第346話「妖魔面接」



「君らが、あの建物をマークしている理由を教えてくれないかな。内容によっては、七條さんをすぐにでも救出に行かなきゃならないから」


 多少気がはやってはいたものの、妖魅関係において焦りは禁物である。

 情報を取得することができない切羽詰った状況ならばともかく、今はここに頼りにはならないが信用はできる知古がいる。

 こいつを利用しない手はない。


『そも、兄弟きょーでーはどうしてここに来たんだい?』

「質問を質問で返すとキラークイーンに吹き飛ばされるよ。……さっきの友達の付き添いだよ。仕事の面接のために、友達は呼ばれたんだ」

『なーるほど、なるほど。奴らの手口だな。兄弟のダチに仕事の紹介をしたのは誰だい?』

「―――ハローワークだよ」


 すると、分福茶釜は股間のあたりをぎゅっと握った。

 やはりタヌキの妖魅らしく、えらくでっかいキャンタマがついている。

 このユーモラスな仕草は、このタヌキが緊張していることを表していた。


『人間の公共施設に影響を及ぼし始めているとはよ。……こりゃあ、さっさと追い出さねえとヤベえな。ジジイの言う通りだ』

「……〈初代分福茶釜〉からの指令なのかい、これは?」

『おおよ。ワシらの総大将の指図さ』

「で、どんな妖魅の仕業なんだい? タヌキが関わっているとなると、例のハクビシンたちかな?」


 江戸の妖狸族と外来のケダモノであるハクビシン一族が、この日本の首都の暗部で激しい抗争を繰り広げていることは知っていた。

 聞いた話では、ハクビシン一族の超がつくほどの武闘派だけは、人間に害を及ぼす恐れがあったため〈社務所〉の退魔巫女の誰かが潰したらしいが(僕と親しい五人でもこぶしさんでもないらしい)、その残党との争いは続いている。

 僕の知っている〈三代目金長狸〉と〈五代目隠神刑部〉もそのために地元に帰らずにいるはずだ。

 だから、この分福茶釜の行動もそれではないかと推測した訳だけど……


『いいや、奴らじゃねえ。もっと、別の意味ではヤバい連中だ』

「……ヤバい? 東京の妖怪の一族では最大派閥のタヌキがそんなに警戒する相手って、なんなの?」


 僕には想像もできないけど、分福茶釜が明らかに強い警戒色を発していることは見て取れた。

 かつて後楽園ホールの聖地で、御子内さんと音子さんと激闘を繰り広げた英雄タヌキ、江戸前の五尾の一匹がここまで緊張するなんて……


「なんなの、そいつら? 連中というからには、集団ってことだよね。しかも、断片的な情報からでもだいぶ薄気味悪いんだけど」


 まず、僕が知っているのは、あのビルのフラン・コーポレーションというものの背後にいるということと、ハローワークに求人を出しておきながら何かしらおかしな情報操作をしているということ。

 次に、結構目に見える地雷である七條さんを強引に面接まで連れだしたことと、そのビルは立地に見合わない高級な建物だということ。

 さらに、東京で最大勢力の妖狸族の精鋭が見張りなんてことをしているということ。

 これらを考えると、まったくもって尋常な相手ではない。

 しかも、その活動について、関東で一番の退魔機関である〈社務所〉が把握していない可能性があるというのだ。


「しまったな…… 御子内さんにも声をかけるべきだった」


 今更悔やんでも始まらないが、今からでも間に合うだろうか。


『なんだ、兄弟きょーでーは御子内の姐御は呼ばなかったのか。じゃあ、誰が来るんだ』

「……? 〈社務所〉の巫女が来ると思うんだい?」

『万事用心深い、兄弟が何も考えてねえはずはねえだろ。あんたは最初からこの話を疑っていたようだからさ。それに、あんた、「にも」ってつけたじゃねえか。だったら、最低一人は呼んでいるはずだ。ちげえか?』


 タヌキというのは意外と抜け目ない。

 どんくさい上に間抜けなところは多いが、やたらと狡賢くもあり、機転も利く。

 確かに、この東京で江戸時代から隆盛を誇る妖魅たちである。

 僕の発言をきちんと覚えていたらしい。


「―――すぐに来るよ。猫耳藍色ねこがみあいろさんを助っ人に呼んでいるから。狭いところだと、巫女ボクサーのフットワークが使えないけど、あの人は古武術の使い手でもあるし大丈夫だろう」

