―第41試合 イヴ鬼譚―

第306話「カナダより来るもの」



 カナダ最大の都市トロント。

 冬になると豪雪地帯ともなる都市だが、この年はまだそれほど多量の雪は降っていなかった。

 そのトロントの郊外にある一軒の廃屋の中から、一人の少女が出てきた。

 防寒用の革ジャンを羽織った警官と違い、なんと厚着らしいことを一切していない涼し気な格好のままである。

 しかも、白い衣と緋色の袴という、いわゆる日本のミコ・スタイルなのであった。

 風が強いため、アップにまとめた黒髪から雪の粒を掃いながら、巫女の少女はカナダ騎馬警察――――RCMPのパトカーで待っていた警官たちのところにやってきた。


「どうでした? お知りになりたいことはわかりましたか?」

「ああ。だいたいのところハネ」


 警官のフランス語交じりの英語を簡単にヒヤリングでき、なおかつ同じ言語で会話ができるという、ありがたい異国の客人はさっさとパトカーの後部座席に滑り込んだ。

 運転席のカナダ人警官が聞いた。


「もう、何もなかったと思うんですが、あれでよろしかったんで?」

「十分に足りるよ。私たちにとってはだけど」

「なら、良かった。ただ、異国の客人に好奇心交じりの質問をさせていただきたいんですが、よろしいですかな」

「どうぞ」

「メルシー」


 パトカーが走り出し、トロントの田舎の景色がガラス越しに流れていく。

 全面的に白い。

 まだ、雪が本格的ではないとはいえ、さすがに北国だ。

 雪が風景の主役である。


「何が聞きたいのカネ?」

「まるでロバート・ピクトンやクリフォード・ロバートみたいだったと噂されている殺人鬼が住んでいた家に、わざわざトーキョーから女の子が訪ねてくれば、誰だって骨までしゃぶりつくしたいぐらいに気になりますや」


 助手席の黒人警官が肘で小突く。

 やりすぎるなよという警告だ。

 なんといっても、この日本のオリエンタル風の少女はICPOとFBIのお墨付きでやってきた、ある意味でのVIPなのだ。

 地元警察が雑に扱っていい相手ではない。

 もっとも巫女の少女の方はくだけた性格らしく、不躾な態度にも軽く応じていた。


「あの家に住んでいたという、その殺人鬼は結局見つかっていないのカナ?」

「ゲイリー・ブラン・キューザックは間違いなく私ら警官の銃弾を山ほど食らって、ウッドバインビーチの奥に流されていきましたよ。当たっていることは血の量でわかります」

「でも、死体は見つからなかった」

「なにぶん真夜中のことでしたんで。でも、野郎がオンタリオ湖で銃でくたばったか、溺れてくたばったかはともかく、死んじまったのは確かでしょうや」


 オンタリオ湖は観光地でもあるカナダ有数の湖だ。

 

「死体が見つかっていなければなんともいえなくないカナ?」

「ですがね、そのあともうゲイリーの仕業らしい事件は起きなくなった。だから、あいつは死んだ。そうとるのが正解なんじゃないですかね」

「ゲイリーを真似た殺人は起きなくなったんだヨネ」

「そうですよ。ゲイリーみたいな仮装をして殺す模倣犯コピーキャットはいない訳でもなかったが、あいつしかできそうにない殺しヤマは一切起きてませんや」


 警官はかつて担当した事件を思い出して身震いした。

 仲間に気づかれたら、どれだけ揶揄われるかわからないが、どうしたって記憶を喚起する度に怖気が走るのはとめられない。


「そこまで印象的な事件だったンダ」

「そりゃあ、そうでしょ。あれ以来、警察うちの担当者はクリスマスを素直に祝えなくなった。メリークリスマスじゃなくてハッピーホリデーでさ」


 それは最近増えてきたイスラム教徒への配慮のためだが、警官たちにとっては別の意味があるらしい。

 巫女は英語のファイルに目を通しながら数葉の写真を手にした。

 裏には「ゲイリー・ブラン・キューザック」とナンバリングが手書きしてある。

 貴重な犯行現場の写真であった。


「ホントだ。夢にまででてきそうダネ」

「そうなんでさ」


 助手席の黒人警官までなんともいえない表情になった。

 

