第318話「知恵と……」
どうやらタイムリミットはなさそうだ。
それだと、数字が増えていくあの電光掲示板はいらない訳だから。
あれに僕を焦らせる意図があるのなら、逆に数字が減っていく仕様になっていなくちゃならない。
要するに、今すぐ動きださなくてもしばらくは大丈夫ということである。
とはいえ、助けが来るか来ないかわからないシチュエーションにおいては、時間が有り余っているとはいえない。
実際に僕はお腹が空きだしているし、咽喉を潤すものはない。
つまり、誰かが来てくれるのをひたすら待つことは死ぬことと同意だということだ。
30年間待っていればいい某ロビンソンとは立場が違う。
ただ、状況の確認は必要だ。
「まず、僕の記憶ではついさっきまで御子内さんが〈殺人サンタ〉と戦うための〈護摩台〉の設置をする予定だった。……だけど、いつまで経っても資材が届かないから諦めて聖練したワイヤーで簡易結界を張ることにしていたんだっけ」
そのあと、確か、すごくおかしなことがあったような。
首をひねった途端、思い出した。
あの巫女さんだ!
さっきからどこからか見られているような気がしてならないのも、あの時後ろにいたあの人の視線を感じたときと同じだった。
「〈社務所・外宮〉の月巫女と名乗った人が話しかけてきたんだ……。それでいきなり意識がなくなって……。そうすると、犯人はあの人か」
頭を打って意識をなくすと、その間の記憶が定着せずにぶっ飛んでしまうと聞いたことがある。
おそらくそこまでいかなくても記憶に一時的混濁が起きるような衝撃でも与えられたのだろう。
全身をチェックしてみると、首筋に慣れない痛みがある。
ここをやられたのだろうか。
十中八九、あの巫女さんの仕業なのだろうが、今の段階での決めつけは厳禁だ。
「〈社務所・外宮〉ね……。外宮ってのは、神宮の外にある別の神さまの社とかいうことだったから、〈社務所〉とは異なった外部組織って意味だろうか。あと、月巫女って、名前なのか役職なのかわからないけれど」
御子内さんたち退魔巫女は、正式な名乗りとしては「〈社務所〉の媛巫女・御子内或子」とか名乗るから、おそらく正式には〈媛巫女〉という役職なのだろう。
そうすると、〈社務所・外宮〉の巫女さんは〈月巫女〉という役職の可能性がある。
ならば、あの女性の本名は別にあるものと考えるのが妥当だ。
「さっきの声の人かなあ?」
僕はテレビから流れてきたコンピューターボイスのことを思い出した。
あれに特徴的な喋りはなかったのは、誰だか特定されないためか。
至極簡単に考えると、犯人はあの月巫女以外考えられないんだけど……それはミスリードの可能性もある。
迂闊に断言はできない。
僕はテレビまで手を伸ばしてみた。
残念なことに、手錠のおかげでまったく届かない。
手錠の鎖の長さは一メートル。
おかげでどんなに頑張っても半分までしか伸びない。
反対側にある液晶テレビまではどうあがいても無駄だ。
手錠がよく刑事ドラマで見掛けるような金属製でない分だけ痛くはないのが救いともいえた。
(でも、よく考えるとあっちの方が手の肉を削り取る覚悟があれば逃げやすそうだ。これだとぴったりとしているせいで、そういう荒業が効きそうにない)
赤コーナーをよくよく探してみると、南京錠で鍵がばっちりとかかっていて、さらに別の鎖でグルグルまきにされているから、どんなに引っ張ってもびくともしない。
つまり、僕が逃げ出すには、鎖を切るなり鍵を見つけ出して南京錠を開けるなり、もしくは手を切断するしかないわけだ。
(時間制限があって、ここに糸鋸なんかあったら終わっていたかも。自分の手を切断してでも逃げなきゃならないからね)
少なくとも今の時点ではそこまで切羽詰ってはいない。
しかも、さっきの映像によると、
「ゲームをしよう」
と言っていたのだから、ゲーム=遊戯か勝負の要素があるはずだ。
そこが見えてこない。
ただ僕を監禁したいだけならこんなことはしないだろう。
そういう考えを元にして、僕は服のポケットなんかを漁り始めた。
相手がゲームを望むのならば、クリアーのためのヒントを用意しているはずだ。
まったくのノーヒントではゲームとしての公平性に欠ける。
あの映像を見る限り、あいつは僕の「知恵と勇気と運」を試したいみたいなので、それなりのヒントを出してくるだろう。
でなければクリアーなんて無理ゲーすぎる。
「あった……」
僕は〈護摩台〉設置のための自前のツナギしか着ていない。
これは両袖の部分と膝から下がファスナーとボタンで外すことができるという便利な品で、ワークマンで見つけたときは結構感動した覚えがある。
ちなみに僕は軍手とか作業着を頻繁にワークマンに買いに行くので、そこの店員さんと仲良くなってバイトしないかと誘われるぐらいである。
そんなことはどうでもいいか。
ツナギには財布とかスマホは入っていない代わりにポケットの中に銀色に輝く鍵があった。
知らない形だ。
家のものではないし、自転車とかのものではない。
あえて言うなら……
「この南京錠かな」
だが、鍵穴には嵌らなかった。
となると、どこの鍵だ?
見渡してみてもそれらしいものはマットの上にはない。
どんなに眼を凝らしてみても何もなかった。
仕方なく今までは故意に見ないふりをしていた、〈護摩台〉の外に視線を移す。
高い位置にあるのは通常の設計の通りだからだろう。
ただ、僕の経験からするとやや偏っている。
御子内さんの寸前の見切りに影響が出るかもしれないレベルではないけれど、僕だったらやらないぐらいだ。
ビー玉を転がしたらわりと勢いよく転がっていくはずである。
〈護摩台〉の上から見ると、下もただのコンクリート張りの床だ。
少し下に光るものが転がっていた。
ポケットに入っていたものはと別の鍵だった。
感じからすると、あっちの方が南京錠のものかな。
何故かというと、僕が必死になって手を伸ばせばギリギリ取れそうな位置にあるからだ。
計算された配置という訳である。
だったらバランス的にはあれが正解の可能性は高い。
(でもなあ……)
わかっている。
わかっているんだ。
こういうパターンでの場合、起こり得ることはそんなに多くはない。
人生の一シーンにおいて、こんなメタに状況に陥るなんて普通はありえないけれど、あのとき、妹を守るため御子内さんに〈高女〉との戦いに頼んだ僕が深入りしたのはそういう世界だ。
だから、〈護摩台〉から落ちないように僕が背中の筋肉が吊りそうなぐらいに腕を伸ばしてみたら、すぐに答えが出た。
ガシ
〈護摩台〉の下、通常ならばマットへの衝撃の緩和のために空洞になっていて、場合によっては緩衝材代わりの資材を詰め込んだりする場所から、何かが飛び出して来て、僕の手首を何回転もして巻き付いてきた。
一瞬、正体が不明すぎてわからなかったので、思わず手を引いてしまったが、巻き付いたものは外れない。
いや、正確には剥がれない。
感触が伝わってきたのだ。
ベタリと粘着質の物質が吸いつくように貼り付いてきたという感触を。
だが、粘っこいものではなかった。
それは吸盤だった。
小さな吸盤がびっしりとくっついた触手がその正体だった。
そして、その触手は僕の手を決してはなさそうとはせずにぎゅっと下に向けて力をこめてきた。
僕を〈護摩台〉の下の空洞に連れ込もうとしているのだ!
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