第317話「まさか……の」
「いったい、いつになったら京一くんは見つかるんだよ!! あ、やべ!!」
超常の力を持つ〈神腕〉で思わずテーブルを叩きそうになり、慌てて引き留める明王殿レイ。
テーブルの危機を察知して自分の分のコーヒーカップだけを緊急避難させる神宮女音子。
なにはともあれケーキだけは守ろうとした熊埜御堂てん。
レイの襟首を掴んで引っ張った猫耳藍色。
四人の親友たちの一瞬の慌てっぷりを見てもいなかった御子内或子。
〈社務所〉における最強の戦力である五人の媛巫女は、かつてない戸惑いと煩悶に苦しんでいた。
「―――ミョイちゃんが焦ったって何も解決しない」
「でも、スーパー音子さまぁ。京一先輩が見つからなくて、もう三日ですよー。いくらなんでも時間がかかりすぎです。72時間ってタイムリミットをもう越えてるんですよー」
「てんさん、それは災害が起きたときのタイムリミットと言われている72時間の壁のことでしょう。今回の場合は誘拐事件の被害者が無事に生存できる猶予期間だから、96時間じゃにゃいですか」
「あ、それですー。……じゃあ、まだ三日だからあと24時間ありますねー」
「ねえよ! つーか、おめえらももっと京一くんのことを心配しろよ!」
この場にいる巫女たちの焦燥度の差というものがあるのなら、おそらく、最も低いのは藍色であり、次にてんであろう。
二人はそれほど行方不明になった升麻京一と親しい訳ではないからだ。
とはいえ、藍色もてんも彼にはでっかい恩があることを忘れるほど薄情ではなかったが、他の三人のあまりの焦燥ぶりに居たたまれないものを感じていたので、わざと明るく振る舞って見せただけなのである。
だが、目に見えてイライラが止まらないレイ、火の鳥を模したマスクの後頭部の紐をしきりに弄っては、縛り直すことを無言で繰り返す音子と―――じっと双の拳を見つめて俯いている或子は、まったくもって変わることがなかった。
「だいたい、京一先輩を誘拐した相手ってわかったんですかー? 先輩もけっこうやりますから、どんな妖怪に恨まれていたって不思議はないですからねー。あ、祟り検査もやっておくべきって言っておいたんですよ、夏に盲腸したときに。それなのに、京一先輩、怖いからってやらなかったんですよー」
てんは、ついさっきこの集まりに合流したばかりだ。
〈社務所〉の現代の若手ホープが勢ぞろいするのは、ハロウィーンパーティーの時以来だったが、もともと親しいもの同士だった。
ただ、簡単な事情の説明を受けただけで他には何も教えてもらっていない。
これでは意見すら言えないではないか。
「そのうちひょっこり帰ってくるんじゃないですかー」
実のところ、てんとしては有り得る内容だと思っていた。
それほど多く顔を突き合わせた訳ではないが、升麻京一という少年には侮れないものがある。
一筋縄ではいかないというか、似ても焼いても食えそうにないというか、どんな窮地に陥っても平然と生きて帰ってきそうなところが。
妖怪の〈ぬらりひょん〉と違う、生の人間のぬらりひょんとでも呼ぶのもいいんじゃないかと思っていたところだ。
だから、先輩たちの焦慮がよく理解できない。
「うん、そうですね。みんにゃ、しっかりしよう」
巫女ボクサー猫耳藍色も同意見だった。
升麻京一に関しては、復帰の際に骨を折ってもらったことと、〈怪獣王〉事件の時に助けてもらい、あまつさえ秘密保持に協力してもらった恩義がある。
助けたいと思ってはいたが、彼の持つ知恵や勇気、そして強力な運を考えると、自力での帰還も不思議ではないと思えた。
長い付き合いではないが、それでもアレは自称とは異なり、普通の少年とは呼べない生き物だと断言できる。
だいたい、普通の少年が、彼女たち退魔巫女と友誼を結び、何度も妖怪退治の死線を潜り抜けられるはずがないのだから。
「……」
ところが、三人の退魔巫女はそんな楽観的な発言にのるそぶりさえ見せなかった。
