第307話「〈殺人サンタ〉」
初めに向かったのは、武蔵立川市から近い、八王子市だった。
経費節約のためにバスに乗り継いで、北にある団地を目指した。
二十棟ほどのあるなかなか大きな団地群で、入口のところに広場があってモミの木がクリスマスツリーに飾りつけられていた。
「第二棟の102号室か……」
目的の住所は簡単に判明した。
バス停を降りてすぐのところだったからだ。
僕の隣を歩く御子内さんの様子におかしいところはない。
つまり、はっきりとわかる妖気のようなものはないということだ。
妖気は妖怪やそれに準ずる妖魅存在が放つ気配のようなものなので、それがないというのならば少なくとも近くにはいないということである。
まあ、100%当てになるものではないということは経験則的にわかっているけど。
102号室には人の住んでいる様子はなかった。
表札もないし、郵便ポストもガムテープで塞がれていた。
どうやら無人で誰も住んではいないようだ。
しかもかなりの歳月が経っている。
「外れ、かな」
「みたいだね。……でも、この住所を廻れってどういうことなの?」
「んー、あのアホの言うことだと……この住所はトロントの郵便局で仕入れたそうだよ……」
「あんたら、なにをしてんだ?」
僕らの会話に誰かが口を挟んできた。
振り向くと、六十歳ぐらいのお爺さんがゴミ袋を片手に立っている。
手には軍手をつけていて、作業着姿だ。
このスタイルから想像できる仕事はそんなに多くない。
「団地の管理人さんですか?」
「ああそうだ。……あんたらは見ない顔だが、そこの部屋はもう誰も住んじゃいないよ」
「それはわかるよ。ただ、ボクらはここの住人に話があってきただけでね。どこに行ったか教えてもらえないかな」
「さあね。私らも知らんよ。あんなことがあったあとじゃ、久保さんだって出ていきたくもなるだろう」
御子内さんは手元のFAX用紙を見て、
「久保達彦というのは……?」
「達彦? ああ、そこに住んでいた久保さんのお子さんだよ。その子が変質者に殺されたんだ。そのせいで久保さんちは一家でここから出てったのさ」
「殺されたって……本当ですか」
「ああ、もう十年になるかな。ちょうど今頃の季節だったかな。ほら、団地の出入り口にクリスマスツリーがあったろ。あれを用意したくらいだと鮮明におぼえておる」
十年前に殺人事件があって、ここの部屋の子供が殺されたということか。
なんともやりきれない話だ。
僕らがまだ小学校低学年の頃だから、ほとんど同年代だね。
「犯人は逮捕されたんですか?」
「いや、まだだ。あんまりに惨い話なんで、団地の大人たちも警戒したんだが、犯人らしいものも見当たらないし、他に事件も起きなかったんで警察もお手上げだったらしい」
「そうですか……」
それ以上の情報はもらえそうもなかったので、僕らは管理人と別れた。
細かい情報はネットで検索した方がいいかもしれない。
十年前の話だし。
場合によっては〈社務所〉のネットワーク頼みになる。
「あった。―――『クリスマスの準備を終えた団地で起きた悲劇』。これだね」
久保達彦くん、当時九歳がクリスマス直前の23日に団地内で行方不明になり、翌日に死体となって発見された。
首筋に鉈のような刃物で何度も斬りつけられて、大量の出血をしたことで死亡したものと推測される……と。
犯人は不明。
どうやら、八王子署に捜査本部が設置されたが、犯人の目星すらつけられなかったらしい。
同じころに有名芸能人が覚せい剤で逮捕されていたせいで、ほとんど報道されていないみたいだから、僕の記憶にもない事件だ。
「……なるほど。イブに起きた子供殺し。いかにも、殺人サンタのやりそうな事件だ」
「その殺人サンタが犯人ということでいいの?」
「ああ。まさか、カナダの殺人鬼がこんな極東までやってきていたなんて、誰も想像もできなかったみたいだね。でも、しまったな。これだと、もうこのリストに載っている住所では事件が起きている可能性がある」
実はよくわかっていなかったんだけど、この住所って何のリストなの?
