第365話「編成失敗?」



 死霊のコーチに率いられた少年たちは、一様に虚ろな顔をしていた。

 認識すらも曖昧になっているらしく、風太君は実の姉と相対しても反応らしい反応を示さない。

 あまりのことにまきさんが激しく叱咤して揺さぶって、ようやく「やは、姉さん」程度なのだ。

 正直なところ、意志のないロボットかゾンビのようだ。

 これではサッカーなんてできないんじゃないかとも思うが、この前の下見の段階では異常にファイト溢れたプレーをしていたのでそんなことにはならなそうだった。

 むしろ、黙々と機械的にプレーされた方が怖い。

 記憶に新しいところだと、中国で行われたアジア杯での日本代表が海外のファンから「マシーンのようだ」と評されたことがある。

 中国からの度重なる嫌がらせやブーイングにも屈せず、おかしな判定で失点したり、仲間が退場をしたとしても黙々と得点をして優勝したことをそう見たのだ。

 この少年たちは、その日本代表とはまた違う次元で機械のようにプレーし続ける。

 その点で不気味な対戦相手といえるだろう。

 一方の、我らが〈ミコミコファイターズ〉(みんな気に入ったらしく改名に応じてくれなかったのだ)は……


「こら、レイ!! しっかりボールを止めろ!!」

「うるせえ、てめえはあれが止められるっての!? 音子なんて、走りもしなかったぞ!!」

「あんなのただのルーズボール。追うだけ無駄」

「いーや、鈴木隆之なら全速で追ったに違いない!! 音子やレイには金狼の魂が足りない!」

「そんな京いっちゃんの受け売り、あたしにはカンケーない」

「そうだ、そうだ!! てめえの下手なパスを棚に上げるな」


 まったく息が合わなくなった前線の三人が姦しく怒鳴り合っている。

 どうも互いの距離が長くなったら、雑なパスが増えだしたので、責任をなすり合い始めた。

 距離がないときは、退魔巫女のとんでもない運動神経で処理できていたものが、遠くなったことでボールの弾道予測をしなければならなくなって経験の足りない彼女たちではどうにもならなくなったらしい。

 ただ、パスの精度というものは一朝一夕ではあがらないものだ。

 これはこの三人でのパス交換は期待できないな。

 つまり、御子内さんたちは最後のシュートによるフィニッシュに専念させるしかないか。

 そうなると、パスの供給源に期待せざるを得ないのだが……


「やはり、女子サッカー最強はステイツに決まっているわ。なでしこはもう魔術マジックの種が尽きたも同然よ。きっとドイツにも勝てないわ」

「ふざけないで。ロンドンの敗因は、フィジカルを重視しすぎたことによるパスサッカーの否定のせい。日本女子のアジリティを活かしさえすれば、パワー重視のアメリカなんて物の数ではないわ。だいたい、ワンバックの引退で力技がなくなって大丈夫な訳ないでしょうし」

「モーガンがいます。リリィも。なによりホープ・ソロが健在です」

「あれ、そろそろロートル……」

「○uck!」


 あの穏やかで知的なヴァネッサさんが、「Fから始まる悪い言葉」をいっちゃうぐらいに興奮していた。

 弟を助け出さなくてはならないはずのまきさんも、サッカー小僧というか馬鹿の地金が剥き出しになっている。

 広い意味では仲が良さそうだが両インサイドハーフがあれで中盤は機能するのだろうか。

 でも、この二人のパスが最後の頼みかもしれないのに……


「―――てんちゃんがやるから大丈夫ですよー」

「ありがとう。てんちゃんが頼もしく思えるなんて僕も末期かもしれない……」

「失礼なこと言われている気がしますねー」

「そうだ、京一。てんなんかに任せたら中央を簡単に突破される。何があったとしても、中央のラインだけは守るべきだぞ」


 臨時の相方になってくれたロバートさんがやってきた。

 包帯グルグル巻きのラガーマンにしか見えないが、この〈ミコミコファイターズ〉の中で唯一、しっかりとした男性ということで僕の心の支えになっている。

 ただ、この人の問題は……


「しかし、君ら日本人はなんでフットボールと言わないんだ。アメリカの影響を受けすぎだ。アメリカなんてFIFAランクもたいしたことのない国のサッカーなんて呼び名を使うべきではない」

