第362話「死霊たちの夜更け」
「―――今日も練習やっている」
昨晩と同じように、夜中に動き出した弟さんを追って、僕と御子内さんを含めた三人は兆勝大のグラウンド跡に潜り込んだ。
二日目ということでまきさんは慣れたものである。
昼寝をして眼が冴えているということもあってか、元気そのものだ。
なんでも体力的には御子内さんに匹敵するタフさを誇るらしい。
人間じゃないね。
カア、と頭上から聞き慣れたカラスの鳴き声もする。
八咫烏が夜だというのに飛び回っているのだろう。
「どれどれ」
茂みの端っこからグラウンドを見ると、やはり少年たちがサッカーの練習をしている。
だいたい中央にいる四人組が例の穴の開いた男たちだろうか。
男たちを含めても二十人ぐらい。
それほどの数の人間たち、しかも元気が取り柄のような男の子たちが一切喋りもせずに黙々とボールを蹴っているのはなかなかにシュールだ。
「でも、基本的な練習ばかりだね」
僕の記憶が正しければ、やっている練習はごく普通のものばかりだ。
あまりにも異常なことをしているという訳ではなく、その辺の学校の部活でも見ていればよく行われているものだらけだ。
対面パス、対角から走りこんでのワンツー、DFに見立てた三角コーンを躱してからのシュート……
どれも僕にさえ経験がある。
「御子内さん、どう?」
「―――死霊だね、あの四人は。遠目からでもわかる」
「やっぱり。人に憑りついているの?」
「だろうね。さっきの弟くんのやつれようは間違いなく
さすがに本職の御子内さんの目はごまかせない。
と言っても、素人の僕でもあの四人が生きていないことはわかるんだけど。
「ん、一か所に集まったぞ」
「あー、あれだと紅白戦のチーム分けじゃないか。昨日はここまでは見ていなかったけど」
「十一人はいなさそうだけど?」
「九人ぐら数がいればフルコートでも足りるよ」
「人数が足りなくても、他がそれだけ走ればいいだけだからな」
こちらの予想通りに、少年たちはコーチの死霊を含めて九人同士のチームに分かれて試合を開始した。
コーチは審判も兼ねているらしい。
前線の人数を減っているのは、やはり
わりと自然な最終ラインの上下を指導しているのは動きでわかる。
ただ、そっちでも声が足りないし、コーチの指示というよりも命令にロボットのように従っているにしかみえなかった。
考えての上下動とは思えない。
コーチの合図に絶対的に服従しているだけだ。
しかし、そのせいもあってか、防御に関してはどちらのチームもかなり精度が高い。
創造性のない
声を掛け合って連携を確認してさえいないのに、たいした防御だった。
「ふーん、うまいものだね。あの四人組は別格だし」
四人はそれぞれキーパー、
他の選手が豹頭弟同様に十四~五歳ばかりなのに比べると、四人だけ明らかに大人の体格を有していることもあるのだろう。
フィジカルが段違いだし、足元も確かだ。
限りなくプロに近い。
「だね。3バックでの守りのシステムも堅いし……」
九人だからという訳ではなく、どちらも最初から三人のDFによる守備体型のようだった。
比較的守りが堅いのはそういうこともあるだろう。
通常は四人での4バックだから、あの四人の指導の賜物だろうか。
「いや、升麻くん。あれは3バックじゃない」
「え、どういうこと。最終ラインは三人で守っているけど」
「確かにそうだけど、あれは3バックではなくてフラットスリーだ」
「まさかフラットスリー? そうなの?」
まきさんは指を使って、三人のDFを指した。
「三人の統率をとるのが中央じゃなくて、三人がそれぞれで判断をして最終ラインの上げ下げをしているし、動きがそれぞれCBのものだ」
「……言われてみると」
普遍的に用いられている3バックとは中央にストッパー型を置くものだが、それとは確実に異なる。
これは、以前、日韓W杯の時に見た日本の戦術そのものだった。
それで僕は閃いた。
「あれがフラットスリーだとすると……」
僕はスマホで検索を開始した。
〈社務所〉からのバイト料がかなりいいので、スマホに関しては最新型の高性能機を使うことにしているの。
