第354話「妖夢冒険」



 夢間神社は、都内だけでなく関東全域の「夢」にまつわる祈祷などを一手に引き受けるオカルト界では有名な場所だ。

 僕たちが思っている以上に、日本では夢にまつわる問題が多く、その対策を練るための情報集積場という扱いになっているらしい。

 貴瀬久子さんをここに導いた警察官は、おそらく〈社務所〉のこともわかっていて、さりげなく紹介という形をとったのだろう。

 その警察官は、「夢の中の男が殺した」という普通なら眉唾物の貴瀬さんの訴えを真剣に捉えたのだろう。

 実際、殺された亜紀さんの遺体を見れば、あまりの異常さに貴瀬さんの証言を信じる気にもなるだろうけど。


「……真っ先に疑われるだろう久子が、早々に解放されたのは、やはり殺害方法のとんでもなさだろうな」

「お腹の中から男性が出てくるって証言を裏打ちさせる検視結果も出てるしね」


〈社務所〉が手に入れた警察の初動報告では、事件の異様さが強調され過ぎていて、逆にとりとめのないものになっていた。

 もしかしたら、アメリカから亜紀さんを追ってきたものがいるのではないかと、成田の入管まで捜査員を派遣しているらしいし。

 ただ、僕らとしては犯人は特定できているので、あとは退治すればいいという段階だ。

 もっとも、どうやって退治するかが問題なのだけど。


「……〈護摩台〉はこんなのでいいの?」


 今回、僕が用意しているのはただのリングタイプの〈護摩台〉ではなくて、その周囲にさらに金網のような柵を用意するものだった。

 なんていうか、こういうのって……


「電流爆破デスマッチみたいだよね」


 電気も流さないし、爆発する火薬も仕掛けないけど、こうやって丈夫な柵で囲むのはとても不安だ。

 夢間神社の境内は広いからこそできる仕様なのだが、立てる際にフォークリフトを使わなければならないのがまた面倒だった。

 1t未満の立って乗るタイプだが、何度も使っていて慣れたものだった。

 自分でいうのもなんだがわりと器用にリングを囲む柵を立てていると、夢見神社の神主さんが話しかけてきた。

 わりときさくな人なのだが、ちょっと御子内さんというか退魔巫女を怖がっているようにもみえる。

 巫女たちは怖くなんかないのにおかしなことだ。


「君は若いのに、そんなフォークリフトなんか器用に運転するね。免許はあるのかい?」

「……すいません、まだ18歳じゃないのでもってないんです」


 無免許なのでした。

 でも、正直なところ、〈社務所〉の仕事をするのにフォークリフトはよく使うものなので、違法を承知でやっている。

 誕生日になったら即免許を取りに行く予定だ。


「まあ、〈護摩台〉を設置するのに人力ばかりというのも難しいし。私は見なかったことにするよ」


 見逃してもらった。

〈社務所〉の関係者はどうも順法意識がない人が多いが(僕も含めて)、この神主さんも同様なのだろう。

 フォークリフトがないと僕だけでこんな大規模なものは作れないので仕方のないところだ。


「京一、もう大丈夫かい?」

「うん。着替えは終わったの」

「ああ」


 御子内さんが社務所から貴瀬さんを連れてやってきた。

 彼女は白い着物を着ている。

 和服は初めてだと言っていたけれど、着付をやったのは御子内さんなので、かなりぴっちりと決まっていた。

 とはいえ、別にお洒落でやっている訳ではない。

 これは霊的戦闘服とでもいうべき格好なのだ。

 御子内さんが言うには、貴瀬さんにはすでにサム・ブレイディという殺人鬼の霊が憑りついている状態らしい。

 僕にでも視てわかるぐらいなのだから、相当強い悪霊なのだ。

 しかも厄介なことに通常の御祓いは通じないということなのである。

 何故かというと、サム・ブレイディが憑りついているのは貴瀬さんの身体や霊体ではなく、そことは次元を越えて違う世界ともいえる「夢」そのものなのだという。

 夢というのは、僕らの認識では脳が見せている記憶とかそういう科学的に分析できるものなのだが、実のところ、幽界というこの世界とは関わりが深いが別の世界に繋がった意識の橋が見せる現実であるというらしい。

 幽界とのホットライン、人の魂が見せる別の現実、それを「夢」というのだそうだ。

 もちろん、別の解釈も存在し、場合によっては今語られている夢とは別の「夢」もあるという話だ。

 それだけ人の精神というものは複雑怪奇なのだろう。

 話を戻すと、殺人鬼サム・ブレイディが憑りついているのは、その「夢」の部分であって、従来の悪霊退治エクソシストでは通用しないのだそうだ。

 だから、御子内さんは通常とは違うやり方を選んだ。


「いいかい、久子。キミはいったん寝ることになる。これは説明したね」

「う、うん」


 年上相手に呼び捨てというのが、さすが御子内さんである。


「当然、夢の中では例のサム・ブレイディが現われるだろう。そして、キミの友人を手にかけたように、キミを襲う。でなければ、奴の存在意義がないからだ。人を殺すという妄念に憑りつかれた夢の怨霊のね」

「……」

「キミも体験したように夢の中で襲われていることは、魘されている様子からわかる。だから、キミがやつに遭遇したらこちらで京一が起こす」

「起こせるの?」

「京一にはこちらが用意した特製の気付けの鼻薬を渡してある。どんなに邪魔されても絶対に起こせるって代物だ。だから、それで久子は助かる」

「でも、それじゃあどうにもならないよ。貴瀬さんが寝てしまったら、また襲われるだけだ」

「大丈夫。そこは任せてほしい」


 御子内さんはドンと胸を叩いた。

 きわめて平均的な胸囲が揺れる。


「ボクも一緒にキミの隣で眠るから」


 久子さんが目を丸くした。

 一緒に寝るってどういうことだろう。


「調査によると、サム・ブレイディは他人の夢を渡る殺人鬼の怨霊だ。だから、現実にはでてこない。逆にいえば、奴の移動は夢と夢でないとできない。近くに誰かが寝ていなければならないんだ」

「でも、亜紀が死んだときは……」

。奴がその際にキミの夢に渡ったのでなければ、今、キミの中にいることの説明ができない」


 はっきりとした明晰夢であったからこそ、気が付かなかったということか。

 でも、そうなると……


「僕が貴瀬さんを起こすとなると、御子内さんはどうなるの?」

「当然、ボクが夢の中でサム・ブレイディと戦うことになる」


 きっぱりという巫女レスラー。

 だが、いくらなんでも夢の中で戦うことなんて、できるものだろうか。

 できたとしても、勝つことなんて不可能だとしか思えない。


「そこも大丈夫だ。さっき、ネシーから話を聞いたしね」

「ヴァネッサさんから?」

「ああ。京一が電話してくれたおかげで、ネシーと話ができた。さすがはネシーだ。サム・ブレイディについてもよく知っていて、重要なヒントをくれたのさ」

「夢の中で戦うことについての?」


 不敵に笑う御子内さん。

 勝算がある、ということか。

 じゃあ、僕はそれを信じるしかない。

 僕の巫女レスラーがまたしても不利な状況を引っ繰り返して逆転勝利をもぎ取ることを。


「じゃあ、準備をしよう。夢で暴れるけったクソ悪い怪人を退治して、亜紀さんとネトル・ストリートの人たちの仇をとろう!」

「もちろんさ」


 この金属の柵もそのための罠の一つなのだ。

 見ているがいいさ、夢の中の殺人鬼。

 生きている人間を甘く見ていらんことをしまくって倒されるのは、絶対におまえなのだからな。


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