『ほお、猫の姐御か。なら、いい。ワシとあんたと猫の姐御だけいればなんとかなるだろうさ』

君側タヌキの援軍は?」

『ねえ。今回は見張りだけの予定だったからよ。日が過ぎれば、八ッ山がくるはずだが、あんたは待たねえよな』

「当然さ」


 僕は静かな建物を睨みつけた。


「七條さんはあんなでも友達だ。だったら、助けに行かないとならない」


 分福茶釜は言った。


『それでこそ、ワシらの兄弟きょーでーだ』


 だから、タヌキと兄弟盃を交した覚えはないって。



             ◇◆◇



 受付で名前を告げると、六階の会議室へ向かうように指示された。

 七條悟郎は黙っていればそれなりに落ち着いたインテリに見える。

 内実はどうあれ、激しい知的競争に勝ち抜いてきたことによる知性の光は本物だからだ。

 それを活かせないのは、彼の自業自得なのではあるが。

 エレベーターを使って移動し、六階に着くと、すぐに会議室というプレートのついた部屋を見つけた。

 六階までにしてはすぐに到着したので、随分と高性能なエレベーターだと悟郎は感心していた。

 扉が開けっ放しだったので、ノックをしてから中に入る。

 普通ならば、面接会場までは社員が案内をするなどするところなのだが、七條は社会経験が圧倒的に足りないのでその異様さに気づくことはなかった。

 

「失礼します」


 誰もいない空間に一礼をする。

 隠しカメラで見張られている可能性を吟味したからであった。

 升麻京一が耳にしたら、「ドッキリカメラじゃないんですからありえませんよ」と一笑に付してしまう考えだが、悟郎としては真剣に検討するに値する懸案である。


(……まて。時間通りに来たのに、ここに誰もいないということは、ラノベ的にはどんなパターンが考えられる? 透明化できる能力者が俺を見張っているとか、千里眼が遠くから観察しているという可能性があるな。なんのためだ? ククク、簡単な話だ。俺を〈組織〉からのスパイだと警戒しているからだ。残念だったなあ、俺は〈組織〉の人間ではないが、そちらの意図を見抜いた以上、絶対に尻尾はださんぞ)


 派遣のバイトをしながら、家でライトノベルという青少年向けの小説を書き散らかすのを趣味としている悟郎には、あまり有意義ではない妄想癖があった。

 とはいえ、暴走して来たトラックに撥ねられたり、クスリ中毒の通り魔に刺されたり、不治の病で病死したりした結果、こことは違う異世界にいって謎の超能力チートを得て冒険をするという今どきのライトノベルではない。

 悟郎が好むのは、現代日本を舞台にして超能力をもった高校生たちが謎の怪物や超人と戦ったりするジャンルであった。


 厨二よりは、邪気眼。


 これが悟郎の書くライトノベル―――ラノベの合言葉である。

 常日頃、派遣仕事で引っ越し作業をしたりするときも、「この家には悪霊が棲みついていて、引っ越しして来た家族を呪い殺してしまうのだろう」などという、家主が聞いたら張り倒してしまいそうな妄想を浮かべていたりしていた。

 他にも、中国から来たコンテナの荷卸しをしている最中に、一番奥のところに積んであるはずのダンボールが実は抜き取られていて、そこにもしかしたら何かが潜んでいたりするのではないか、というホラーのネタを想像したりもした。

 とりあえず、一事が万事、悟郎はライトノベルのネタを考えるか、大学時代に専攻していた国際私法や民事訴訟法のことばかり思い出している男だった。

 それが楽しかったこともあり、実のところ、「働いたら負け」だとずっと思っていたぐらいである。

 ただし、そんな彼に世間様は厳しかったのだが。


「あ、いいネタを思いついた。メモしておくか」


 この場でスマホを出すよりは、用意しておいたノートに書き込む方が絵になるか、と悟郎がカバンを漁っていると、


 キィ―――バタン


 扉が閉まった。

 入って来た時には開いていたので、そのまま放っておいたのだが、風でも吹いたのだろうか、と顔をあげる。

 

(うわっ!)


 悟郎は目を剥いた。

 彼の座っている椅子の反対側に、いつのまにか、知らない男が立っていたからである。

 しかも二人も。

 まったく気が付かなかった。

 すぐに自分のたった今までの行動を洗い出し、問題はなかったかを吟味するが、特に瑕疵はなかったと判断する。


(よし、大丈夫だ。なにもしくじってないぞ)


 それから、二人の男に対して立って挨拶をした。


「初めまして、今日、求職の面接に参りました、七條五郎と申します」


 噛まずに言えた!

 その程度でも悟郎には快挙であった。

 これで落ち着いて面接に挑めるゾ、と思っていたのに、面接官だと思われる二人から帰ってきた言葉は予想外のものだった。


『七條悟郎サンですね。あなたにおききしたいことがあります』

「―――はい、なんでしょう」


 名乗りもせずに無礼な面接官だな、と悟郎は思った。

 しかも、話し方がまるで、

 見た目は普通の日本人なのに、まるで外国人と会話しているようだ。


『あなたはこの国の最高学府の出身だときいています。確か、国立東京大学―――』


 おお、マジか。

 真っ先に俺の最大のチャームポイントに食いついてきたぞ。

 みたか、升麻くん。

 やっぱり自分のストロングを活かさないとな。


 しかし―――


『人間はどうしてあんなにも美味びみなのかな』


 と、震えあがるような問いかけをしてきたのである。


 

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