第341話「あの魔物を撃て!!」



 リング上で(御子内後輩に言わせると〈護摩台〉という結界らしいのですが)戦う巫女と〈人狼〉の戦いは五分を越えても互角のままで、十分を越えたあたりから優勢な方がはっきりとしてきました。

 俺たちにとって望まない方向―――つまりは御子内後輩が押され始めてきたのです。

〈人狼〉の最も危険な部位である爪と牙による攻撃こそ躱しきっていましたが、御子内後輩の攻撃はことごとく信じられないタフネスさによって受けきられていました。

 巫女の一撃が軽いはずがないのは俺にもわかります。

 ただ、それらを何十発と受けても倒れない〈人狼〉が化け物すぎるのでしょう。

 少なくとも、御子内後輩の放つ蹴りや拳、八極拳の鉄山靠てつざんこうといった技のダメージが低いなんてことはありえません。

 肉を叩くときでさえロックのドラムを力一杯スティックするぐらいの音がするので、軽く見積もっても何十キロという重さを備えているはずです。

 それでもスタンドし続ける〈人狼〉がとてつもないのです。

 思い返せば、俺が柔術で投げたときもすぐに立ち上がってきたのは、技が不十分だったからではなくて、あいつがタフすぎたからなのでしょうか。

 逆に、テクニックで上回るからか嵩に懸かって攻めたてていた御子内後輩の息が荒くなってきています。

 額に滝のような汗が流れていました。

 さすがに十分もこんな恐ろしい怪物と命を賭けて戦うということはそれだけ消耗するということなのでしょう。

 ただ、俺には彼女の戦い方の瑕疵がわかっていました。

 それは、スタミナの配分が出来ていないということです。

 初っ端からトップギアにあげてくる戦法もアリなのですが、この〈人狼〉相手には噛みあわないやり方でしかない。

 御子内後輩としては、最初のうちに仕留められればよいとしての選択だったのでしょうが、結果としては間違いだったといえます。

 ただ、武術をやってきた身としては、それは選択ミスというよりも経験のなさからくる焦りのようなものがあった気がします。

 御子内後輩は明らかに経験不足で、持ち前のテクニックのようなものが活かしきれていませんでした。

 一つ一つの技はいい。

 なのに後先を考えない突貫のみを続けているのです。

 頭を使っていないということが見て取れました。

 単に突っ込めばいいだけで、勢いに任せて攻めるだけなのです。


「それじゃあ……ダメだ」


 思わず口に出てしまいました。

 御子内後輩が必死に戦っているのはわかります。

 それが亜香里と俺を護るためであることも。

 でも、それではダメなのです。

 もし、俺たちを守ろうと考えていてくれるのなら、そんな行き当たりばったりな戦い方ではいけません。

 なにより、御子内後輩自身がこのままではジリ貧に陥ってしまい、最後には彼女が倒される結果になります。

 俺たちを助けようとした結果、彼女までが犠牲になることは望んでいません。

 できることなら、助けてあげたい。

 

「或子ちゃん! 頑張って!!」


 亜香里が声を張り上げた。

 自分を守る相手がいなくなったら、亜香里が襲われるなんて利己的な考えからの声ではなく、ただ一生懸命に戦う御子内後輩を応援したいという真摯な想いからのものだったと思います。

