第309話「無辜な子供を狙う悪魔」
「でも、久保さんの事件は十年前なんでしょ? どうして、今更……あ、そうか」
「わかったかい。わざわざあいつがカナダに行ったのは、そういうことさ。ボクらは知らなかったけれど、去年の段階でもまだ世界中で〈殺人サンタ〉騒ぎが存在していて、世界のどこかで誰か子供が殺されていたのさ。しかも、調べてみたらその子供はまだ生きていた頃に〈殺人サンタ〉宛に手紙を送ってよこした子だったのだろう」
〈殺人サンタ〉ゲイリー・ブラン・キューザックという男がカナダの騎馬警察によって射殺されたらしいのは、ちょうど十一年前のことだ。
そして、久保達彦くんが殺されたのは十年前。
本当にゲイリーが〈殺人現象〉となっていたとしても、何千キロもの離れた日本にまでやってきて子供を殺すなんて、通常ならばあり得ない。
いったいどんな化け物なのだろうか。
いや、前回の御子内さんが撃退した殺人鬼〈J〉の不死身ぶりを考えると、北中米の〈殺人現象〉というものは日本に住んでいる僕らの感覚とは桁外れに違うと考えた方がいいのかもしれない。
日本でいう妖怪よりももっと得体のしれない人の怨念がそのまま殺人という概念になってしまつたかのような不気味さがある。
「カナダで死んだかもしれない殺人鬼が日本にまで来るなんて……いったいどうやってそんなことに」
「ボクの考えだけど、おそらく生前の自分に送られてきた手紙の住所を辿っているのだろうね。確か、ボクの記憶ではこういう風にサンタクロースに手紙を送るというイベントはだいぶ前から行われていて、世界中の子供たちがやっているはずだ。ゲイリーという奴がやっていたのは、自分のところにわざわざ手紙を出した子供をターゲットにして悦に入るということみたいだからね。そして、多分、ゲイリーはカナダから来た分の手紙がなくなったから、今度は世界中から来た分の子供を殺し回ろうとしているんだろうさ。まったく、なんとも律儀な怪物じゃないか」
と、御子内さんがはき捨てる。
怒りのあまりキレかけているようだ。
「―――じゃあ、このリストの子供たちは」
「日本からゲイリーに手紙を出した純粋で無邪気な子供のリストさ。今、〈社務所〉の禰宜に日本警察のデータと照合させている。こんなこと、〈社務所〉だけでカバーできる範囲じゃない」
そして、数十分後、リストは恐ろしい結果で染めあがった。
二十人前後いた子供の名前はほぼすべて消え、転居によって住所を変えたと思われる数人以外は生存が確認できなかったのだ。
関東に限らず、日本中の子供たちが!
しかも、おぞましいことにその子供たちのほとんどは同時期の十二月二十三日前後―――要するにクリスマスだ―――に消息を断っている。
生死が確認できたのは久保達彦くんぐらいのもので、彼は惨殺死体として見つかっているが、他はどうなったのかさえわからない。
そして、さらに、さらに不気味なことに、転居して住所が変わった子供たちの中にも行方不明者がでているのである。
それは去年から始まっていた。
唯一、まだ安否が確認されているのは……
「切子だけとはね!」
どうして、彼女だけが残っているのだろう。
二十人の手紙を送った子供のリストはもう赤い線で埋め尽くされているのというのに。
切子さんは親友の蒼さんとずっと一緒だったといっていたのを覚えているので、転居したということもなさそうなのに。
「いや、切子は同じ学区内で何度か引っ越しをしていると聞いたことがある」
「同じ学区内で? そんなことがあるの?」
「あいつが家族と住んでいたマンションというのが、ちょっと前の耐震工事偽装問題でやり玉に挙がった建物だったんだよ。それで、建設会社が耐震補強工事をしている間に別の部屋に移って、一年ほど経ってから戻ってきたんだけれどこれまでとは別の部屋で不便になったとかいうことで、やっぱり納得できないと半年もしないで引っ越したと聞いているね。その時の引っ越しでも、不動産会社が用意した代替の部屋経由だったそうだから、短い間に何回も住所を変更しているんだ。たぶん、それが原因だったんじゃないか?」
「引っ越しが多かったから、居場所がなかなかつきとめられなかったってこと? まさか、そんな……。ストーカーじゃないんだから……」
だが、僕の経験則でしかないが、現代の妖魅というものは意外と生きている人間と似たような行動しかとらない。
まだ見たことはないれども、もしかしたらインターネットで情報収集をしている妖怪がいたっておかしくないぐらいだ。
〈殺人サンタ〉がカナダからきた妖魅だとすると、頻繁に引っ越しをした切子さんの足取りを追いきれずにいた可能性は十分にある。
怪物に土地勘なんてものがあるのかはわからないけれど、〈殺人サンタ〉は元々人間が化けた〈殺人現象〉なのだから思ったよりも超常の力がなかったといことはありうるのだ。
その他の転居した子供たちを殺すのに八年近くかけた〈殺人サンタ〉だとしたら、その仮説があっていたとしてもおかしくない。
「他国のことはボクにはどうにもならないけれど、もしかしたら今夜にでも切子が狙われるかもしれないとなったら、みうやるしかない」
「イブは明日だよ。でも、〈殺人サンタ〉が動くとしたら今日のうちみたいだね」
「……京一、クリスマスの忙しい時期に悪いんだけど」
「〈護摩台〉を設置するんだね。どこがいい?」
「切子のマンションの隣に児童公園があった。そこにしよう」
僕たちはすぐに行動を開始した。
まず、〈護摩台〉を設置するための資材をその住所に運び込むように〈社務所〉に連絡を取る。
突貫になりそうなので人手も依頼した。
御子内さんはすぐに切子さんたちに電話をする。
僕らと別れてから、二人は切子さんの家で遊んでいたらしい。
おかげですぐに捕まえられたし、彼女たちに警告を発することができてラッキーといえた。
でないと、御子内さんが到着するまでに彼女のもとに〈殺人サンタ〉が現われたときに対処ができないからだ。
八王子からだと一時間以上はかかる。
それまでに〈殺人サンタ〉がやってこないことを祈るしかない。
一番いいのは、切子さんが狙われずにクリスマスが無事に終わることだが、僕だけでなく御子内さんが異常に焦っているということは、彼女の勘が危機を告げているのだろう。
戦国時代の武将と同等といっていい野生の勘働きを持つ御子内さんの勘が!
「急ぐよ、京一! 切子はボクたちの友達だ! 絶対に守る!」
背中に冷たい汗が流れる。
これが恐怖というものだ。
僕もあのリストを見たときの恐ろしさは忘れられない。
二十人の子供の名前に「行方不明」と書かれたリストの。
遥々異国のカナダからわざわざ子供を殺しにくるような狂った化け物の所業を。
(でも、少し気にかかることがある)
御子内さんにこのリストを渡したという〈社務所〉の同僚はいったい何を考えているのだろうという問題だ。
少なくとも、その同僚さんはこうなることを見越していたことは間違いない。
切子さんの名前をわざわざ最後に配置していたのも何かの企みのはずである。
だが、いったいなんのために……
〈社務所〉の中で御子内さんに対して含むものがある人がいるということなのか。
それとも……
「いや、気にしちゃダメだ」
僕は自分の頬を張った。
今はそんなことを気にしている暇はない。
一刻も早く切子さんたちのところにいかないと。
少なくとも〈殺人サンタ〉が動くのは23日の夜だ。
もう時間的余裕はないのだ。
間に合ってくれ。
僕らはそんなことを祈りながら先を急いだ。
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