「わざわざ、うちの巫女がカナダまで行って手に入れてきたのは理由があってね」
「というと?」
「日本とは違って外国だと、エアメールは一度郵便局で留め置かれてから、住所を控えられて、それから配達されることになっているんだ。特にアメリカとカナダではテロ対策として州によってやられている。ある意味では検閲なんだけど、911からはわりと平然となされているらしい」
「そのリストの住所はそういうものなのね」
「ああ。これは、カナダのとある家に配達されたエアメールの送り手の住所をメモしたものなんだ」
「だから、わざわざカナダに行かないと開示してもらえなかったんだ。個人情報だもんね。……で、とある家って?」
御子内さんはカバンからファイルを出して、僕に見せた。
そこにはある殺人鬼による連続殺人事件が丁寧に整理されて、まとめられていた。
「〈殺人サンタ〉ゲイリー・ブラン・キューザックの隠れ家だった場所さ」
27人の子供を殺した殺人サンタの肖像がそこにはあった。
「ゲイリーは、サンタクロースの格好をして子供たちに近づいて拉致して殺すという手口の殺人鬼だった。だから、基本的には冬場しか活動しなかったみたいだけど、それで27人という数字は異常だね」
「多いね……」
「こいつは、ボランティアで出張サンタみたいなことをやっていて、カナダにあるサンタの家という名目で世界中から送られてくるサンタへの手紙への返信なんかも引き受けていたんだ。サンタクロースの真似の泰斗みたいなものかな。犯行が発覚する前は、テレビや雑誌のインタビューを受けたりして、地元の名士でもあったらしい。世界中の子供たちに夢を届けるサンタさんってことで有名だった」
「うわ……」
「ところがその正体は、クリスマスシーズンになるたびにカナダの子供を殺して回る殺人鬼だったという訳さ。昔のカナダではこいつの噂で持ちきりだったそうだよ。で、ある時、へまを犯して警察に見つかり、銃でハチの巣になるまで撃たれて、オンタリオ湖という湖に落ちていった。残念なことに、死体は見つかっていない」
なるほど、それで〈殺人サンタ〉なのか。
「でも、それだともう死んじゃっているよね。亡霊になってバケて出たとでも―――あっまさか……」
「そうだ。皐月とヴァネッサ・レベッカの話を思い出せばいいだろうけど、北米アメリカには〈
「しかも、カナダだけじゃなくて、日本にまで来ているってこと? どうして?」
「それがこのリストなんだ。生前のゲイリーに、『サンタさん宛』の手紙を出した子供たちの住所がこれなのさ。警察官に射殺されても〈殺人現象〉として存在することになった〈殺人サンタ〉は、自分をサンタクロースだと信じている無邪気な子供たちを標的にして、今でも元気に殺し回っているという訳だ」
だから、住所を虱潰しに探し出して、しかもその先で戦いがあるかもしれないと用心しろと言うことなのか。
でも……
「でも、待って。達彦君の件は十年の話だよ」
「うん。〈殺人サンタ〉はもう日本に上陸している。今から探していては間に合わないかもしれない」
「じゃあ、どうするの? リストにある子供をすべて守る訳にはいかないよ。その〈殺人サンタ〉の行動を読まない限り、被害者はでる。そのカナダに行った同僚さんには何か考えがあったんじゃないかな!」
すると、御子内さんは難しい顔をした。
何か歯にものが挟まったような、そんな複雑な表情だった。
「確かにあいつなら……」
改めて、御子内さんはFAX用紙のリストを精査し始め、そして顔を引きつらせた。
驚きと苦悩が入り混じっている。
「どうしたのさ?」
「ちっ、そういうことか。なんとも雑な依頼だと思ったよ。まさかこういう狙いがあったとはね」
そういって、彼女はリストをぎゅっと丸めると僕に押し付けた。
非常に珍しい感情的で乱暴な態度だった。
「リストの最後を見なよ! あー、くそ、気がつかなかった!! まさかこういうこととは!」
「最後?」
言われた通りにリストに目を通した僕は、最後の行に見慣れた名前を発見した。
確かに、これは御子内さんを直に指名したのに等しいものだろう。
なぜなら、そこにあった名前は……
池田切子。
だったからである。
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