第315話「クリスマスの奇跡」
巫女装束のいたるところが裂けていたが、御子内或子は無傷のように見えた。
この世ならざる妖魅である〈殺人サンタ〉でさえ眼を剥く不死身ぶりを示しながら或子は立ち尽くしていた。
コキコキと首の骨を鳴らし、手首をスナップさせて腱が無事かどうかを確かめている。
影響なしとわかると、顎をしゃくって、敵を見下ろした。
「まさか、このボクをあの程度で再起不能にしたと思っていたんじゃないよね? だとしたら、欧米の妖魅は色々と甘いよ」
トナカイが肩に噛みついてきた瞬間、或子は全身の〈気〉をすべて防御に注ぎ込んだ。
表皮と特に脆い腱、そして関節部が異常に曲がらないようにしたのである。
軽功卓越のために回している〈気〉を駆使し、衝撃に備えたのだった。
そのため、何百馬力もあろうかというトナカイのぶん回しからの、硬いコンクリートへの投げ捨てという暴虐を受けてもほぼ無傷ですませられた。
これはかつて習った〈金剛体〉という防御術である。
全身を石猿のように堅くするため、動きが鈍くなり、反撃がまったくできなくなるというデメリットがあったため、「こんなアストロンみたいな技使えねえよ」と明王殿レイあたりからは不評を買っていた技である。
部分的に〈金剛体〉を使うことのできる媛巫女もいるのではあるが、高等技術である気功術のさらに高等技術ということから或子たちの世代には使い手はいなかった。
咄嗟に使って、トナカイのあの嵐のように蹂躙から逃れられただけ或子はまだ使いこなしているとはいえるのであるが。
「どうやらその真っ赤なお鼻のトナカイがキミの秘儀というか、手品のタネのようだね。もしかして、そいつを使ってカナダからやってきたのかな? だが、もう終わりだ」
敵の手口はもうわかった。
あとは打倒するだけだ。
〈護摩台〉がない状態だと封印は難しいが、完全に斃してしまえば問題はない。
できれば、隣の公園で升麻京一が用意しているはずの〈護摩台〉まで引きずっていきたいところだが、これだけ狡賢い妖魅だとすると眼を離すことはできないし、もうその段階ではない。
「でやあああああ!!」
或子は再び舞った。
稲妻のような振り下ろしからのスカイフックを〈殺人サンタ〉の肩口、鎖骨のあたりにぶち当てて、それから回転を利用しての回し蹴り一閃。
それだけで〈殺人サンタ〉の肩は破壊される。
気にするべきはプレゼント袋のトナカイだけだ。
腕をとってアームホイップで投げ捨ててから、今度は自由に動かないように左手から距離を取りつつ警戒する。
またトナカイに噛みつかれるのを警戒してのことだ。
しかし、あとは普段通りの御子内或子であった。
巫女装束はボロボロであったとしても、彼女の心も体も疲れ知らずにうごきまわる。
不潔な殺人鬼は為すすべもなく打たれ、蹴られ、投げられた。
これまで彼によって虐げられてきた多くの魂や命のお返しとばかりに、或子は正義の形をした台風のごとく妖魅を叩きのめす。
〈護摩台〉の上ではできる自爆上等の技を諦め、的確な体捌きを駆使して、巨漢の殺人鬼を追い詰めていった。
戦闘機械。
まさにその名に相応しい戦技の冴えをみせて、御子内或子は〈殺人サンタ〉に対して最後のトドメとして延髄切りを放った。
『……!!』
声すらも上げられずに、サンタクロースの形を模した妖魅の殺人鬼は崩れ落ちる。
仰向けに倒れたその鳩尾に体内の〈気〉をすべて籠めた一撃を放った。
これ以上ないほどの手応えが或子に伝わる。
白い袋の中でトナカイがもぞもぞと蠢いたが、外に出てこないように或子の足によって口を塞がれると、すでに出番は回ってこなかった。
或子は袖口から札を取り出すと、バシっとひっぱたくように貼りつけた。
「急急如律令!! 降魔滅入!!」
巫女としてはあまり使わない呪言を唱える。
これは妖魅の力を抑えるためのものであった。
「これでよし。……こぶしに連絡して今後のことを決めようか」
〈殺人サンタ〉を完全に無力化したことを確認しても、或子は決して妖魅から眼を離さなかった。
「或子……」
「やあ、無事だったかい? 間に合ってよかった」
「或子ちゃん。大丈夫ッスか」
切子と蒼がおそるおそるやってきた。
〈殺人サンタ〉そのものは恐ろしいが、必死になって自分たちを守ってくれた友人が心配なのだ。
そんな友人たちを笑って受け入れると、或子はようやくコンクリートの上にへたり込んだ。
疲れ切っていた。
隣の公園で京一と別れてから、〈殺人サンタ〉の気配を察知して、全速力で切子の部屋経由で屋上まで辿り着いたあと、呼吸も整えないまま戦いを開始したせいであった。
なんとか呼吸が落ち着くと、スマホを懐からだして〈社務所〉の統括である不知火こぶしに連絡をし、〈殺人サンタ〉の後始末を依頼する。
すぐに妖魅封印の担当が来るということになったので、到着を待たなければならない。
その間、公園にいる助手の少年を呼び出して撤収を指示しないと……
トゥルルルルル トゥルルルルル トゥルルルルル……
だが、いつまでコール音が鳴っても少年は呼び出しに応じなかった。
しばらくして留守電に切り替わる。
「おかしいな。京一は何をしてるんだろう」
立ち上がって、マンションの屋上の端まで歩くと公園を見下ろす場所まで歩いた。
樹が邪魔をしていたがなんとか全体が見渡せた。
しかし、公園には誰一人として見当たらない。
人払いの術を掛けてあるとしても、〈社務所〉の関係者となった彼だけは絶対にいるはずなのに。
「あれ?」
或子はもう一度コールしてみたが、また留守電に切り替わって終わりだ。
「まったく。京一はどこにいっているんだい。しょうがないなあ」
まあ、しばらくしたらあっちからやってくるだろう。
封印担当が到着したら或子が行ってもいい。
疲れ切っていることもあり、それ以上深くは考えなかった。
明日はクリスマスイブだし、みんなで楽しく過ごすことにしよう。
京一にもプレゼントを用意してあるし、あっちも何か準備していてくれることだろう。
ここぞというときにボクが渡したらきっとびっくりするに違いない。
そんなことを考えるとワクワクして仕方なかった。
「やっぱりJKはクリスマスにパーティーをするものだからね!」
御子内或子はJKなのでパーリーピーポーになっても当然なのである。
あとはいつも一緒の相棒がいれば、それでオッケー。
だが、クリスマスイブになっても助手の少年は或子のところにやってこなかった。
クリスマス当日になっても、26日になっても、27日になっても―――
升麻京一は家にさえ帰ることがなかったのである……
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