第363話「巫女の力は万理に通ずる」
フットサルというのは、攻防の切り替えの早さで言うと、サッカーよりも遥かにバスケットボールに近い。
何しろ、ゴールとゴールの間が極端に近いのだ。
素早い人物ならすぐに敵陣地に侵入して、シュートにまで持ち込めてしまう。
おかげで、四人のフィールドプレイヤーはボールを奪われたらすぐに意識を切り替えて、守備に入らなければならない。
だから、一人がサボるとすぐに失点しまうことになる。
休めないのだ。
交代が自由なのはそういう攻防の速さから体力がすぐに尽きてしまうのを考えてのものだと思われる。
プロのFリーグの選手ですら、数分動いたら交代をするなどして体力を温存する。
こういう草大会は運動不足の人間が多いので、すぐに体力不足に陥ることになるのだ。
しかし、御子内さんを初めとする退魔巫女ばかりの〈ミコミコファイターズ〉のスタミナは底なしだった。
むしろ、僕の体力が尽きるので、てんちゃんと交代しなくてはならないのだ。
最初動きの悪かったみんなは、御子内さんの先制ゴールの直後に同点にされ、さらに勝ち越される。
だが、前半終了間近になると慣れてきたのか、一気に動きが良くなっていく。
中央に位置して、上下動を中心とするレイさんは、相手選手のチェックに対してほとんど無敵なのである。
巨乳の女の子ということで、ややスケベ心に駆られたのか、やりすぎなボディチェックをしてくる相手を手で完全に抑えてしまう。
サッカーでの腕の使い方というのは難しいのだが、もともと〈神腕〉のおかげで力のあるレイさんの場合、軽く押さえただけで大の男が動けなくなるのだ。
おかげでその前に行けずに封じられ、レイさんに預けられて落とすだけの単純なポストがやりたい放題になるのである。
落とされたボールを捌くのは、僕とてんちゃんの仕事で、左右どちらかのアラに渡す。
音子さんの素早い動きは、サッカーのものではなく、バスケだろうが、天性に近いスピードで躱していく。
一方の御子内さんは、恐ろしいことにボールの回転を完全に見切っている。
足元に来た強いパスですらちょんと触っただけで、浮かしたり、速度を変えたり、ボールタッチが異常なのだ。
サッカーというのは足を使うスポーツなので、自在に操るといっても限度がある。
だが、御子内さんはボールの回転と速度を見切って、止まっているかのごとくに蹴れるのである。
そして、彼女はシュート以外にボールを蹴らない。
どういうことかというと、彼女のドリブルタッチは当てるのではなく押すようにするのである。
だから、必要以上にトラップが流れない。
回転と速度を見切り、力加減さえ計算する彼女はボールコントロールの天才だった。
トラップさえ成功すれば、あとはシュートの精度だけである。
「音子!」
元気な声で叫ぶと、ゴール前に走りこんでいた音子さんにパスを出す。
コースこそ良かったが、あまりに早すぎるパスだったので普通ならば反応もできない。
なのに、音子さんは完全にぴったりと合わる。
音子さんについていたフィクソの選手は完全に振り切られていたのでドフリーだ。
ミートというわけにはいかなかったが、当てれば一点というパスに見事につま先を合わせるだけでたいしたものだった。
「ゴール!!」
これで前半終了間際に、〈ミコミコファイターズ〉は同点に持ち込んだ。
◇◆◇
「ゼイゼイ、どう、動きはわかった?」
「わかりましたですよー。あとはてんちゃんにお任せください」
僕はさすがに限界だった。
十分走り回るのは大変だ。
隣でけろっとした顔をしているモンスター達が羨ましいよ。
「音子さん、最後のシュート良かった。マーク外すの上手いよ」
「グラシアス」
「御子内さん、無理にシュートな行かなくてもいい場合があることをわかった?」
「まあね」
御子内さんはシュートを意識しすぎて、無理な姿勢やポジションからの外しが多かった。
打てば全部ゴールマウスの枠に収まるからたいしたものなのだが、キーパーとの縦のラインをディフェンスに切られると簡単に止められてしまうのだ。
そこからのピンチが二失点に結びついているのだから、ケアしないとならない失敗である。
だから、途中で御子内さんに「音子さんに合わせて」とアドバイスした結果なので、これは良かったと言えるだろう。
そして、恐るべきは藍色さんだった。
ゴレイロとしての彼女が防いだシュートは八発。
どうしてもゴレイロに責任のない二失点を除けば、手が届く範囲ならば全て弾き飛ばしているのだ。
読みが鋭く、相手の目線すらも見えているのが強みだった。
キャッチできないのが弱点だが、二失点目のパンチングミス以外はだいたい問題ないところか。
セーブ数を考えると、かなり高いといえるだろう。
「どうして入んねえだよ!!」
大学生たちが地団駄踏んでいるのが、むしろ気持ちいい。
「で、みんな、どうだった?」
ミーティングはしておかないとならない。
この短い時間にできることをするのが大事だ。
ハーフタイムに真面目に取り組めない選手は結局ものにはならないのである。
「思ったより当たっては来ないんだな」
「レイさん、本番ではもっと体をぶつけてくると思う。ただ、どれほど体格差があっても妖怪相手ほどじゃないから、耐えられると思う」
「わかった」
フットサルでは接触厳禁だが、大学生ぐらいではレイさんを揺るがすこともできないことがわかったのは収穫だ。
あの死霊のCB相手でもやりあえそうだ。
「御子内さんと音子さんは、今でもやれる。ただし、本番はオフサイドがあるから気をつけて」
「ああ」
「シイ」
……オフサイドってわかってんのかな?
まあ、この二人はテレビでの代表の試合ぐらいならみているだし、大丈夫か。
それにしても左右のアラの突破力が凄すぎる。
相手側はほとんど二人を捉えきれてないぐらいだ。
このあたり、サッカーが云々というより身体能力・運動神経・修羅場の経験値の累積がありすぎるのだ。
露骨なファールを狙っても触れることさえできない大学生チームが苛立つのもわかるというものだ。
「藍色さんはナイスセーブ。次は、ボールを取って、前にいる仲間に向けてスローするようにしてみて。ペスカドーラ町田にいるイゴールみたいに、キャッチしたら前に投げる。動画見せたよね」
「うん、観ました」
「あんな感じの高速スローを仲間の胸から足に向けて投げて。みんなは反射神経が抜群だから、確実にチャンスに結びつく」
「はいにゃ」
初めての試合とは思えないほどにうまくいっている。
スタミナに不安がないのも助かる。
とりあえず、フットサルとはいえ、やることはこれで学べるだろう。
「よし、後半はてんちゃんが入って、何かあったら彼女に預けること。てんちゃん、バックパスは禁止だから、追い込まれたらすぐにセーフティファーストで外に出しちゃって」
「わかりましたー」
「とりあえず予選三試合は戦術とか無視して展開していこう。誰か疲れたら、僕と替わろう」
まずそんなことはないだろうけど。
だって、十分走っても息切れ一つしてない人たちにスタミナの心配なんかしても仕方ないでしょ。
「じゃあ、僕からたまに声をかけるけど、それ以外は好きにやっていよ」
サッカーは自分の好きにやっていいスポーツだ。
ベンチからすべての指示が出る訳ではない。
サッカー偏差値というか、どういう風に動けばいいかを考えることができて、それを自在にこなせなくてはならないのである。
さて、今日の夜に迫った死霊サッカーチームとの試合のために、みんながどの程度やれるのか、確認するとしようか。
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