第349話「妖怪〈土竜〉族」



「端的に言えば―――」


 悟郎が今までの前置きを決算して、結論を出そうとしたとき、二人の面接官の様子が変わった。

 二人でひそひそ話を続けた後、腕の長い方がそそくさと会議室から退散していったのである。

 自分の話に夢中の悟郎も、聴衆が一人になってしまったことで、やややる気がそがれてしまったが、それでも講義(彼の中ではプレゼンどころの騒ぎではなくなっていた。すでに面接というものの本分すら忘れていた)を途中で打ち切るのは業腹なのでしつこく続けることにした。

 話し出したら悦に入って止まらなくなるのが、彼の悪い癖の一つであった。

 この癖を派遣仕事の休憩時間にやってしまうのだから、彼よりも頭の回転が良くないものには当然善くは思われない。

 もし、この場に升麻京一がいたら、「そこが悪いんですよ。度し難いとかいわれちゃうパターンですね。せめて僕ぐらいがいないと、悟郎さんは暴走しすぎるんですから」と苦言を呈するところであった。

 もちろん、それがないから七條悟郎はこれまでの人生において塗炭の苦労をしているのであるが。


「人間が美味になるとは……つまり―――」


 これまで振るってきた弁舌の終焉に相応しい最期を飾ろうとタメを作ったとき、


『まて』

「……はい?」


 猫背の面接官が手を挙げて止めた。

 またも喋りを遮られた形になって、今度こそ不愉快そうに口元を歪める悟郎。

 だからあんたはダメなんですと、どこからともなくツッコミが入れられそうな態度である。

 しかし、猫背の面接官はそんな彼の態度に気分を害した様子は見せない。

 むしろ、なんの反応も示さなかった。

 悟郎の話になんの興味もないのだろうとわかる。


『あなたの面接はしばらく休憩にさせてもらう』

「なにかあったんですか?」

『ライバル会社のものがクレームにきたので対応しなければならない』

「―――ああ、どおりで」

『失礼』


 そういうと、猫背の面接官までが会議室から出ていってしまう。

 一人取り残された悟郎はもう一度着席し、手持無沙汰になったからか、ついに自分のスマホを取り出して電源をいれた。

 インターネットにアクセスしようとしたが、まったく繋がらない。


「おかしいな」


 建物の六階ぐらいでは、電波に影響があるはずもないのに、「圏外」の表示になっている。

 掲げてもうんともすんともいわない。

 Wi-Fiまでは期待していなかったとしても、これではスマホのネット機能は役立たずに等しい。

 悟郎はスマホは諦めて、カバンの中から文庫本を取り出した。

 執筆の参考にしているライトノベルだったが、電車等で読むことを考慮してブックカバーはつけたままだ。

 この文庫の出版社の公募に挑戦する予定なのだが、アニメ絵の表紙は少し照れくさいからである。

 

「こういう、わちゃわちゃした会社は俺には合わないかもな」


 内定すらもらっていないのに上から目線なことを呟き、ライトノベルを読み始める東大卒業生であった……



            ◇◆◇



『しらざあ、言ってきかせやしょうか。江戸前の五尾が一匹、〈三代目分福茶釜〉たあワシのことよ』


 白波五人男のような口上を述べてから分福茶釜は、ロビーの中央に立つ。

 人間の服を着たモグラたちが前と左右を囲んできた。

 大きさは分福茶釜の方が上だが、相手が五体となるとさすがに不利か、と思いきやタヌキには怯む様子もない。

 それどころか余裕すら感じ取れる。

 普段は粋がっているだけでだらしないタヌキではあるが、さすがに命のやり取りの場に遭遇すると一気に気合いが入るらしい。

 聖地・後楽園ホールでの試合を思い出す。

 一方、対峙しているモグラたちは、眼が白く濁っていて、やはり地中の生物であることがわかるし、手の爪は土を掻くのに適した巨大なものだ。

 ただ、土を掘るだけのものにしては鋭く尖りすぎている。

 完全な凶器としての爪を持っていた。

 あれに斬りつけられたら、おそらく塞がりにくい危険な傷を抉られることは明白だ。

 だが、分福茶釜は平然と前進した。

 全身が鉄の茶釜で覆われているせいで、短い脚が鎧から出ている程度のみっともない体型だが、その短足を見事にちょこちょこ動かして進むのだ。

 ユーモラスな動きでありながら、実は理にもかなっている。

 モグラたちが上下から飛びかかって、鋭い爪で切り裂こうとしても茶釜に遮られて傷つけることができないのだった。

 御子内さんが手をこまねいていたように、この完全茶釜装甲フルアーマーを纏った分福茶釜を倒すには露出している手足か顔を狙うしかない。

 しかし、そんなことは百も承知しているだろう。

 分福茶釜は胴体を前面に押し出した、まさに制圧するというスタイルで進みつつ、モグラ人間たちを蹂躙していく。

 手にしている真ん中に突起がついている小型のシンバルのような盾を振るいながら暴れ回る。


『ギィエエ!!』

『やかましいわ、このモグラどもめ』


土竜むくらもち〉族は五体いても、分福茶釜一匹にかかりきりとなっている。

 完全に僕はノーマークだ。

 その時、分福茶釜がウインクをしてきた。

 パチンというよりも、バチンというような下手なウインクだったが言いたいことはわかった。


(ここはワシに任せて先に行け!)


 とかいうカッコいいポジションになりたいのだろう。

 確かに君はそういう役が似合いそうで、もしアニメ化されたのなら声優は室園丈裕とかの地味だが実力派がキャスティングされるタイプだ。

 いや、そういうどうでもいいことは後回しにして、とりあえず分福茶釜の気持ちを汲んで、僕はこそこそとロビーを抜けた。

 エレベーター前について、中に入りこむ。


「七條さんは面接場所は六階とかいっていたよな……」


 僕は六階のボタンを押す。

 すぐに動き出した。

 開閉もそうだがレスポンスのいいエレベーターだ。

 

(あれ?)


 僕は違和感を覚えた。

 上に昇っている感覚がなかったからだ。

 むしろ、下に降りているような……

 突然、閃いた。

 今、僕たちが相手にしている妖魅の正体を。

 奴らはモグラなのだ。

 モグラは地中に生きる動物であり、そいつらが地上六階なんぞにいると思うか?

 もし、奴らが巣を作るとしたら……

 エレベーターは止まり、扉が開閉する。

 そのとき、僕の目の前には、星型のイソギンチャクのような鼻を持った不気味なモグラ人間が待ち構えていた。


 僕は悟った。


 このエレベーターには細工がしてあり、奴らの棲家である地下へと誘い込むための罠であるということを。 

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