「かつてトロントを震撼させた大量殺人鬼。―――ゲイリー・ブラン・キューザック。またの名を―――」


 巫女は鬼の名を呼んだ。


「〈キラー・サンタ〉か……」


 写真に写っているのは、白のトリミングのある赤い服にナイトキャップを被って、白いヒゲを蓄えた人物が分厚い刃の鉈を振るって、人を殺害しているシーンであった。

 しかも、被害者はまだ十歳ほどの子供ばかり。

 巫女が持っている写真だけで数人が襲われている。

 すべて隠し撮りではなく堂々と撮影しているらしく、ブレらしいものもほとんどない鮮明なものだった。

 撮る方も撮られる方も狂気の沙汰としか思われない悪夢の光景であった。アングルであった。地獄絵図であった。


「こんなものが野放しにされている可能性があるって……」


 巫女はおそらくは西だと思われる方角を見て、


「しかも、海を越えるなんて……どんなトナカイのそりにのってんノヨ」


 と、面倒くさそうにごちるのであった……



        ◇◆◇



「……クリスマスが中止になった」


 突然、御子内さんが愕然とテーブルに倒れ伏した。

 一緒にお茶をしていたみんなの視線が集まる。

 彼女はスマホを両手で握りしめたまま、わなわなと震えている。

 どうやらさっききた連絡に問題があったらしい。


「……何かあったの、或子」

「あったんスか?」


 蒼さんと切子さんが心配そうに声をかける。

 今年のクリスマスイブは平日だが、もう冬休みに入っているということもあり、簡単なパーティーをしようということになっていたのだ。

 ハロウィーンの時と違い、〈社務所〉の関係者は妙に忙しいらしく連絡がつかず、暇そうな二人から声がかかると御子内さんが簡単に飛びついたのである。

 JKらしく振る舞おうという彼女の活動方針としては、こういうイベントは欠かせないからだろうか、パーティーの準備を開始しようとした矢先の出来事であった。


「仕事が……入った……」


 御子内さんの仕事というからには妖怪退治なんだろうけど、まあ間が悪い。

 ちょうど彼女のテンションがマックスになりかける寸前だったからね。

 蒼さんも切子さんも、僕たちが妖怪退治の仕事中に知り合った同い年の女子高生で、クラスメートと〈社務所〉の関係者とか以外では珍しい外部の友人たちなのだ。

 ボサボサのカールのかかった髪型をして、「~ッス」と喋る眼の大きな女の子が大地蒼さん。

 お団子頭でちっちゃいクールビューティーっぽい、訥々と語るけど辛辣な内容ばかりなのが切子さん。

 ともに御子内さんには大切な友達である。


「いや、或子ちゃんの仕事の方が優先でしょ。でも、クリスマスに仕事ってなんだか社畜みたいでカッコいいッス」

「カッコイイ……」

「(そんなことはないけどね)」


 夢を失くした哀しいカナリアのような御子内さんを慰める友人たち。

 実にいい光景なんだけど……


「……何があったの?」


 彼女の助手であるところの僕としては他人事ではないので、どんな仕事なのか聞いておきたいところではある。

 最近、立て続けにわけのわからない事件が増えていることもあり、まず予習というか事前調査しておいた方がいいことが多いからだ。


「カナダに行っていた同僚から連絡が入ってさ……」 


 カナダ?

 それはまた遠いね。


「これから住所を送るから虱潰しに当たってくれだって。どんだけ大変だと思ってんだよ、アイツ……」


 御子内さんにしては随分と嫌そうな態度だった。

 皐月さんと話をしている時並みにかったるそうだ。


「妖魅事件の調査? それなら禰宜さんに頼めばいいんじゃない?」


〈社務所〉の事件の調査担当は、禰宜と呼ばれる役職の人たちだ。

 人手不足だからあまり酷使はできないけれど、実戦部隊である退魔巫女を投入する前に事件の概要をさらっておくのは必要なのでたいていは彼らにお願いすることになる。

 たまに最初から御子内さんたちが絡むこともあるが、基本的に分業制だ。

 だが、今回は別だったらしい。


「……住所の先で戦いがある可能性が高いからボクらでないと困るんだと。ふざけろ、あのバカ」


 うーむ、皐月さん以上に毛嫌いされている相手がいるということが驚きだよ。

 とはいえ、要するにその住所に赴くと物騒なことになりかねないということか。

 禰宜は調査専門で戦う力のない人ばかりなので、無理させる訳にはいかないということだろう。


「カナダからどんな用事なんスか?」


 蒼さんが口を開いた。

 彼女も友達のことなので心配しているようだ。

 こう見えて肝も据わっているし、頼りになる女子高生なのである。


「或子って日本の妖怪専門なんでしょ。どうしてカナダなの?」


 切子さんも不思議がっている。

 それは僕も同様だ。

 御子内さんの言っていることが正しければ、わざわざカナダまで何かを調べに行った巫女がいるというこなのだから。


「えっと―――これさ」


 スマホの検索で御子内さんがみつけたホームページは、よくあるオカルト専門のサイトのもので記事の見出しには……


『全世界の子供たちを恐怖の渦に叩き込む“殺人サンタ”現われる!!』


 という煽情的なものがデカデカとあった。

 ……殺人キラーサンタ。

 非常に恐ろしい語感を持つ単語である。

 僕たちの人気者であるサンタクロースが人を殺すとでもいうのだろうか。


「どうやらこいつが日本にも上陸したらしい。今回、ボクがやらなければならないのはこいつ退治ということみたいだ」


 また、面倒な仕事を任されたものである。

 

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