 心底、彼女は声援を送り続けていました。


「頑張れ、或子ちゃん! 負けないで、或子ちゃん!」


 だけど、そんな亜香里の声は御子内後輩には届いていないようでした。

 とてもではないが、そんな余裕はないみたいです。

 さっきまでと変わらず〈人狼〉相手に組みあっては投げ、当たっては殴り、ただプロケス的な戦いを繰り返し続ける。

 まだ、あのゴングみたいな鐘が鳴る前はもっと余裕があったはずで、俺の部屋に着いた時の不遜で自信に満ちた態度がまったく鳴りを潜めている状況なのです。

 何があったのか、答えは簡単でした。

 やはり彼女は経験値が足りず、戦いのプレッシャーのために頭が回っていないのです。

 それだけでなく、周囲を見ることも聴くこともできず、ただ目の前の敵を我武者羅に斃そうとしているだけ。

 会って数時間もたっていませんが、おそらく普段の彼女ならもっとうまく戦えるような予感がします。

 でも、今はできない。

 きっと本来は彼女のために後ろから支える誰かが必要なのでしょう。

 しかし、今、そんなことができるのは―――俺しかいません。

 視野が狭く、焦りに遮られている彼女を助けられるのは。


「きゃあああ、或子ちゃん!!」


 亜香里の叫びは、御子内後輩が〈人狼〉の力任せのラリアットを喰らい、場外に吹き飛ばされたことによるものでした。

 敷かれたマットに肩からもんどりうって倒れる御子内後輩。

 危険な落ち方でした。

 下手をしたら首の骨を折りかねない。

 それでも彼女はまた意識を保ったまま、すぐにでも立ち上がろうと膝をつきます。

 その時、どこからともなく、


 ワーン、ツー、スリー……


 カウントが流れ始めました。

 もしかして、これは二十カウント。

 プロレスのリングアウトルールを宣告するためのものでしょうか。

 さっきのゴングと同じでどこから聞こえてくるのか皆目見当もつきませんが、これが流れ出したということは一から二十まで数えられたら御子内後輩が負けるということになるのかもしれません。

 そうしたら、リング上の結界から自由になった〈人狼〉が亜香里とついでに俺を殺そうとするでしょう。

 御子内後輩と一緒に。

 そんなことはさせません。

 俺を頼ってくれた女性と、助けようと獅子奮迅の戦いをしてくれた後輩を、見殺しになんてできない。

 倒れた御子内後輩にとどめを刺すためか、〈人狼〉がのっそりと降りてきた。

 どうやら場外乱闘ということになったら、リング上の結界が緩くなるらしいです。

 このままで亜香里が危険です。

 亜香里を背中で庇うように回り込んで、俺はブルゾンの裏に隠していたCz75を抜きました。

 そのまま銃口を突きつけます。


 ニヤリ


 人の顔をした狼なのか、狼を模した仮面なのか、〈人狼〉は嘲笑したようでした。

 銃なんか効かない、とでも言っているのでしょう。

 確かに、伝説の狼男はどんな武器でも傷つけられず、銃弾さえも通さない鉄の皮膚を持っていると伝わっています。

 こんな、玩具の拳銃なんかまったく歯が立たない、脅しにもならないことはわかりきっていることです。

 でも、俺はCz75を突き付ける。


「―――近寄ると撃つ」

『ばかジャネーノ』


 外国人らしい発音と訛りをもって〈人狼〉は喋りました。


『コノ変テコリンナ、巫術師ウーシューシーデモ俺ニ傷ツケラレナイノニ、ソンナモンガ効クワケネーダロ』


 御子内後輩はやっと片膝を立てたところでした。

 フラフラしています。

 すぐに戦える状態じゃあないです。


「効く効かないは関係ない。俺は、この亜香里に助けを求められてそれを受けた。だから、背中に庇って悪いやつから絶対に助ける」

『ヘッ、侠客ノツモリカヨ。水滸伝デモヨンデロ』

「おまえにはわからないだろうよ。それにおまえなんかから、罪もない子を助けられるというのなら幾らでも身体を張れるさ」

『言ッテロ、馬鹿ガ』


〈人狼〉はなんの警戒もせずに腕を伸ばして、俺たちに近寄ってきた。

 銃を警戒する素振りすら見せません。

 完全に舐めきっているのです。

 邪魔をする手強い敵を退けたという自信もあって、ただの人間の俺のことなんて虫けら程度にしか考えていないのでしょう。

 だから、俺がCz75の引き金を引いても例の超反応はしませんでした。

 でも、それが俺の狙いでした。


 パン

 と、違法レベルに圧縮したガスが噴出し、チャンバーの中に入っていたBB弾ならぬ必殺の弾丸が発射される。

 弾丸は本来ならば〈人狼〉の肉体に弾き返されていたでしょう。

 でも、俺がCz75にこめておいたのは、部屋に戻ってから急いで削りだして作った特製の弾丸だったのです。


『ヘッ?』


〈人狼〉は間抜けな声をあげた。

 心臓の真上にあたる部分にぽっかりと穴が開いて、妖怪とは思えない紅い血飛沫があがりました。

 まさか、傷つけられるとは想定もしていなかったのでしょう。

 でも、これは俺が最初から狙っていたままでした。

 俺が用意していたのは、フォークの歯を一本ペンチで切断して形を整えて作った即席の弾丸でした。

 材質は―――銀製。

 

 魔を退けるという銀製の弾丸は、やはり言い伝えの通りの力を発揮して、不死身の魔物に一矢を報いたのでした……


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