むしろ、さらに落ち込んでいく。
「どうしたんですかー」
「変ですよ、あにゃたたち」
さすがにおかしいと怪しみだした二人に対して、或子が口を開いた。
「藍色やてんのいうことはわかるよ。普段のボクなら、京一を信じて待つこともできるだろう。だが、今回ばかりはちょっと事情が違うんだ」
「事情ってにゃに?」
「藍色はしばらく〈社務所〉から離れていたから迂闊なことを言えないと知らされていないことなんだよ。てんも夏にデビューしたばかりだし、おそらくかかわったことがないだろう。だから、キミも知らなくて当然だ」
「……どういうことにゃんですか?」
「えー、てんちゃんハブだったんですかー?」
二人の知らない事情がある。
思わず身構えてしまった。
少なくとも、ごく普通の話では百戦錬磨の或子たち三人をここまで焦らせることはできない。
では、何があったというのか。
「―――藍色、キミは日本のものではない〈鎌鼬〉と戦ったと聞いている」
「うん、秋にね」
「ボクもインドからきた蚊の妖怪や〈ドッペルゲンガー〉なんかとやりあった」
「江戸前のタヌキたちは外から来たハクビシンのギャングとまだ小競り合いを続けているぜ」
「あたしも、〈殭尸〉とやったかな」
「……うーん、全部外国の妖魅ですねー。我が国ではあまり見ないようなー」
てんが指摘したのはそれらの共通点だ。
つまり、すべて外から持ち込まれた妖魅ということである。
「今までこんなことはなかっただろ? ボクら〈社務所〉の媛巫女の仕事は日本の妖怪退治で、外来種のおかしなものと戦うことなんてほとんどなかった。おかげで知識も経験もなくていつも苦労させられている」
道場で受けた訓練や座学が使い物にならないというのは、命を掛けるうえで危険すぎることだ。
彼女たちはもともと常軌を逸して優秀だったから生き残っているが、かつての退魔巫女ならばどれだけ犠牲者がでているかわからない。
「……でも、或子さん。確か、関八州と甲信越以外の妖魅に関して、〈社務所〉には専門の〈
「ああ。〈社務所・外宮〉。そう呼ばれている部署があって、そこの巫女を月巫女というんだけど……」
「覚えているかにゃ。でも、月巫女にゃんてみたことにゃいよ」
「―――ボクらの代にはいなかったからね。それで〈社務所・外宮〉は、ちょっと前まで海外の調査も行っていた。他国の退魔組織との連携も〈社務所・外宮〉の仕事だった」
「へえ、国際的ですねー。海外と協力ですかあ……って、ちょっと待ってくださいよー。じゃあ、セクシー皐月先輩はその〈社務所・外宮〉の人なんですか?」
「いや、皐月のアホは違う。御所守のお義祖母ちゃまがわざわざ派遣しただけで関係はない。もっとも、皐月の派遣が〈社務所・外宮〉と無関係とまではいかないようだけどね」
「どういうことにゃんですか?」
或子は天を仰いだ。
「〈社務所・外宮〉がなにを考えているかはわからない。ただ、あそこは〈社務所〉には内緒でなにやら画策していたということさ。あまりにも秘密主義すぎてお義祖母ちゃまたちが権限の一部をとり上げてしまうほどにね」
「にゃるほど、組織内での権力抗争みたいにゃものがあったわけですね。……でも、そのことと今回の京一さん誘拐事件にどんにゃ繋がりがあるんですか?」
藍色の疑問について、てんは思いついたばかりの回答をだした。
「わかりましたー! 京一先輩誘拐事件の犯人は〈社務所・外宮〉の人たちなんですねー」
「まさか、そんにゃことがあるわけ……」
笑い飛ばそうとした藍色の顔がこわばる。
或子たちが真剣そのものだったからだ。
正解としかいえないほどに。
「―――犯人は同じ〈社務所〉の巫女だってこにゃの?」
それは藍色にとってまさに青天の霹靂とでもいってもいい恐るべき告白であった……
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