―第42試合 妖魅ゲーム―

第316話「ゲームスタート」



 瞼をこじ開けても、何も見えてこなかった。

 僕の部屋という感じがしない暗闇の中だった。

 もしかしたら、どこか知らない場所で寝てしまったのだろうか。


「……えっと」


 だいたい枕元に置いておくスマホが見当たらない。

 というか、枕もなければ僕が寝ているのは布団の上でさえなかった。

 身体が痛い。

 寝転んでいる場所を撫でてみると、記憶にある触り心地の冷たい材質をしている。

 指で軽く叩いてみた。

 聞き覚えのある音がした。

 コツコツと。

 これは……マットの感触だ。

 巫女レスラーたちが試合たたかいをするための結界である〈護摩台〉に敷くマットと同じものだった。

 というと考えられるのは、御子内さんの妖怪退治のために〈護摩台〉設置中に寝てしまったとか、その辺かな……

 でも、こんな真っ暗な場所にきた記憶はない。

 それ以前にほとんど何も思い出せないのは問題なんだけど。

 起き上がって頭を掻こうとしたとき、手が引っ張られた。


「ん?」


 右手首に妙な圧迫感があった。

 手さぐりで触れてみると、何かが巻かれている。

 表面が金属のようでもあるが、爪が立てられるのでそこまで硬い材質ではない。

 だが、問題なのはじゃらっとした明らかに鎖とわかる長いものと繋がっていることだった。

 手首に巻き付いて鎖がついている物品となると、思い浮かぶものは一つしかない。

 僕は鎖を握りしめると引っ張ってみた。

 ぴんと張った先が何かに繋がっているのがわかった。


「いや、もうだいたい想像ついたけど、いったいどういうことなのやら……」


 まったく光源のない中で無闇に動き回るのは危険なので、そっと手探りをしつつ慎重に動いてみた。

 周囲には特に何もなさそうだ。

 ただ、尻の下にあるのがマットだとすると、ここが〈護摩台〉の上の可能性が高いから、この辺に……

 指が横に伸びたロープにぶつかった。

 下から確かに三本のロープが張られているのがわかる。

 ここが〈護摩台〉ならば当然のことだけど、四方を囲むコーナーポストを結ぶロープが張られているのだ。

 やはり〈護摩台〉なのか。

 理由はさておき、ある程度既知の場所にいるということで多少安心できた。

 でも、僕がこんな手錠をはめられて縛られているのがどうしてなのかという問題は解決していないけど。

 ふと気が付くとお腹も空いていた。

 しばらく何も食べていないようだ。

 この空腹具合だと、一日ぐらい何も食べていないかな。

 ずっと寝ていたのだろうか、身体の節々が痛くなっていた。

 夏に盲腸で入院したときのことを思い出した。

 あの時も二日ほど寝込んでいたせいで似たように体調が悪くなっていたし。


 パン


 いきなり、天井の一点に照明がついた。

 すべてという訳ではないが、室内が見渡せるようになった。

 僕がいるところは予想通りの〈護摩台〉だったのだが、ロープはテンションがきちんとしておらず弛んでいて、コーナーポストは三本しか立っていない。

 しかもマットはボロボロでどう見ても何年も放置されていたようにしか見えない。

 室内は打ちっぱなしのコンクリート、装飾ではなくて普通に剥き出しのままで、天井にはパイプやら鉄骨やらが突きだしている。

 視界が確保されると、今度は充満しているかび臭さが気になり始めた。

 ここがどこだかはさっぱりだけど、少なくともまともに使われているところではなさそうだ。


「まったく、夢なら覚めて欲しいんだけど」


 さすがに夢でないことぐらいはわかる。

 逃げなければいけないということも。

 でも、僕の手についた手錠の鎖はコーナーポストの一柱に頑丈に巻き付き、無骨な錠前でがっちりと鍵が掛けられていた。

 手錠も本物のようだし、どうやっても逃げ出せそうな状況ではなかった。

 どうやって逃げ出すのかということよりも、もっと気になることがあったということもあった。

 僕が手錠で縛り付けられているのは赤コーナーのポストだったが、反対側の青コーナーは立っておらず、代わりに液晶テレビが置いてあった。

 よく見ると、主電源のランプがついている。

 まだ電気は通じているようだ。

 もしかして、僕が観られるようにしてあるのか。

 そう思っていた矢先、ブウンと音がして画面に光が灯った。

 テレビの番組が始まったみたいだ。

 どこかからのリモコン操作か、それとも自動的にスタートする仕組みだったのか、どのみち何かしらのアクションが起きてくれたのは助かる。

 ずっと放っておかれるのはむしろ苦痛だからね。

 始まるのがどんな番組なのかと目を凝らすと、画面にはややうすぼんやりとした映像が映った。

 映し出されたのは、秋田のなまはげのような仮面を被った赤鬼の人形だった。

 なんとなく腹話術の人形のようである。

 赤鬼の人形の頭部がわずかに動くと、


『やあ、京一くん。ゲームをしよう』


 と、明らかに加工されたコンピューターボイスで話だした。

 でも、ここで名指しされるのはあまり嬉しい気分ではない。

 だって、この環境で名前を呼ばれるというのは人違いで拘束されている訳ではないことの証拠に他ならないからである。

 間違いなくターゲットは僕ということか。


「ゲームってなにをするんですか?」


 とりあえず返事をしてみたが、双方向の通信みたいなことはできないだろう。


『これからあなたは幾つかの試練を受けることになる。それをすべてクリアしてあなたは脱出できることになる。できなければ、ゲームオーバーだ。誰も助けに来ないこの地の底で死んでいくことになる』


 腹話術人形らしく、口のあたりが開閉しているので実際に話しているように見えなくもない。

 話をしている相手は影さえも映っていないけど。


『生きるか死ぬかはあなた次第だ。ほとんどの人間は自分の知恵と勇気をまともに使えないで、使わないまま死んでいく。一度地獄に踏み込んだ以上、知恵と勇気以外の何もあなたを救ってはくれないのだ』


 愛と正義だけが友達の人もいるよね。


『さあ、ゲームを始めよう』


 人形がそういうと、テレビの画面が消えた。

 電気が落ちたのか、そういう仕様なのかはわからないけれどとにかくいきなり音が無くなるのは怖い。

 そして、今まではなかった天井高い位置に赤いデジタルの時刻表示が点いた。

 いや、時刻ではなくて、時間だ。

 一から始まって、秒ごとに数が増えていく。

 どういう意味だろう。

 タイムリミットではなくて単にプレイ時間ということだろうか。

 まあ、とりあえずゲームってものをクリアしないとならないということはわかった。

 

 その意図はさておいたとして。


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