第308話「サンタクロースへの手紙」



 池田切子は、らしくないことをするのが好きな子供だった。

 それは彼女が物心ついた頃から変わらず、17歳になった今でも同じだった。

 例えば、どういうことでらしくないことをするかというと、女の子はピンク色を好むという親や祖父母の押し付けに対して青や茶色の服を選んだり、お人形遊びの場に戦車のミニチュアを乱入させたりということだ。

 彼女のことを単に男の子っぽいと評する大人もいたが、切子にとっては要するに「女の子らしさ」というものをもとめる周囲への反発があったのだろう。

 幼稚園に入ったころには、すでに楚々とした物静かな美少女になるのは間違いない整った顔つきだった切子があえて男の子っぽいものに興味を示すのは、確かに「らしくない」行為そのものだったからだ。

 小学校に上がると、今度は「切子らしい」と周囲が考えることの逆を選ぶようにしていた。

 冷めた性格、熱くならない性質、クールさを信条とするような振る舞い……

 池田切子とはそういう子供だと知れ渡り始めると、常に逆張りをし始めるようになる。

 典型的なのが、友達選びだ。

 彼女が無二の親友として選んだのは、口調からして軽い感じで頭の悪い男の子のような陽気な子供だった。

 それが今でも付き合っている大地蒼である。

 もっとも、単に「切子の友達らしくない」タイプというだけではなく、蒼の持つ中々くじけることを知らない前向きな性格に魅かれたからという理由もあるのだが、それこそ「らしくない」ので口にはしなかったが。

 蒼とは小学校入学時にクラスが一緒になってからほぼいつもつるんでいるという関係で、高校生になった現在でも変わらないままとなった。

 おかげで凸凹コンビと言われていたが、それも「らしくなく」て最高だとおもっていた。

 他にも切子はあえて逆張りをし続け、それがいわゆる厨二病の一種だとわかっていてもやめられなかった。

 最たるものは、一年前に出会った巫女との付き合いだった。

 その巫女とはかつてない妖怪退治という珍しすぎる事件で出会ったのだが、普通ならば危険で避けて通った方がいい相手だというのに、切子は積極的に彼女と仲良くなろうとした(実際に切子と蒼は妖怪に殺されかけたというのに)。

 面倒なことに積極的にかかわる切子、という「らしくない」行動を採りたくなったからである。

 そして、付き合ってみると相手の巫女はとても気の合う相手だった。

「らしくない」ことをして蒼と親友になって以来の、当たりだったといえる。

 相手が高校生にして仕事をしているという忙しい立場であるからか、たまにしか会えない関係ではあったが、それでも切子にとっては大切と呼べる間柄になった。

 子供の頃から、ずっと「らしくない」ことにこだわってきた切子にとっては嬉しい誤算であった。

 そんな風にいつも「らしくない」ことばかりを選んで生きてきたのが、彼女なのである……



          ◇◆◇



「そういえば、私、サンタクロースに手紙書いたことある」


 クリスマス会をするつもりだった御子内或子がいなくなってしばらくしてから、切子はぽつりと呟いた。

 マクドナルドのフライドポテトLサイズを親の仇のように頬張っていた親友の蒼が顔を上げた。


「へ、なんスか?」


 間抜けな顔をしている。

 理知的で幼いながらクールビューティーとして確立されている切子とは正反対の顔だ。

 だからこそ一緒にいて心地よいのかもしれないが。


「……だからサンタクロースへの手紙」

「サンタさんへ?」

「小学校の頃にあったじゃない。海外にあるサンタクロースハウスにプレゼントしてほしいものを書いた手紙を送るって企画。それのこと」


 すると、蒼はニシシと笑いながら、


「切子らしくないことしたッスね。切子はもう小学生の頃から、そんなの子供っぽくてやってられないわみたいな感じだったのに」

「私らしくないからしたの。もう幼稚園の頃にはサンタクロースなんていないとわかっていたけど」


 そんな冷めた子供がサンタクロースの実在を信じていたら、いかにも「らしくない」だろうなという理由でしかない。


(私って子供の頃からそんなことばかりしてたのよね)


 少し自嘲気味になってしまうのもしかたない。

 とはいえ性分なので止める気はないが。


「へええ。自分なんか、つい最近までサンタさんがいるものだと信じてたんだけど、みんなは早熟ッスね。感心ッス」


 蒼は逆に信じていたらしい。

 今の情報社会でサンタが作り話であることに気づかないなんてどれだけ鈍感なのよ、と切子は毒づいた。

 親友の毒をまともに受けても蒼にとって致命傷にはならないのだけれど。


「で、それがどうかしたんスか? 幼少のみぎりの恥を暴露して笑いを取ろうという寸法なんスか? 切子にしては芸のないトークッスね」

「恥ではない。……あなた、どうして私がサンタクロースに手紙を出したら恥になるというの」

「だって、切子なら『本当はいないって信じているけど、サンタクロースがいる方に賭けるわ! だって夢があるもん!』とかへそ曲がりで思っていそうだからッスからねえ」

「―――そ、そんな馬鹿なこと思ってない」

「間があった上、どもったッス。図星だったのかあ」


 さすがは間が抜けているとはいえ親友だ。

 鋭い。

 実のところ、「らしくなさ」を追求していた子供の頃、切子は「サンタクロースはいないということをしっているけれど、万が一でもいるかもしれないと思うのが自分らしくない」という逆の逆の理由でサンタを信じていた切子なのである。

 だから、蒼の言い分が正しい。

 しかし、心を読まれるというのは、例え親友であったとしてもまっこと腹の立つことである。


「うるさい」

「へえ~。そんな恥ずかしい記憶を、或子ちゃんが〈殺人サンタ〉退治なんてものを振られたから思い出したということッスね」

「だから、恥ではない。……カナダからというのが気になっただけ」

「そういえばカナダとか言ってたッスね。サンタさんだとフィンランドあたりだと思ってたッス」

「フィンランドよりはカナダの方が返事をくれるサービスがあったの。だから、そっちを選んだ」

「なーる。もらえるかどうかわからないプレゼントよりも現物の手紙を欲しがったと。いかにも欲深な切子らしいッスね」

「―――そんなことない」


 またも図星をつかれる。

 腹が立つったらありゃしない。


「で、変事はもらえたんスか」

「うん、まあ……」

「あーあ、部屋のどこかに大切に保管しているということッスか。親とかに知られたらバツが悪いからッスね。ホント、切子ってわかりやすい」

「そ、そんなことなっ!!」


 これ以上喋るとドツボにはまる。

 だから、切子はもうこの話題には触れないように黙ることにした。


「―――でも、或子ちゃんが〈殺人サンタ〉とかいうのが日本に来たといってましたねえ。そんなの本当にいたとしたらショックっスね。いち、サンタさんファンとしては」

「でも、サンタクロースの格好をした人殺しがいたのは事実」

「悪い子にはプレゼントの代わりにナイフの切っ先をプレゼントっスか。いやな話ッス」

「でも、〈殺人サンタ〉なんてただの噂だから」

「或子ちゃんも大変ッスねえ」


 彼女たちの友達である退魔巫女は、そんな噂にも対処しなくてはならないのか。

 まったく正義の味方というのも大変な仕事である。

 と、その時まで切子は楽観視していた。

 明日の24日、クリスマスイブに合わせて蒼が泊まりにくるというので掃除をしておかないと呑気に考えるまで。

 だが、そんな彼女にショッキングな危険が迫っていることへの予感は欠片さえもなかったのである。


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