おかげで調べものは相当楽になっていた。
常に検索しやすく弄くっているのもあるけれど。
それで今回もすぐにヒットした。
「あのコーチの死霊の正体がわかったよ」
「マジ?」
「本当かい?」
「この人たちだと思う」
僕は当時のニュースアーカイブから一つの記事を引っ張り出してきた。
もうネットニュースが普及している頃だから、意外と簡単に手に入るのだ。
それは2001年の記事だった。
「あー、わかった」
「何々……『試合前日に起こった悲劇。大学サッカー部員事故死』か……。四人死んでいるのか。四人はキャプテンとレギュラークラスばかりだった、と。事故の内容は、四人が移動のために乗っていた車に飲酒運転のトラックが激突したことによるもの。酒のせいで対向車線にはみ出てきて激突、四人には何の不注意もなかった、か」
「関東大学リーグの入れ替え戦直前に起きた事故だね。これのせいで兆勝大は二部に降格して、その後、大学自体の不祥事で受験者が激減、数年後にはこのグラウンド手放すことになり、さらにいうと兆勝大サッカー部はほぼ廃部寸前になった。……もし、この事故がなくてチームが勝ち進んでいたら、別の運命が待っていたかもしれない」
この記事にある事故にあった四人があの死霊のコーチたちならば、彼らが何をしたいかわからなくもない。
サッカーがしたいというだけではないだろう。
「しかし、どうしてわかったんだい? まきもすぐに理解したようだし」
とりあえず説明するか。
「あのコーチたちが教えているフォーメーションのフラットスリーというのは、日本ではそんなにメジャーなものではないんだ。ただ、爆発的に取り入れられたことがあった。それは2000年から2002年までの短期間なんだけど。それ以降は、ほとんど使われていない。通常の4バックに戻っちゃったからね。だから、それを子供たちに教えている連中もそのぐらいに死んだんじゃないかと目星をつけた」
「どうしてさ?」
「2002年のW杯の日本代表の監督だったフィリップ・トルシェが採用した戦術がフラットスリーなんだ。使いこなすのはかなり難しいんだけど、やっぱり時代ごとの代表のシステムって取り込むチームが多くて、もし日本でフラットスリーを採用しているとなると、やはり当時のことを知っている人になるだろう」
あとは簡単だ。
「そして、彼らはもう死んでいる。新しくデータのアップデートがないということは死んだ当時の知識のままということだから、フラットスリーを使うなら亡くなった時期は特定できるということだ」
「だから、2002年付近が怪しいということか。なるほど。相変わらず、その手の閃きは京一らしい」
日韓W杯の時は僕はまだ幼稚園児だったから、あまり覚えていないのが残念だ。
まきさんも同様だろう。
この事故のことはほとんど知らないはずだ。
「……死んで十数年たってから、近所の子供たちを集めてサッカー教室を開いているってことかな」
「それだけ聞くと、力技で消滅させるのは気が引けるな」
女の子二人はたぶんに同情的になってしまったが、僕としては
それは豹頭風太君のやつれようからわかる。
牡丹灯籠の例えが出たけれど、この深夜の練習を放っておいたら、きっとあの子たちは壊れてしまう。
肉体的にも精神的にも。
だから、できるなら早いうちに止めなければならない。
でも、どうすれば……
『……
気が付いたら、後ろに八咫烏が降りていた。
まきさんは喋るカラスに腰を抜かしかけているが、これが一般的な反応だろう。
「……おまえがやるのかい?」
『我ラ八咫烏ハ、
「どういう交渉をするんだい?」
御子内さんからすると、いつもの力技でいってもいいのだが、相手方の事情を加味するとやや引け腰にならざるをえないのだろう。
『―――試合ヲモチカケヨウ。アヤツラト巫女タチトノ真剣勝負ダ!』
「えっ……」
こうして、御子内さんたち率いる巫女チームと死霊のコーチ率いる少年たちチームとのサッカー対戦が喋るカラス―――八咫烏によってマッチメイクされたのである。
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