「……いや、日本にサッカーをもたらしたのは」

「クラマーだろう。ドイツ人だが、彼らもフットボールはフットボールだ。確かに今となってはどうにもならないが、目が覚めたのならばすぐにでもフットボールに切り替えていこうと思うのが日本人というものではないのか!」


 と、強烈なサッカーの母国的な発言をかましだすのだ。

 しかも熱烈なプレミアリーグファンで、あのフィジカルコンタクトだけはナンバーワンのリーグこそ至高!と持論を展開しまくって五月蠅いのである。

 しかも、尊敬しているのがリオ・ファーディナントというぐらいにもうゴリゴリパワー重視な動きでもう筋肉バカなのであった。

 普段はそれなりに思慮深い人なのに、これだからフーリガンは。


「友埜ちゃ~ん、冬弥ちゃ~ん、うちとプレーしないプレー!! どんなプレーでもムフフ最高になれるってもんだよ~」

「邪魔ですわ!」

「いやーん、変態、すごーい」


 ちなみに同じ武蔵立川高校ということで、親しくなる機会を窺っていたという皐月さんは相変わらずのゲスいノリで双子の柳生姉妹に粉をかけていて、つれなくされていた。

 柳生姉妹は生徒会の役員ということもあり、学校では近づきにくいのだそうだ。

 とはいえ色香に迷った皐月さんの気持ちもわからんでもない。

 あっちはもう絡みたくないぐらいに桃色すぎる。

 そもそも、柳生さんちは四姉妹すべてエロエロな色気満々の女の子ぞろいなので僕としてもあまり近づきたくない人たちなのだ。

 美厳さんと御子内さんが不倶戴天のライバルであるから、僕が柳生と親しくしていると相棒がお怒りになるのであるし。

 まったく、小学生みたいな意地は張らないでほしいものだ。

 

 ……と、ここまでのチームメイト紹介でわかってもらえたかと思うが、このメンバーを御して中学生男子+死霊大学生四人相手にサッカーで勝って、成仏させるというのはそれはそれは厄介な話だということを言っておく。

 なんていうか、スペックは高いのに自滅しそうなチームだった。

 これだったら色々と考えないで、御子内さんを野に解き放った方が早かったかもしれない。

 別に音子さんやレイさんでも構わないけど。

 ちなみに、一人黙々と、ボールを高く投げてキャッチをする練習をし続けている藍色さんに惚れてしまいそうだということはあえて言わない。



           ◇◆◇



 それから、しばらくして僕たちと死霊少年サッカー団との試合が始まった。

 四人の死霊コーチは、それぞれGKとDF、CMFセントラルミッドフィルダー、FWに入っている。

 背番号からしてもたぶん、もともとそのポジションだったらしいことが窺える。

 1,5,8,11だからだ。

 兆勝大で事故死したのはキャプテンとレギュラーという話だったけど、そのメンツがいなくなったら瞬く間にチームが崩壊すること間違いなしだろう。

 そして、彼らが加わったことでゾンビみたいな少年たちのチームに強さが宿った。


(どうなるかわからないな)


 カアアアア


 八咫烏が鳴いている。

 なんと、あいつらが審判をやるらしい。

 僕とよく争う個体以外にも別の八咫烏たちがやってきて、上空を廻っている。

 とてもシュールな光景だった。

 あとで、いみじくも音子さんが言っていた、


「こんな馬鹿っぽい退魔業、今までに聞いたこともない」


 という言葉に相応しい試合が遂に幕を切って落とした。

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