第311話「〈社務所・外宮〉の月巫女」
切子さんの家族が住むマンションはJR中央線の国立駅南口の大学通りをまっすぐに進んだ場所にあった。
クリスマスシーズンということで、一橋大学に続く駅前の並木道は様々な飾りが施され、道行く人たちを魅了していた。
豊富なイルミネーションは夜になるとさらに彩を増し、LEDを駆使したロマンチックな幾何学模様やデフォルメされた可愛らしいキャラクターが陽気に舞い踊っている。
かき入れ時ということもあってか、サンタクロースの恰好をした店員などが店の内外で忙しそうに働いていた。
イブが明日ということもあり、まだ本番という様子ではないが、それでも普通ならばワクワクしてしまいそうな光景だった。
一足早くカップルが手をつないだり腕を組んだりしながら散歩していた。
もっとも、僕らは〈殺人サンタ〉なんていう悪夢の産物から友達を守らなければならない切迫した状況にあったからか、道すがらそんな人たちを微笑ましく見ることはできなかったけれど。
「あった!」
何度かお邪魔しているという御子内さんが1棟のマンションを指し示した。
三階建てで各階に六部屋がある中規模なマンションだった。
比較的最近建てられたもののようだし、お値段もそこそこするだろう。
BMWに乗っている蒼さんの家もそうだが、切子さんちも結構裕福っぽかった。
すぐ隣にはわりと広い児童公園があるのがわかる。
国立市は左派系の政治家が強く、こういう生活環境を快適にするものを重視する傾向があるそうなので、日頃からよく手入れをされている感じがある。
ただ、子供が遊べそうな遊具がなく、ベンチと花や木といった植物ばかりなところに、無用なトラブルを避けようとするせこさみたいなものが見て取れた。
サイズとしては、〈護摩台〉を設置するには十分な広さだ。
〈人払い〉の術を掛けてもらい、その間に設置してしまえば見事なバトルフィールドに変わることだろう。
ただ、要求しておいた資材がまだ到着していなかった。
必要な資材を六トントラックから降ろして、それを組み立てて設置するには、最低でも三時間はかかるのにこれでは間に合わない。
僕としては、もう資材の荷下ろしぐらいは終わっているものだと期待していたというのに。
随分と遅れてしまっているのは、年末だからだろうか。
「これは参ったね。仕方ない、とりあえずボクは切子たちのところにいこう。最悪の場合、簡易結界だけで〈殺人サンタ〉を迎え討つことになるから、京一はここで用意しておいてくれ」
「うん、わかった」
簡易結界というのは、呪法加工を施したワイヤーを使い一定の区画を囲むことで行う簡単な結界のことだ。
コツさえ掴めば巫女たちのように神通力を持たない僕でも張ることができるもので、御子内さんはわりと多用している。
ここ最近の傾向として、巫女レスラーらしい〈護摩台〉を使っての
効果としては正式な結界である〈護摩台〉に比べたらかなり落ちるものになるのだが、それでも妖魅と人間との力の差を埋めてくれることになるので無駄にはならない。
かつてウサギの妖怪〈犰〉と戦ったときは、御子内さんでさえほとんど手も足も出ない状況に追いやられたことがある。
〈犰〉自身が古くて強い妖怪であったということもあるが、〈護摩台〉という結界がなければ十回に八回は負けることになるという。
人間と妖魅にはそれだけ大きな力の差があるのだ。
以前の殺人鬼〈J〉のときは、元が人間であったものだからなのだろうか、簡易結界だけで御子内さんが圧倒してしまっていたこともあり、相当強力な妖怪でもない限り簡易結界でもなんとかなることは確かだ。
〈殺人サンタ〉の出自を考えれば元は〈J〉と同じ人間でしかないので、簡易結界があればそれで足りるはずだ。
だが、僕たちはどうにも嫌な予感がしてならなかった
STAR WARS風に言うなら、「I've got a bad feeling about this」である。
どうにも胸騒ぎがしてならない。
相手の狙いが親しい友達ということは滅多にないことだけど、それだって皆無という訳ではない。
じゃあ何故なのか?
それは、僕たちが一度切子さんから引き離されたということにある。
あの被害者になるだろうリストの末尾に、わざわざ切子さんを配置したのはそのせいだ。
その意味がまったくもって不明なのだった。
〈社務所〉の同僚―――退魔巫女のはずだ―――から依頼されたもののはずなのに、御子内さんが乗り気でなかったのもおかしいが、やはり何か作為があるようにしか思えない。
ここまでに今まで感じたことのない違和感があったのである。
「……面倒なことにならなければいいんだけど」
だけど、そんな僕の予感は最低なことに的中してしまう。
いつまでたってもやってこない〈護摩台〉の資材を諦めて、児童公園に簡易結界を張りだした時、僕に向けて声を掛けてきた人がいた。
「オマエが御子内の助手なのカネ?」
振り向くと、見たことのない巫女装束の女の子が立っていた。
御子内さんたちのものとは違い、一切改造をしていない。
逆に見慣れていなさ過ぎて不自然さを覚えるくらいだ。
しかも、この巫女さんは異常なほどに髪が長く、お尻のあたりまで伸ばしている。
ワンレンというものだろうか。
レイさんも長いが、その彼女でも腰までなので、さらに長髪なのだ。
さらにいうと、眉のところでばっさりと直線に切る、広瀬すずのようなカットは日本人形っぽさがある。
「あ、はい。―――もしかして、貴女は〈社務所〉の媛巫女なのでしょうか」
「そうダネ。
……。
なんだ、聞いたことのない名乗りと単語だったぞ。
〈社務所・外宮〉というのも、月巫女というのも、僕は知らない。
一年ぐらいしか〈社務所〉関係と携わっていないとはいえ、はっきりと未知の単語だとわかるぐらいだ。
いったい何者なんだろうこの人は。
なんとなく初対面の印象は、〈社務所〉の重鎮である御所守たゆうさんを連想させるけれども、それよりも遥かに若い。
たゆうさんは正直言って術で若作りしているのがわかるけれど、この人は本当に二十歳ぐらいなのはわかる。
なのに、たゆうさんのような得体のしれない底なしの恐ろしさを感じる。
さらにいうと、この人はきな臭い。
落ちたばかりの不発弾か火薬の傍にいるような、いつでも容赦なく炸裂しそうな不穏な気配がある。
長く隣にいて欲しくない。
首筋にちりちりと痛みが広がり、警戒しろと本能が囁くのだ。
「なるホド。〈一指〉の相ダ。今時分は大陸でも滅多にお目にかからない
〈一指〉がわかるのか。
本当にこの人は何者なんだ。
「―――さてさて、御子内にそれほどの価値があるのかないのか、巫女の癖に巫女であるのかないのかわからないようなアイツに意味があるのかないのか、様子を見させてもらうとしようカネ」
にたりと笑った。
地割れのように歪んだ笑みであった。
はっきりと巫女とは思えない。
僕はきっぱりと悟った。
この人はヤバい、と。
しかも、そのヤバさは僕の御子内さんに祟るものである、と。
これが、僕たちが高校三年生になる直前に突然やってきた、〈社務所・外宮〉の月巫女―――
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