあげたらしいレイさんに嫌味を言われ、いーっと反撃をしているところが妙に可愛い。

 とはいえ、ボールは相手陣内に入った。

 あっちの攻める番だ。

 普通のサッカーならば、前線がボールホルダーとそのパス先になる選手にチェイスをかけて、好きには蹴らせないようにするのが定石だが、ほとんどが素人のうちのチームの場合はそこまで組織だった守備はできない。

 トップの三人には、ボールを持った相手と自陣のゴールの間に立って「切る」ことだけを要求した。

 それだけでも相当パスコースは限定されるのでOKだ。

 まあ、当たり前だけれども、相手チームの中心は大学生の死霊たちなので、ボールはそこに集められることになる。

 組み立てや、攻撃の起点はすべて死霊たちから行われるのだ。

 ボランチの選手はさすがに上手く、適正な位置で受けられるたびにインサイドハーフが引きずり出されてパスを回されることになった。

 アンカーに配置したてんちゃんはほとんどトップ下の子へのマークについていて、2トップのケアはほとんど最終ライン全員でケアしなければならないという面倒くささだった。

 僕とロバートさんの間に死霊のFWが入り込み、もう一人のFWが左右へ動き回るのだ。

 その度にSBの二人が吊りだされるので4バックのラインは崩されまくりなのだった。

 もっとも、正直、こんな急造のバックラインで組織的な守りができるはずもないので、僕らはできる限りベタ引きで戦っているから問題はなかった。

 死霊FWのミドルシュートさえ注意しておけば、中学生男子のシュートなどあまり警戒する必要はないのだ。

 なんといっても、こっちのGKは背こそ低いが、最強の巫女ボクサーなのだ。

 とんでもない反射神経で真っ正面から打たれた程度ならすべて弾き返してしまう。

 だから、縦を切っておけばさほどの危機にはならない。

 

「押し込まれているぞ、升麻。どうする?」

「やっぱり戦術が古いのが助かりましたね。スリートップを4-4-2で防ぐのは難しいですから。といっても、あっちはさっきから修正できていない。やっぱり、幽霊ですからねデータの即時更新はできないようです」


 しかも、あっちのチームには監督がいない。

 状況を的確に分析し、切り札となる選手を投入したり、相手チームの長所を見抜いて対応させるベンチもいないのだ。

 それは致命的だ。

 サッカーに限らず試合も戦いも流れというものがあり、常に一定のままで終わることはない。

 一流はその流れというものを見逃すことはなく、読み損ねることはなかった

 それがどんなものであっても。

 そして、僕の友達たちは全員が一流の退魔巫女とFBI捜査官と女忍びであった。


「或子サン!」


 弾き飛ばされたボールを拾ったヴァネッサさんが、ダイレクトで前に蹴りこんだ。

 声が聞こえてから動いては間に合わない。

 御子内さんはそれよりも先に裏にダッシュした。

 いわゆる「ボールを呼び込む動き」というものだ。

 これはパサーがボールを蹴る前に動き出すことから、釣られるようにそちら目掛けてパスを送ってしまうのである。

 仲間の動きの質を熟知していないとできないものだが、試合が始まって以来、ずっと御子内さんを見続けていたヴァネッサさんだからできるものだった。

 ボールは最終ラインのSBを通り越して飛び、御子内さんはギリギリでオフサイドにならずにタッチラインでボールを確保する。

 副審の八咫烏は何も鳴かない。

 ゴール前にはすでにレイさんと音子さんとDFが飛び込んでくる。

 クロスを上げても間に合わない。

 ここは一旦戻すか。

 バックパスを受けようと、オーバーラップしていた冬弥さんが近寄る。

 それにつられてSBの少年が寄せるが、御子内さんの狙いはそっちだった。

 SBの裏をかいて、中央にドリブルをする。

 ボールの回転を見極めることができる御子内さんらしい鋭いドリブルだった。

 ペナルティーエリアの中に侵入する。

 そうなると、死霊のCBがでるしかない。

 フリーでシュートを打たせる訳にはいかないからだ。

 例え吊りだされて中が薄くなったとしても。

 だが、コースは塞がれている。

 180センチのCBは存在だけで壁になる。

 それを横に躱して撃つ技術は彼女にはないはず。

 無駄を承知で撃つか?


「嘘っ!!」


 チョコン

 

 御子内さんが軸足を置いて、蹴り足のつま先が上を向いた。

 吸いつくようだったボールがありえない孤を描く。

 ループキック。

 退魔巫女のとんでもない身体能力と戦いのセンスがここに来て爆発した。

 手を使わなくては防げないキックに、本物の選手だからこそCBは見逃すしかなかった。

 もちろんキーパーも予想していない。

 味方CBの体で影になっていたこともあるが、まさか中のまさかだろう。

 誰もこんなパスがでるなんて考えていない。

 しかし、このボールの軌道に飛んでいたものはいた。


「どっせいぃぃぃぃ!!!」


 横っ飛びで叩き付けるようにヘディングを当てたのはレイさんだった。

 御子内さんのパスを知っていた訳ではないだろう。

 だが、「或子のバカのいつもの手口」を知り尽くしている親友にとっては予想の範囲内だったのだ。

 しかも、もしレイさんが外していたとしてもその先にはなんと音子さんがボレーキックを用意していた。

 彼女の動体視力ならば外すことはないだろう。

 恐ろしいことに二人とも御子内さんがやることを信じて動いていたのだ。

 あれだけいがみ合っていたというのに、さすがの友情と信頼がそこにあった。

 レイさんのヘディングシュートは過たずゴールネットに突き刺さった。


『カアアアア!!』


 先制点は〈ミコミコファイターズ〉。

 得点者は明王殿レイであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る