第344話「京一の勘は何かを告げる」
悟郎から詳しい話を聞いた京一は首をかしげた。
なんともおかしい話だからだ。
いきなり当日の、しかも夜に面接をするものだろうか、と。
「その、フラン・コーポレーションってところの求人票は持ってますか?」
最近のハローワークでは、パソコンを使い、求人票が印刷できるようになっている。
求職希望者はパソコンの画面にペンでタッチして、それらを選び、後に受付に向かうというシステムなのである。
悟郎が足繁く通っているハローワークもそのシステムのはずだ。
「えっとちょっと待ってくれ」
いつも持ち歩いているカバンから取り出されたのは、求人票の束であった。
先ほど、郵便局で書類をだしたときに必要かもしれないと念のために用意しておいたものである。
穴を開けて黒紐を通してあるのが、いかにも勉強と事務処理に長けた男の持ち物らしい。
悟郎という男はこういった面では几帳面なタイプであるのだ。
書類に丸をつけることは忘れる癖に、いざというときのために用心して参考にできる書類をできる限り持ち歩くようにはするという男であった。
「確か、この中に……」
だが、どんなに悟郎が探しても束には入っていなかった。
「あれ、閉じ忘れたかな……。いや、記憶にはあるんだよ。俺はこう見えても東大生だから記憶には自信があるんだ。某法務大臣経験者みたいな瞬間記録能力なんかはないけどな」
「じゃあ、紹介状の控えはどうですか? 履歴書を送ったということは、当然、紹介状がハローワークから出てて、その控えは受け取っているはずです」
「……升麻くんはよくしっているなあ」
「七條さんに聞いたんですけど」
「そうだっけ。―――えっと、紹介状の控えはこっちなんだけどな」
もう一つ出てきた紙の束の中にも入っていなかった。
さすがに呑気な悟郎も頭を捻った。
彼の性格では、この手の書類は確実にファイリングしておくのが常だからだ。
一社だけがともにないなんてことはありえない。
「控えもないなあ。あれ、どうしてだ?」
「七條さん、確かにハローワークから貰ったんですね。紹介状を」
「そりゃあそうさ。ハローワークの紹介先は原則としてあそこからの紹介状がなければ相手にしてくれない。まれに、履歴書なしなんてところもあるけれど俺が送ったところにはないぞ」
「じゃあ、そのフラン・コーポレーションってどんな会社でした? それだけあるともう覚えていないと思いますけど」
京一の言葉を悟郎は鼻で笑った。
東大出を舐めるなよ、ということだ。
その癖、すぐには思い浮かばない。
自慢のオツムにまるで靄がかかったかのように記憶がはっきりしてこないのだ。
ここで自分も焼きが回った、と考えるような殊勝な人間ではなかった。
「名前は記憶にあるが、たぶん、どうでもいい業務しかしていない会社なのだろう。そこまで熱心に覚える価値がなかったようだな」
と、会社のせいにした。
「はあ。……そんなだから、そんななんですよ、七條さんは。でもいいです。とにかく、求人票も紹介状もないということがわかれば」
「探せばきっとあるぞ」
「はいはい、そうですね。仕方ないですから、僕もつきあいますよ。吉祥寺なら、三十分もかからないですから」
「やっぱり来てくれるのか、いや、持つべきものは年下の親友だなあ」
京一は苦虫を潰したような顔をした。
(また、どういう訳かこの手のタイプに好かれるんだよな、僕って)
クラスメートの桜井慎介といい、この学歴持ち腐れの七條悟郎といい、なんだかダメな男には好かれやすいのが京一の悩みであった。
しかも、それ以外にも透明人間や狸の一族やらに好意を寄せられており、普通の高校生としては頭を抱えざるを得ない状況でもある。
前世で相当悪いことをしたのではないか、と真剣に悩むほどなのであった。
まともな男の友達が少ないというのは、相談相手もいないということであり、さすがに凹む話だった。
常日頃からバイトに明け暮れたり、妹と対戦ゲームばかりをしていた悪影響であり、自業自得といえなくもないのだが。
とはいえ、京一の本心としてはただ悟郎が心配というだけではなかった。
この話に潜むおかしな点に気が付いたのである。
(今日の急な面接といい、求人票と紹介状の控えがいつの間にかなくなっていたことといい、ちょっと嫌な予感がする)
〈社務所〉という退魔組織に曲がりなりにも一年ほど関わっていた経験から、京一には勘のようなものが発達し始めていた。
それは実のところ、彼自身も気が付いていない、〈
御子内或子についていくことで接した修羅場で培った観察眼と洞察力、ありえないことをありえるものとして仮定できる想像力、異常な事態に遭遇しても落ち着いて思考を巡らすことができる判断力、ただの高校生が努力の果てに手に入れた宝石の数々である。
この時点で、〈社務所〉という組織において、升麻京一が退魔行の重要な戦力と考えられていることを知らないのは、関係者では本人だけであろう。
「とりあえず、行きましょうか。途中で腹ごしらえをしたりしながら」
「行こう行こう。まったく、あの派遣の力仕事をせずにすむとなるとこれほど嬉しいことはないな。欣快にたえんわ。はっはっはっ」
「……せめて仕事中はそういうこと言わなければよかったんですよ」
京一は力仕事専門だったので、よく倉庫の構内作業で悟郎と一緒になったが、なにかというとこういう台詞を吐くので、派遣先の従業員にも派遣仲間にも鼻持ちならないやつと思われていた。
わりと初対面の段階で悟郎の性格を見抜いていたので、京一自身はたいして気には留めていなかったが、ごく普通の労働者からすれば嫌味なやつと考えられ、孤立せざるを得なかった。
チーム作業となる仕事では、それはストレスの原因となる。
悟郎が派遣仕事から一日も早く逃げ出したくなったのも当然であろう。
「では、いきましょうか」
こうして、升麻京一は知人を伴われて、得体のしれない職務面接会場へと赴くことになったのである……
◇◆◇
「にゃんだ、升麻さんからのLINE? わたしに
知人から友達にランクアップした少年からきた連絡に、
少年の相棒は御子内或子であり、何かあったとしたら自分に連絡が来るとは思えない。
彼にとって最も頼りになるのはあの爆弾小僧しかいないはずなのだから。
では、どうして
〔あけましておめでとうございます。年末以来ですね。藍色さんはお元気ですか?〕
〔にゃ、おけましておめでとうございます 元気にやってます。新年早々、一件妖怪退治しました〕
〔お疲れ様です。ところで、頼みたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?〕
〔何でしょう?〕
〔今、吉祥寺に向かっているのですが、駅前で何か妖魅絡みの案件が起きている形跡はありませんか?〕
〔???? 特にないです〕
〔そうですか。もしよろしかったら、吉祥寺まで来れませんか?〕
〔或子ちゃんじゃなくてもいいんですかな?〕
〔御子内さんと合流している時間はなさそうなんです。藍色さんは中野ですから、すぐですし。お願いできませんか。〕
藍色は少し考えてから、OKのLINEスタンプを張った。
実際に吉祥寺はすぐそこだ。
時間にして十分もあれば足りた。
退魔巫女はいつでも常在戦場の精神でいるので、いくと決めたらすぐに動ける。
「……戦いとにゃったときに強い武力がにゃいのは心細いでしょうしね」
年末のことを思い出すと、あの少年を放っておくことはできそうになかった。
あの
それに、男の子に頼られるというのは悪くない気分だった。
「わりと好みではありますしにゃ」
化け猫の血統である猫耳家の女なら、そのぐらいの軽い気持ちでもいいかもね、と言い訳をしなくてはならないのはやや業腹ではあったが。
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